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第1話(プロローグ)
しおりを挟むこちら書くにあたって、白い黒猫様に相談に乗って頂きました♪
ありがとうございました!
----------------------------------
無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
10月も終わりに近づいた日曜日、醸はシーズンコーナーの商品の入れ替えを行っていた。
冷酒グラスやガラスの徳利を下げ、燗をするための酒燗器やちろり、陶器製の徳利や猪口を並べた。涼やかなグラスとはまた違うしっとりとした重みは、季節の移り変わりを毎年醸に思い出させる。
本来は雪がやっていたのだが、吟が出て行ってからというもの醸の役目となっていた。
「無理に忘れようとしなくても、か」
今月最後の日曜日である今日は近隣の大学で学祭を行うところが多く、こころなしか人通りも少なく思える。
醸はぽつりひとりごちて、最後のお猪口をテーブルに置いた。
恋愛対象だと思っていなかった天衣を意識し始めてから、今まで自分が経験したこともない、自分の感情に振り回された。
ドライだと思っていた性格が、ここまでへたれだとは自分でも思わなかった。相手に恋人がいる時点で今までならすぐに切れた感情が、なぜか天衣だとそうできない。
それでも彼女を泣かせることだけはすまいと、その為には自分の感情を消さなければとそう思ったわけだけど。
――無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
ユキくんのこの言葉に、どこか救われた気がした。
解決策に気付かされた。
俺には好きな人を相手から奪ってでも自分のものにするなんてことは、到底できない。そうできればいいとは思っても、実際は好きな人が泣いてしまうのは見るのも嫌だ。
なら……
「諦めればいい、わけで」
今まで通り天衣の兄を演じながら、自然に彼女への想いが消えるのを待てばいい。
無理やりないことにしなくたって、想うことは自由なのだから。天衣の幸せを一番に考えて、行動すればそれでいい事なのだから。
そう思ったら、どこかすっきりとしたのだ。
今まで通りができそうな気がした。
「終わったか?」
店内の事務スペースに戻れば、すぐそばにある裏戸から燗が顔を出した。
醸はそれに頷きながら椅子に座ると、発注台帳を開いて翌週の仕入れの確認を始める。燗はそんな醸を見下ろして、盛大に溜息をついた。
「お前の方が年上なのに、甲斐性はユキ坊のが上ってか。ったく、ねーちゃん大好きが下火になってもお前の花は咲かねぇなぁ」
「余計なお世話。その時が来たら、勝手に咲くっての」
「蕾のままで摘み取られたりしてなぁ」
けけっ、と楽しそうに笑うと、固まったままの醸を置いて雪のいる居間へと行ってしまった。
残された醸は、燗がつっかけを脱ぐ音で我に返って大きくため息をついた。
実の父親ながら、たまに得体のしれない鋭さに驚く。
摘み取られた蕾とか、感で言ってんのか天衣の事を気づかれてるのか。まぁ、気づかれても燗の言う通り、蕾のまま摘み取られて報告することなんて一つもないんだけど。
ぺらぺらと捲っていったページが、あるところでとまる。
「まぁ、それにしてもユキくんには驚かされたよな」
っていうか、後から考えれば変な時に相談に行ってしまったというか。
月初めに相談したその翌日、手をつないで一緒に歩いている透と澤山さんを見かけて醸はとても驚いた。
けれど、とても幸せそうな二人の雰囲気に醸は察したのだ。きっと二人は気持ちを確かめ合ったんだろうなと。
醸自身は姉の結婚・天衣の彼氏という二重アタックに燃え尽きていたため気付かなかったのだが、後から燗に二人がとてもいい雰囲気でお祭りに参加していたということを聞いていたから気づいたわけだけれど。
その後、店で幸せオーラを醸し出している透を見てとても嬉しくなって。
……まぁ、羨ましくないといえばそれは嘘になるわけだけどさ。
羨ましいさ! 好きな人と両想いになれるとか!
