上 下
32 / 257

三つの玉を開くとき1

しおりを挟む
 爽々と木々が揺れた。穏やかな空気が包み込む庭園でリアンとお茶をしていた。この王宮でゆったりとした、こんな気持ちで過ごせるなんて夢のようだ。

 でも現実は容赦なくやってくる。

「明日から、北の蛮族平定へ行ってくる。あー、せっかくリアンとこうして過ごせるようになったのになー。行きたくないなー」

 クスクスとリアンが可愛く笑った。冗談じゃないんだけどな。一緒にいたいなー。

 護衛として控えてるセオドアがコホンと咳払いした。ちゃんと行くよ……。

 なかなか北方の乱がおさまらない。火を消しても、また争いの火が点いてしまう。

「北の方は少し苦戦してるのね。無事に帰ってきてね。気をつけて……これ、お守りよ」

「えっ!?わざわざ作ってくれたのか!?」

 恋人が無事に戦から帰ってきますようにという願いをこめた刺繍入りのハンカチか!?リアンからくれるなんて!と、感激した。

 ハイ。…………それじゃなかった。だよな。

 リアンは小さな袋をくれ、中を開けると三色の小さなくす玉が入っていた。

「青、黄、赤の順番に、困ったことが起きたら開けてみてね。困るまで開けちゃだめよ?」  

 これは?とは聞き返さなかった。リアンは私塾でも女性ながらにしてトップだった。国一番と謳われる私塾で師匠もオレも、同じ塾のやつらもリアンの才は認めていた。

 だから、ただのくす玉ではないとわかった。ある意味、最強のお守りだ。

「わかったよ。承知した」

「じゃ、私はあなたの無事を祈りつつ、ゆ~っくり怠惰に過ごさせてもらうわ」

 怠惰生活、まだ続けるのか!?それ、王妃にならないための計画だったんだろ!?と思いつつも、まぁ、リアンが幸せであれば、なんでも良いやと思った。

 北方に着くと、布陣をひく、野営の準備と退却するための道を必ず確保する。負ける気はしないが、兵は攻めるより退く方が難しい。想定はいくつもしておくべきだ。

「陛下、相手は簡易なものですが、城を作り、その周りを柵で囲っていて、中から出てくる気配がありません」

 セオドアが言う。他にも腹心の三騎士が会議場にいる。一番長引く、戦法できたか。籠城は嫌だな。こちらはそんなに食料も持ってきていないし、時間が経てば経つほど戦費もかかるし、兵の士気も下がる。

「時間の無駄だな。さっさと己の身の程を思い知らせてやるか?」 

 相手は罠を張っているだろうが、戦力差でこちらが勝つだろうと目を細めて、オレは残酷な笑みを浮かべた。罠をどれだけ張ろうが、慎重に崩していき、相手の将の首をとる。なにより、すでに内部に放っている内偵がうまくいけば、罠が何なのかもわかるだろう。

 椅子の肘置きに頬杖をつき、余裕と自信があるように見せる。王は負け戦であろうが、どんな戦であろうが、不安がつきまとったとしても、その姿を決して見せてはいけない。それが皆を率いる王だ。……時々、弱音を吐きたくなることは正直あるけど。

「リアン様と離れると、以前の陛下に戻りますね。こちらの陛下のほうが我々としては良いですけどね」

 セオドアが余計なことを言う。皆にそうやって求められる王様の顔を作っているだけだ。本心は戦なんてしたくないんだけど……早く帰って、リアンとゆっくり過ごしたい。

 セオドアの言葉は無視して、地図を眺める。そういえばとリアンが何かくれたなと……思い出し、懐からもらった袋を取り出して、青のくす玉を割ってみる。中から紙。

『敵が陣中より出てこない時は、野営のテントを増やし、夜の焚き火も倍にすること』
 
 なんです?それ?と覗き込むセオドア。なるほど……とオレはハハッと笑いが出た。リアンらしい策だった。この策は現状に当てはめると、いける!そうオレは判断した。椅子からバッと立ち上がる。

「テントをあるだけ、全部出せ。夜は焚き火の数を増やせ!今の倍になるように!」

 セオドア達は不思議そうにしていたが、すぐに指示されたことを行動に移した。次の日の昼頃に戦況は動いた。

 あちらから使者を送ってきたのだ。

「陛下!相手が話をしたいと言ってます!」

 使者は条件をだしてきた。北方の地に入らないこと。税は納めないこと……そんなめちゃくちゃな言い分、のめるわけ無いだろ!いい加減にしろよ!と思ったが、落ち着け、煽るのが相手の策だろうと、自分に言い聞かせ、表情を動かさないように気をつけた。

 とりあえず相手を怒鳴る前に、リアンの玉をもう一つ割ってみるかな。ちょっと頭が冷えるかもしれない。

『条件を出してきたら、一度考えると言うこと』

 ええええ!?オレはさっさと攻めて落としたいが……どうするかなぁと一瞬、迷ったが、リアンの策の目指すところが、なんとなくわかるので、多少、待ってみるかと思い、そう言ってみることにした。

「考えてみる。そちらの部族の長にそう伝えてくれ」

 使者が驚いた顔した。ふざけるな!と斬られる覚悟をしてきたようだ。ペコペコととまどいを隠せないまま、お辞儀し、帰っていく。

 セオドア達が、どういうことです!?と騒いでいる。

「相手はこっちを怒らせて、斬られたらラッキーだと思っているはずだ。使者に無礼なことした!やはり話し合いができない奴らだ!やるぞ!……って士気をあげて戦に持ち込みたかったんだろ」

「籠城作戦をなぜいきなり変えたのでしょう?」

「相手はテントの数と夜営している焚き火の数を数えて、かなりの兵数だと思って絶望したからだろ」

 そこでハッとする騎士たち。最後のくす玉には何があるのか?リアンには恐れ入る。兵法を『趣味なのよ。この策に嵌めてく感じがたまらないわー』と言って本や過去の戦法などを読みつくしていたが……実際に使い出すとはね。私塾で共に学んでいた時も時々感じた、ゾッとするほどの才。王妃なることや後宮にいるという足枷もなく、リアンが自分の才能を使いだしたら、どうなるだろう?

 まぁ……そんな彼女は今頃、ゴロゴロ怠惰に過ごしているだろうけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...