上 下
167 / 319

荒野の地に立つ

しおりを挟む
 膝丈ほどに長く伸びた草がザアッと風の音と共に揺れる。

 崩れた家々はその原型を留めず、壁が崩れ、朽ち果てている。所々倒れた木には深い爪痕。

「こんな街や村は無数にある」

 静かに立っていた私を見て、隣にいたリヴィオがそう声をかける。

 ここは三大陸の一つにあるフェンディ厶王国。神は白銀の狼。

「ずっと神が不在だった。もちろん今は神が帰ってきたから賑わってる街も増えている。行ってみるか?」

「今回はここだけで良いわ……これがこの国の現実だと受け止めたいもの」

 寂しい光景にどんよりとした気持ちになるが、ここから立ち上がっている人々もいるというリヴィオの話に希望がもてる。

 そしてここが父が幼い頃にいた国。逃げたかった国なのかと、ふと頭をよぎる。

「油断するでないぞ。ここは普通に魔物が闊歩する国ぞ」

 アオがそう言う。私はハッとして頷いた。やはり平和な国から来た私は危機感が薄い。気をつけよう。

 リヴィオは警戒するように周囲をぐるりと見渡している。

「じゃあ、帰るか。長居は無用だ」

 そうねと私が頷きかけたとき、ざわりと嫌な風が吹いた。匂いや音がしたわけではない。遠くから近づいてくる嫌な気配をじわじわと感じられる。

「来るのじゃ!用意せよ!」

 アオが叫ぶ。トンッと黒猫が私の腕から飛び出した。

「オレに宿るか?」

「そんなに数はおらぬ。思う存分、自分でも戦ってみたいであろう?」

「私は平和主義よ?」

 黒龍の魔力を手に入れたことをアオが暗に言っているのがわかるが、私はそこまで力を誇示したいわけでは………。

「オレだって!」

『それはない』

 私とアオは同時にリヴィオを否定した。なんでだよ!と彼が言った瞬間に目で捉えられる範囲に黒い点々が見えてきた。

 リヴィオは白銀の剣を抜く。私は術を紡ぐ。アオは余裕のようだ。

 黒い狼のような魔物が四体。

「オレが三体な!」

「妾の活躍の場も残すのじゃ!」

「はー!?いらねーだろ!?」

「なんじゃと!?」

 ……横で言い争う、うるさい二人。

 もう少し緊張感ください。

 獣が地面を蹴って襲いかかってきた。リヴィオが剣を閃かせると胴体を一刀両断した。

 私の術が発動した。無数のオレンジ、赤色の炎の矢が降り注ぎ、触れた魔物が咆哮をあげ、溶けるように消える。

 しばし、私は術を放ったポーズで、フリーズした。

 えええええっ!?

 こ、こんなに炎の矢が出るなんて!?自分の放った術が、以前に比べて、はるかに強力になっていることに動揺した。

 アオとリヴィオが不満げにジトーーッとこちらを見た。

「あっ……ごめんね。倒しちゃった」

 三体共、炎の矢に飲み込まれるなんて思わなかったのだ。……黒龍の守護者となった今、力を暴走させないようにしようと心に誓った。

 ナシュレの街へ帰る。

 フリッツを安心させるために、今日は街でデートという設定だった。ちなみにフリッツは奥さんが行きたい!と言ったらしい『湖で紅葉を見て、温泉へ行こう』ツアー中だ。どうも奥さんには敵わないらしい。

 カフェのテラス席に腰掛ける。店員さんにコーヒーを2つリヴィオが頼んでいる。

「大丈夫か?疲れたか?」

「平気よ」

 温かいコーヒーが運ばれてきた。一口飲むとホッとした。

 テラス席からは銭湯に行く家族連れ、温泉玉子を楽しそうに作る人達、アイスクリーム片手に笑いながら歩いて行く女学生達が見えた。

 こんなに、この国は平和なのに、昼夜問わず魔物の脅威に脅えている人たちがいる。破壊された街だって、ナシュレのように元は人々が穏やかに暮らしていたのだろう。

「……おい?」

「なに?」

 口数少ない私にリヴィオが金色の目を細める。

「悲しんだり同情したりするなら、もうこの件から手を引け」

 私は目を丸くした。リヴィオは言葉を続ける。

「セイラの優しさは良いところだと思う。だが、これは優しさだけでは救えない。もっと辛くて残酷な場面や事実に出食わすかもしれない。だからセイラは……」

 またリヴィオは……と私は嘆息して、言葉を遮る。

「知らなくていい、見なくていいとか。そんなに私を甘やかさないでよね。そんなに弱くないわよ。………やってやろーじゃないの!」

 は!?とリヴィオが言う。

「あの国にも銭湯を楽しむくらいの余裕というものを作りましょうよ!」

 はぁ!?とリヴィオは間の抜けた声をあげた。

「ま、まさか……静かだったから、フェンディム王国の状態を憂いているのかと思えば違うのか!?」

 信じられない!という目で私を見る。

「しんみりとしていてもどうしようもないわ。ならば、温泉を!銭湯を!作りあげて、皆がほんわかできるくらいの余裕というものを作っていく方法は無いものかと考えていたのよ」

「はー……なるほどな。温泉作ることが平和に繋がるかもな………壮大な夢だな」

 椅子にもたれて、リヴィオはやれやれとコーヒーを飲む。

「しおらしくなくて悪かったわね」

 フフッと私が笑うと、いいやと首を横に降って、彼も笑った。  

「それでこそセイラだな!自分のしたいことの先に平和がある。それでいいな。うん……世界平和を語る時は、そのくらいがちょうどいい」
 
 リヴィオは自分の言葉を噛みしめるように、秋晴れの午後の少しだけ寂しく感じる空を見上げていた。

 シン=バシュレはきっと一人で、もがいていた。カホのためでありながらも、苦しむ人のためになにかできないかと。……シンヤ君は溺れていた私を咄嗟に助けるくらい、優しいもの。私が一緒にいることで、心を軽くできたらいのだけどと思う。

 私はカップに残ったコーヒーを静かに飲んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...