上 下
222 / 319

歌姫は恋の歌を高らかに歌う

しおりを挟む
『海鳴亭』の玄関ホールはかなり広い。クリスマス時期になり、私はツリーを飾る。この国にそんな習慣はなかったらしいが、この飾りは可愛いと評判になり、真似をして飾る人も出てきているそうだ。

 喫茶コーナーの椅子やテーブルをホール側に向けて、ツリーの傍に舞台を設置した。

「あら!わたしの舞台のためにありがとう」

 ニナの魅力溢れる笑顔にスタッフ達も、一瞬で虜になり、『い、いえ!』『ニナさんのためなら!』なんて動揺している。

「うわぁ!本物の歌姫ですねぇ」

「フリッツ、最近、監視者サボり気味なのにこんな時は来るのねぇ~」

「えー!気のせいですよ。リヴィオさんが、人使い荒くて、ナシュレとカシューを行ったり来たりしてるんですよっ!ほんとに忙しいんです」

 ジト目で言った私に焦りながら言うフリッツ。もはや、フリッツは監視者ではなく、一人の労働力として、リヴィオに使われてるようだ。

「そのリヴィオはどこなのよーーっ!またいないの!?」

 ニナが腰に手をやり、仁王立ちし、綺麗な顔を歪めて怒る。

「誘ってみたんだけど、今日は公爵家に用事があるって言われちゃって……」

 わざとじゃないわよねぇーと私に詰め寄るニナ。まぁ、いいわっ!と意外とアッサリ引き下がる。

「あの……歌姫ニナさん!」

 気弱そうな男性が声をかけてきた。ニナがファン?なにかしら?とややめんどくさげな顔をする。

「お願いがありますっ!じ、じつは……」

「サインや握手はおことわりよ。特別には出来ないわ」

「そうではなく、このコンサート中に彼女にプロポーズしたくて……」

「あらあら。素敵じゃないの」

 素敵じゃないのといった割に、苦い顔をするニナ。言ってることと表情は真逆だ。

「そ、それで、恋の歌をお願いしたいんです!その時にプ、プ、プロポーズします!」

 真っ赤になっていう男性にニナはハイハイ、わかったわよっと適当に返事をした。

 ありがとうございますとお願いしますを何度も言って、去っていく。

 はぁ……とため息をつくニナ。やる気が出ないとブツブツ言っている。クリスマスツリーに手を伸ばし、イルミネーションを見上げる。

「こんなにキラキラしてて、ロマンチックで綺麗な飾りの下で歌うのは嫌じゃないけど……人の恋ばっかり!私にも素敵な恋人がほしいのよーーーー!」

「まあまあ……」
  
 落ちついて、クリスマスケーキでも……と私は白い粉がかかったシュトーレンと紅茶を出そうとすると、そこへジーニーが通りかかった。

「あら?珍しいわね。こっちのお風呂に来ていたの?」

「ああ。このツリーの評判を聞いて、お風呂のついでに見に来たんだよ」

 片手にアイスクリームを持って、椅子に座る。ニナがちょっと!と言う。

「あれ?ニナ、来てたんだね。コンサートかい?」

「なんで、このわたしがいるのに、どうしてクリスマスツリーの方だけしか目が行かないのかしら?どうみてもわたしの方が綺麗でしょう?そう思わない?」

 ニナが美しい笑顔をジーニーに向けた。うっとりするような綺麗な仕草で頬に手をやる。ジーニーが、えっ?と一瞬、考えてから、にっこりと優しく微笑んだ。

「そうだね。ニナはいつも綺麗だから、この綺麗な飾りと並んでいても、あまり違和感なかったのかな」

 ガタッと私は椅子から落ちかける。ジーニー!?これは天然!?自然と演じてるの?

「ふ、ふん!それくらい言われ慣れてるわよっ」

「アハハ。そうだろうね。わかってるよ」

 ジーニーは軽く笑って、お風呂上がりのアイスクリームを食べながらツリーを楽しげに見上げている。

「くっ……なんなのよ。あなたの周りの男は曲者ばっかりじゃない!?ジーニーは本気で好きになったら駄目な男のにおいがするわ」

 残念なイケメンが多いとは思うわよとウンウンと頷く。

「あーあ、嫌になっちゃう!恋の歌を歌うっていうのに……」

「歌姫の恋のネタ作りに参加したくないね。僕を利用しようと思うなら、もう少し手の込んだことしてくれ」

 フフンと小憎らしい感じに笑っている。ジーニーはニナの恋人ほしーい!のあたりから話を聞いていたんじゃないだろうか?と私は可笑しくなる。ニナが悔しそうに顔を歪める。

「ニナ、お風呂もクリスマス限定、バラのお風呂なのよ。とてもいい香りだし、リラックスできるわ」

 とりあえず気分転換にお風呂へ誘う。

「ええ。そうするわ」

「歌姫。頑張れよ」

 そうジーニーは後ろから声をかけた。ニナはキッと彼を睨みつけてからお風呂へ行った。

 しかし、その日の恋の歌はもちろん素晴らしくせつなく、愛おしげに歌われて、涙する人、プロポーズする人……そして、ジーニーもまたアイスクリームを食べつつ、歌を聞いて満足げに微笑んでいたのだった。

 フワフワとした白い天使のような衣装を着たニナは美しく、声は大聖堂にいるかのように響いていた。

「素晴らしかったよ」

 花束をいつ用意したのか、ジーニーがニナに手渡す。

「えっ?あら?……ジーニーにしては気が利くわね!」

「今度、エスマブル学園でも歌ってくれ。卒業生として頼むよ」

「仕事の依頼なの!?なんなのよおおお!」

 ジーニー……と私は半眼になって小声で言う。

「わざとそんなこと言うのはやめなさいよ」

「やっぱりセイラにはわかったか。からかいたくなるんだ」

 それでもニナは嬉しそうに、言った。

「たまには曲者のイイ男から花束をもらうのも悪く無いわ。みてなさいよ!?あなたに参りました、さすがニナ様ですと言わせてみせるわよ!歌を!舞台を!極めてみせるわよ!」 

 ジーニーと私はその勢いに拍手した。

「学園長として、卒業生が活躍することが一番嬉しいよ」

 そう、エスマブル学園の学園長は微笑んだのだった。

 キラキラと星もツリーもイルミネーションも今夜はいつもより煌めいて見えた。幸せそうにお客さんたちは歌の余韻に酔いしれていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末

ひづき
ファンタジー
親族枠で卒業パーティに出席していたリアーナの前で、殿下が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけた。 え、なにこの茶番… 呆れつつ、最前列に進んだリアーナの前で、公爵令嬢が腕を捻り上げられる。 リアーナはこれ以上黙っていられなかった。 ※暴力的な表現を含みますのでご注意願います。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...