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亡霊は憎しみを持つ

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 トーラディム王国の銭湯も完成しつつあった。道行く人たちは『銭湯って?』『なんの施設だ?』と興味を持ち始めてくれている。

『銭湯のススメ』という広告紙を用意してあり、お風呂の入り方や温泉の効能について図でわかりやすく説明してある。

「なるほどー!すごくわかりやすいわ」

 ミラは『花葉亭』の温泉に来たことがあるので、わかるとは思うが、広告の紙を読み、なるほどねと頷いている。

「これ一枚もらってもいい?神殿の寮にも貼っとくわ」

 神殿の寮に!?いいのかなぁ?でも良い宣伝になる。

「えーと、ありがとう!ぜひ!」

 大切に折りたたんで、ポケットにしまうミラ。

「何か聞きたいことあるのよね?今日、会ってからずっとそんな顔をしているわ」

「ええ……まぁ……その……」

 ミラは私の聞いていいのかしら?と言う迷う心を見抜いていて、困ったような表情をした。

「神殿の記録を見たのよね。私の姿によく似た人。たぶんあれは私の前世。天上人だったみたいよ」
  
 つまり、ミラはこの世界での転生者!?私は少し予想はしていたけど、驚いた。

「今も天上人の血を継いでいる者として生まれ変わってるんだから、なんというか……運命からは逃げられないようになってるのかも」

 運命。その言葉にふと思った。

 私はともかく……双子の兄弟、シンヤ君はわざわざ異世界から召喚してまで、神たちは守護者を作った。ミラがこの時代に、転生してきた。こんな符号が揃うことが偶然にあるの?運命?何かある気がする。

「神様達は、この時代の私達になにかをさせようとしている……?」

「そう考えてしまうわよね」

 私の考えに同意してくれ、頷くミラ。

「それは魔物の消滅を願っているってことなのかしら?それだけ?」

「神様のことは、よくわからないわ……難しくて、めんどくさい話ししたら疲れるわ。さぁ!ステキなカフェいきましょう!今日、来るって言うから、私、すごーく楽しみにしてて、お店を探しておいたんだから!」

 クルッと表情が一変した。元の無邪気な少女になり、私と腕を組むと街へ遊びに繰り出した。

 しばらくすると、ミラはちょっと待ってて!と屋台で人気のお菓子があるのよと買いに行った。私は露天のガラス売り場を眺めていた。キラキラ光るガラスは光に反射している。お皿買おうかなと手に取ろうとした時だった。

「またトーラディム王国に来たんだね」

 バッとその声に私は振り返る。あの少年だ。浅黒い肌に黒髪の……アサヒとヨイチの街の銭湯で出会った子ども。

「えっ?私はあなたとは……」

「この国で、会ったことない?僕はずっと見てたけどね」

 監視されていた?私はゾッとした。もうこの少年が只者ではないことはわかる。普通の人でフェンディム王国とトーラディム王国を行ったり来たりできる人なんていない。

「こっちへおいでよ。ここにいると他の人も巻き込むよ?」

「何をする気なの?」

「早くしないと、関係ない人まで傷つけるよ」

 静かな声音と相反して、私への殺気を感じる。私は周囲を巻き込むわけにいかないと大人しく少年に着いていく。

 王都の外へ出た。そこで彼はニタリと気持ちの悪い笑いを浮かべた。

「君のせいだよ」

「何がかしら?」

 少年が私へ一歩足を踏み出し、近づこうとした時だった。

「それ以上動くな!黒龍の守護者に手を出すならば容赦せぬ」

「アオ!?」

 アオが空中から出てきた。私の前に守るように立つ。チッと少年は舌打ちした。

「黒龍か!おもしろくない!」

 ザワリと空気が動く。晴れているのに暗い。底知れぬ暗い力が生まれるのを感じる。

「セイラ!気をつけるのじゃ!」

 アオの言葉を聞いて、私は戦闘態勢をとる。身体を重くするような嫌な空気。生暖かい気持ちの悪い風が吹いた。

「君が邪魔過ぎるんだよね」

 少年が手の上に力を溜めて、黒い塊を私に向けて放とうとしたが、いきなり霧散した。少年の背後に現れて、グッと首根っこを掴んだ人がいた。

「なに、勝手に人の友人を脅してるのかしら?この少年は?蹴倒すわよっ!」

「ミラ!?」

 少年はミラの顔を見て、ヒッ!と悲鳴の様な声を上げた。それは恐怖すら感じる物だった。

「くそ!ルノールの民め!この化け物が!」

「化け物ねぇ~……言われ慣れてるわ。トーラディム王国でなにするつもり?好き勝手はさせないわよ!」

 ヒョイッとミラは空中から杖を出した。怒っている。藍色の目が細められた。

 少年はミラに対して恐れがあり、両腕で顔を咄嗟に隠して、後退りしている。

「おまえは許さないからな!」

 憎しみに満ちた顔を私に向け、吐き捨てるように少年は私に向かって叫び、バッと身を翻すと黒い空間の亀裂が生まれ、その隙間に消えた。

「な……なんだったの?」

 動揺を抑えられない私だった。なぜ、あそこまで悪意を私に向けているのだろう?アオは消えた空間をじっ……と見ていた。

「大丈夫だった?変な力を持つ少年ね。見たことない力だったわね」

 ミラは逃がしちゃったわと残念そうに付け加える。

「彼が誰か知らないのよ。それなのに私に悪感情を向けてきてて……理由はわからないの」

 アオがヒョイッと私の腕の中に入る。

「セイラは狙われておる。亡国の亡霊に気をつけよ」

「何者なのよ?」

 ミラがアオに問う。

「あやつが魔物の発生装置を作った者じゃ」

『えっ!?』

 私とミラは声をハモらせて、顔を見合わせた。

「何百年もあの姿で、世界を彷徨いておるわ。死ねない体でのぅ。魔物を生み出したことにより、なんらかの作用で死ねないようじゃ」

 ……ゾッとした。そんな人が私に対して殺意を持つほどの憎しみをなぜ向けている。

 青ざめる私と違ってミラは好戦的に笑う。

「ふーん。良いじゃないの。魔物の発生について知ってる相手からわざわざ来てくれるなら、とっても好都合よ。そして敵意を向けてくるなら倒すのみよ!でもセイラは怖いわよね。大丈夫?」

「セイラには妾がついておるわ。ルノールの民に心配されるいわれはない」

 アオが言い返した。

「ハイハイ。神様がいるものね」

 ミラは杖を消して苦笑した。そして厳しい顔をしたのだった。動き出してきたわと彼女は呟いた。
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