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時が巡れば、人も変わる

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 そのお客さんが来たのは秋も深まりつつある時だった。受け付けには秋桜の花が飾られている。

「いらっしゃいませ」

 出迎えの挨拶をすると、下を向いていた顔をあげる暗い表情の青年だった。ハイと心ここにあらずで返事をしている。スタッフが心配そうに私に耳打ちしてきた。

「もともとは二名様のご予定だったんですけど……」

 私は何かあるのかもしれないと、そっと様子を見ることにした。その青年は部屋でくつろいだ後、中庭で景色を見るわけでもなく、肩を落として、ボンヤリと地面に視線を落としている。

「あの……どうかされましたか?」

 ハッと顔をあげる。

「え……いや……すいません。楽しそうじゃなくて……申し訳ない」

「いえいえ!楽しんでいってほしいというのはこちらの願いですから、何かそのためにできることがあればと、思って声をかけてみました」

 私の言葉に泣きそうな顔をする青年。

「実は一緒に来る予定だった大事な人が病気になってしまって……それも重いもので……自分の分まで楽しんできて、どんなふうだったか教えてくれと言うのです」

 それは……と私も悲しい気持ちになる。でも一緒に悲しんでいてはダメねとすぐに切り替えた。

「今回の宿代はけっこうです。だから今すぐ、その大事な人のところへ行ってあげてください。今度、二人でいらした時、また改めてお代を頂きます。必ず二人でいらしてください。待っています」

 青年がポロポロと涙をこぼす。

「そう、そうですよね……1人だけで来ても楽しめるわけがなかったんです。すぐに帰って看病をします。ありがとうございます」

 バッ!と立ち上がる青年に、ちょっと待っててください!と言って、私は売店で温泉の素や雪ん子ちゃん、サニーサンデーのグッズ、温泉まんじゅうなどを詰め合わせる。

「これはプレゼントです。気分だけでも温泉を味わって頂けたらと思います。またのお越しをお待ちしてます」

「ありがとうございます……二人で来ることを約束します」

 ありがとう!ありがとう!と何度もお礼を言って帰っていった。

 それは数年前のことだった。あれから青年は来ていない。また秋がやってきて、紅葉を楽しむお客さんが増えてきた。サイクリングをしたりレイクカフェからは焼き立てパンにコーヒーの香りがしたりと旅館の周りも当初よりずいぶん賑やかだ。

「いらっしゃいませー!……あら?」

 玄関に立っていたのは、あの時の青年と元気そうに微笑んでいる女性だった。

「こんにちは。約束どおり、二人で来ました」

 私はとびきりの笑顔で笑った。

「『花葉亭』へようこそお越しくださいました。おかえりなさい」

 青年は少しだけ涙ぐんでいたが、あの悲しそうな顔ではなかった。女性もペコリと頭を下げる。

 季節も時も巡って、人も変わっていく中で、こんなに幸せな光景もある。私は温泉旅館をしていて良かったなと、こんな時、本当にそう思うのだった。
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