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遥の過去

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「……彰?」
もうみんな帰っている時間なのに、どうして?

私の顔を見た彰は、驚き目を見開く。

そんな彰の顔を見て初めて、私は今泣き顔だと言うことを思い出す。
見られたくない一心で濡れた手のまま顔を覆い隠し俯く。

「な、なんでもない!」

顔を伏せたまま手洗い場に置いておいたハンカチに手を伸ばすと、目と鼻の先に私の顔を覗き込む彰の顔があった。

「……っ!?」

驚きのあまり落としてしまったハンカチは、あの彰が拾って手渡して来た。

「泣いてるじゃねぇか。何があったんだ?」
妙に落ち着いた声。

「なんでも、ないって……さっき言ったよ」

そう言って彰の手からハンカチを受け取った私は、再び彰から顔を背けようとした。でも、それを阻止するように伸びてきた両手が私の顔を挟んだ。

そのまま自分の方に顔を向けさせた彰は、普段とは全く違う真剣な眼差まなざしで私をしっかりと見据みすえてくる。

「言えよ。今のお前は、なんでもないって顔してねぇよ」

その切れ長の目には強制力でもあるのか、普段からの刷り込みなのか、その目を見ていると、つい口の先から勝手に言葉が出てきた。

「さ、佐藤くんが……」



いつからか震えていたんだろうか。
ふと自分の手が小刻みに震えている事に気付いた。

彰が怖くて震えているの?
でも、違う気がする。

自分でも一体何に震えているのか全く分からないこの手を、彰がすくうように取ると優しく握った。
 
彰の手は、安心を覚える程に酷く温かい。
彰の温もりが私の手に伝わると、何故か謎の震えが徐々に収まっていくのが分かった。


なんで手なんて握るの?
まさか私が震えていたから?

いつも意地悪してくるのに、こんな時に優しくするされると……調子が狂うじゃん。


「佐藤が、どうした?」

彰は再び質問してくる。
言わないと解放してくれないんだろう、そう思った。

「わ、私の……」
「うん」

「佐藤くんが、私のたっ、縦笛を⋯⋯」
頑張って言おうと思っているのに、これ以上は言葉が詰まってしまう。

言葉が出てこない代わりに涙が溢れるように溢れ出てくる。

彰の前なんかで泣きたくないのに。

「⋯⋯分かった」

何が分かったなのかは全く分からなかったけど、彰はそう言うと、いきなり私を抱き寄せた。


何が起こってるのか理解出来ずにそのまま抱かれていると、肩に手が回ってグッと抱きしめられる。

気持ちとは関係なく、勝手にうるさくなる心臓。

静まり返った放課後の廊下で、閉め切っていなかった蛇口から水がしたたり落ちる音が耳に入る。

でもそんな音より、自分の鼓動が煩くて、それが彰にバレないか気が気じゃなかった。
早く収まって欲しいのに彰が離してくれないから、意思に反してどんどん早くなってしまう。


さっきまであんなに悲しみに暮れていたのに、そんな事は全部彰に持っていかれてしまっていた。

ほぼ同じ身長の彰の髪が、私の鼻をくすぐる。

昔から好きだったこの彰の香りのおかげか、
このどうにかなってしまいそうな心臓のせいかは分からないけど、


気付いたら涙はピタリと止まっていた。
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