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第61話

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 アルが私のこと以前から心に留めてくれていたことに、驚いていた。隣の部屋で聞いてしまった。

 だけど、その後アルは特に私に対して態度を変えるわけでもなかったし、なにかが変わるわけでもなかった。

 そうよね……愛していると言われたわけではないものね。結局、他の人と結婚しちゃったわけだし……。

 がっかりしたような気持ちになるなんて図々しいかしら?

 でもわずかでも好きって思ってくれてるかもしれない?だって、アルは私を迎えに来てくれた。それって私が公爵家の奥様の形として必要だから?でももしかして?

 私はそんなことを考えていたため、上の空で数日間過ごしていた。

「母様、大丈夫ですか?なんだか……お仕事から帰ってきて変じゃないですか?」

 時々、心ここにあらずの私をフランは心配していた。

「ごめんなさい。大丈夫よ。どうしたの?」

「いえ、話しかけても母様、返事をしてくれないから、どうしたのかと思って……」

「えっ!?そうだった!?なんにもないわよ。なにか話したいことあったのかしら?」

 フランはじっと私をみつめ、ないですと言って部屋から出ていく。少しいつものフランと少し様子が違う気がしたけれど、気のせいかしら?

「シア様、ちょっといいですか?旦那様との結婚式の時の招待客ですが、ファイリングしてきたので、覚えてください」

 ジャネットが結婚式の準備の段取りを話しに来たため、フランの気になったことは霧散してしまう。

 招待客に失礼のないように、名前を叩きこもうとファイルを受け取ってすぐに開いた。

 ぶつぶつとAからの名前を声にだして覚えていく。

「いったい……何人いるのかしら……」

 分厚い。こんなに招待客を呼ぶなんて、さすが公爵家だわ。途中で椅子の背にもたれて嘆息した。

「大人数ですよねぇ。少し休憩しながらしたらどうでしょう?お茶、淹れましょうか?」

 お願いするわと気分を変えつつ頑張ることにした。招待客の中には陛下もいた。まさか国王自らは来ないだろうから、名代としてオースティン殿下がきてもおかしくない。それまでに自分の心を強くしておきたい。ぐっと拳を作る。

 コンコンとノックされて、ジャネットがお茶を……えっ?

「がんばっているんだって?」

「ア、アル!!」

 手にはお盆を持っていて、ポットとカップがあった。

「なんでそんなことをっ!?」

「そこでジャネットに偶然出会ったから、オレが持っていくと言ったんだ」

 ポットからお茶を注いでくれる。温かいお茶を手渡してくれる。

「あ、あの……こんなことをしてもらって……なんだか申し訳ないです」

「たいしたことじゃないだろう?」

「そんなことありません!公爵ともあろう方がお茶を淹れるなんて聞いたことありません!」

「でも君は公爵夫人なんだから、オレと対等だ。オレはシアと対等でいたいと思っている。へりくだったり卑屈になったりしないでほしい」

 ここでようやくアルは偶然ではなく、私に会いにきたかったのかもしれないと気付く。

「修道院で言ったことは本当なんだ。オレはシアのこと、初めて見たあの日からずっと心に残っていて、オースティンと離縁したとき、もしかしてチャンスじゃないか?と、思ってしまった。ここに連れて来れる理由があればそれでよかったんだ」

「そ、それって……もしかして……」

 私のこと好きなんですか?と聞きたい。

「シアはオレのこと好きか?」

 私!?私のことを聞かれるなんて!!

「ず、ずるいです!アルはどうなんですか?」

 先に言ってくれるといいのにと聞き返す。だって私の気持ちなんて、顔を見たらもうバレているでしょう?頬か赤くなっていることを自覚している。

 アルが口を開く。言ってくれる!?もしかして!?

「オレは女性には触れられない」

「それは知ってます。でも気持ちは別でしょう」

「……シア」

 低めの声で、私の名を呼ぶ。ドキリとする。

「シア、お茶が冷める。……覚める前に飲んだ方がいい」

 そう言って、アルは立ち上がった。そして静かに部屋から出ていった。どういうことなの!?今、私に聞いたことの意味はなんなの!?お茶が冷めてもいいのよ!気持ちを聞かせてほしかった。

 ううん。なんで私、好きって言えなかったんだろう?それは……私が私を嫌いだからなのかもしれない。素敵な女性としての自信がない。

 私、自分のこと、愛せるようになりたい。それはアルに愛してもらえたらできる気がしたけれど、それって私も人任せのようで、ずるかったかも。

 アルは私に触れることができない。最初よりも距離は縮まっているけれど、触れることができないことは変わりない。その距離はいつまでも変わらない。それはアルとの心の距離でもあり、おまえには無理だと言われているようにも感じる。触れられない距離がせつない気持ちになる時がくるなんて思わなかった。

 少し重い溜息をはき、お茶を飲んだ。まだ温かった。
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