上 下
1 / 72

第1話(プロローグ)

しおりを挟む
こちら書くにあたって、白い黒猫様に相談に乗って頂きました♪
ありがとうございました!


----------------------------------

 無理に忘れようとしなくてもいいと思います。




 10月も終わりに近づいた日曜日、醸はシーズンコーナーの商品の入れ替えを行っていた。
 冷酒グラスやガラスの徳利を下げ、燗をするための酒燗器やちろり、陶器製の徳利や猪口を並べた。涼やかなグラスとはまた違うしっとりとした重みは、季節の移り変わりを毎年醸に思い出させる。
 本来は雪がやっていたのだが、吟が出て行ってからというもの醸の役目となっていた。


「無理に忘れようとしなくても、か」

 今月最後の日曜日である今日は近隣の大学で学祭を行うところが多く、こころなしか人通りも少なく思える。
 醸はぽつりひとりごちて、最後のお猪口をテーブルに置いた。




 恋愛対象だと思っていなかった天衣を意識し始めてから、今まで自分が経験したこともない、自分の感情に振り回された。
 ドライだと思っていた性格が、ここまでへたれだとは自分でも思わなかった。相手に恋人がいる時点で今までならすぐに切れた感情が、なぜか天衣だとそうできない。
 それでも彼女を泣かせることだけはすまいと、その為には自分の感情を消さなければとそう思ったわけだけど。


 ――無理に忘れようとしなくてもいいと思います。


 ユキくんのこの言葉に、どこか救われた気がした。
 解決策に気付かされた。

 俺には好きな人を相手から奪ってでも自分のものにするなんてことは、到底できない。そうできればいいとは思っても、実際は好きな人が泣いてしまうのは見るのも嫌だ。
 なら……

「諦めればいい、わけで」

 今まで通り天衣の兄を演じながら、自然に彼女への想いが消えるのを待てばいい。
 無理やりないことにしなくたって、想うことは自由なのだから。天衣の幸せを一番に考えて、行動すればそれでいい事なのだから。
 そう思ったら、どこかすっきりとしたのだ。
 今まで通りができそうな気がした。




「終わったか?」
 店内の事務スペースに戻れば、すぐそばにある裏戸から燗が顔を出した。
 醸はそれに頷きながら椅子に座ると、発注台帳を開いて翌週の仕入れの確認を始める。燗はそんな醸を見下ろして、盛大に溜息をついた。

「お前の方が年上なのに、甲斐性はユキ坊のが上ってか。ったく、ねーちゃん大好きが下火になってもお前の花は咲かねぇなぁ」
「余計なお世話。その時が来たら、勝手に咲くっての」
「蕾のままで摘み取られたりしてなぁ」
 けけっ、と楽しそうに笑うと、固まったままの醸を置いて雪のいる居間へと行ってしまった。
 残された醸は、燗がつっかけを脱ぐ音で我に返って大きくため息をついた。


 実の父親ながら、たまに得体のしれない鋭さに驚く。


 摘み取られた蕾とか、感で言ってんのか天衣の事を気づかれてるのか。まぁ、気づかれても燗の言う通り、蕾のまま摘み取られて報告することなんて一つもないんだけど。

 ぺらぺらと捲っていったページが、あるところでとまる。
「まぁ、それにしてもユキくんには驚かされたよな」
 っていうか、後から考えれば変な時に相談に行ってしまったというか。

 
 月初めに相談したその翌日、手をつないで一緒に歩いている透と澤山さんを見かけて醸はとても驚いた。
 けれど、とても幸せそうな二人の雰囲気に醸は察したのだ。きっと二人は気持ちを確かめ合ったんだろうなと。

 醸自身は姉の結婚・天衣の彼氏という二重アタックに燃え尽きていたため気付かなかったのだが、後から燗に二人がとてもいい雰囲気でお祭りに参加していたということを聞いていたから気づいたわけだけれど。
 その後、店で幸せオーラを醸し出している透を見てとても嬉しくなって。
 ……まぁ、羨ましくないといえばそれは嘘になるわけだけどさ。

 羨ましいさ! 好きな人と両想いになれるとか!


「嬉しいけど羨ましいってのが、本音だな」


 苦笑を零して、醸は黒猫のページを捲った。 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

処理中です...