「嬉しいけど羨ましいってのが、本音だな」
苦笑を零して、醸は黒猫のページを捲った。
ありがとうございました!
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無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
10月も終わりに近づいた日曜日、醸はシーズンコーナーの商品の入れ替えを行っていた。
冷酒グラスやガラスの徳利を下げ、燗をするための酒燗器やちろり、陶器製の徳利や猪口を並べた。涼やかなグラスとはまた違うしっとりとした重みは、季節の移り変わりを毎年醸に思い出させる。
本来は雪がやっていたのだが、吟が出て行ってからというもの醸の役目となっていた。
「無理に忘れようとしなくても、か」
今月最後の日曜日である今日は近隣の大学で学祭を行うところが多く、こころなしか人通りも少なく思える。
醸はぽつりひとりごちて、最後のお猪口をテーブルに置いた。
恋愛対象だと思っていなかった天衣を意識し始めてから、今まで自分が経験したこともない、自分の感情に振り回された。
ドライだと思っていた性格が、ここまでへたれだとは自分でも思わなかった。相手に恋人がいる時点で今までならすぐに切れた感情が、なぜか天衣だとそうできない。
それでも彼女を泣かせることだけはすまいと、その為には自分の感情を消さなければとそう思ったわけだけど。
――無理に忘れようとしなくてもいいと思います。
ユキくんのこの言葉に、どこか救われた気がした。
解決策に気付かされた。
俺には好きな人を相手から奪ってでも自分のものにするなんてことは、到底できない。そうできればいいとは思っても、実際は好きな人が泣いてしまうのは見るのも嫌だ。
なら……
「諦めればいい、わけで」
今まで通り天衣の兄を演じながら、自然に彼女への想いが消えるのを待てばいい。
無理やりないことにしなくたって、想うことは自由なのだから。天衣の幸せを一番に考えて、行動すればそれでいい事なのだから。
そう思ったら、どこかすっきりとしたのだ。
今まで通りができそうな気がした。
「終わったか?」
店内の事務スペースに戻れば、すぐそばにある裏戸から燗が顔を出した。
醸はそれに頷きながら椅子に座ると、発注台帳を開いて翌週の仕入れの確認を始める。燗はそんな醸を見下ろして、盛大に溜息をついた。
「お前の方が年上なのに、甲斐性はユキ坊のが上ってか。ったく、ねーちゃん大好きが下火になってもお前の花は咲かねぇなぁ」
「余計なお世話。その時が来たら、勝手に咲くっての」
「蕾のままで摘み取られたりしてなぁ」
けけっ、と楽しそうに笑うと、固まったままの醸を置いて雪のいる居間へと行ってしまった。
残された醸は、燗がつっかけを脱ぐ音で我に返って大きくため息をついた。
実の父親ながら、たまに得体のしれない鋭さに驚く。
摘み取られた蕾とか、感で言ってんのか天衣の事を気づかれてるのか。まぁ、気づかれても燗の言う通り、蕾のまま摘み取られて報告することなんて一つもないんだけど。
ぺらぺらと捲っていったページが、あるところでとまる。
「まぁ、それにしてもユキくんには驚かされたよな」
っていうか、後から考えれば変な時に相談に行ってしまったというか。
月初めに相談したその翌日、手をつないで一緒に歩いている透と澤山さんを見かけて醸はとても驚いた。
けれど、とても幸せそうな二人の雰囲気に醸は察したのだ。きっと二人は気持ちを確かめ合ったんだろうなと。
醸自身は姉の結婚・天衣の彼氏という二重アタックに燃え尽きていたため気付かなかったのだが、後から燗に二人がとてもいい雰囲気でお祭りに参加していたということを聞いていたから気づいたわけだけれど。
その後、店で幸せオーラを醸し出している透を見てとても嬉しくなって。
……まぁ、羨ましくないといえばそれは嘘になるわけだけどさ。
羨ましいさ! 好きな人と両想いになれるとか!
「嬉しいけど羨ましいってのが、本音だな」
苦笑を零して、醸は黒猫のページを捲った。
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