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歌姫は夢を見せ現実を見る

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 王都で流行っているおまじないの類があるらしい。

「こんな模様の御札があってね、家の窓際に貼るらしいのよ。月の出ない夜に『レイヴン』様にお願い事をすると叶うらしいわ」

 湯気のたつ向こう側に妖精の様に美しいエナがいる。白くなった窓ガラスに人差し指で模様を描いて説明している。

 なんだか眼のような模様でちょっと気味が悪い感じがする。

「ええーっと、なんで私までお風呂をご一緒しているんでしょうか?」

 多忙でやっと『海鳴亭』に来れたというエナは何故かまた私をお風呂に連れて来ていた。

「いーじゃないっ。女同士の話をしながら楽しくお風呂にはいりたいのよ。ここのお風呂も良いわね。お風呂から見える海の景色が最高ね」

 日が落ちてゆく夕焼けの海を眺める姿は絵になる。美しいエナは微笑むと私にザバッとお湯をかき分けて近づいてきた。

「リヴィオが結婚してしまったのは惜しいけど、うまくいってるの?」

「そんな前と変わらないと思いますが、特に問題なく」

 私の返事に険悪な顔をした。

「つまんなーーーい!」

 ……いや?うまくいってないほうか良かったわけ!?

「スキあらばいつでもよ!『レイヴン』様にお願いしようかしらー」

「恋のお願いも叶えてくれるんですか?」

 エナの性格上、そんなわけのわからないものに頼る彼女ではないことを知ってる私はクスッと笑ってしまった。

 チャポンとお湯を何度かすくい、エナはウ~ン……と上を見て考える。

「……さぁ?『レイヴン』様ってなんなのかしらね?詳しくは知らないのよ。噂で聞いただけだから」

 私はお湯に浮かべてあるハーブの束を手にとって香りを嗅ぐ。ふわりと優しい香りがして癒やされる。

「いつ頃からなんですか?けっこう広まってきてます?」

「話を聞くようになったのは秋くらいかしら?広まってると思うわよ!特に王都の女学生達に人気らしいわよ」

 夕陽がゆっくりと沈んでゆき、静かに紫色雲が広がっていく。温かなお湯に入りながら眺めるのはとても贅沢な気がした。

 手足がじんわりと暖まってきた。

 エナはお風呂の中で長い手足を伸ばす。

「このあと、ディナーショーねー……美味しい物を食べて眠りたーい!」

「それはお客様が、とても楽しみにしているので、お願いします」

「わかってるわ。穴をあけるわけないでしょ。言ってみただけよ。この泡の出るお風呂いいわね!マッサージされてる感じだわ」

 ポコポコと腰のあたりをあてて、良い湯だわーと目を閉じているエナをまさか王都で人気の歌姫とは誰も思わない図であろう。

「そうですね。マッサージ効果があります。腰が痛いんですか?」

「そうなのよ。こう華やかーに見えても、立ち仕事なのよ!?舞台の端から端へ動き回り、声量を保つにもある程度の筋肉も体格も必要だから筋トレ、ボイトレは毎日かかさないのよ……でも太れないから、サニーサンデーのアイスクリームも一日一個って決めてるのよ」

 大変なのよーっ!と愚痴をこぼす。

「意外と体育会系なんですねぇ」

「引退したらアイスクリームたくさん食べるわっ!」 
 
 ファンが聞いたら悲しみそうな引退の言葉を口にする。

「エナさん、またスランプというか、お疲れなんですか?」

 エナは嘆息した。そして半眼になって私に言う。

「リヴィオとあなたが結婚するからじゃない!人の物になったかと思うと、恋の歌、歌うときに気持ちが入りにくいのよっ!」

 バシャーンとお湯をかけられたのだった………。

 お風呂からあがり、私はディナーショーの会場準備。エナは付き人と一緒に控室で身なりを整えに行った。

「女将、歌姫と知り合いなんてすごいですね!」 

 初めてエナを見たスタッフが言う。

「すごくないけど、お湯のかけあいをできる仲らしいわ……」

 へっ?とスタッフが首を傾げる。

 歌姫となったエナは美しく、金銀の装飾品、薄いヴェールをたらし、白のドレスを着て登場した。

 きっちり気持ちを切り替えて、透き通るような声が響き、高く、低く……人の心を奪う歌声。私もうっとりと聴き入る。

 流行りの歌、昔から伝わる歌、踊りだしたくなる歌など手が痛くなるくらいの拍手をもらっている。

 ライトアップされ、舞台に立つ彼女は誰よりも美しく、華やかで輝いている。

 私はお客様達が帰った後、エナにお礼を言いに行った。

「どう?素敵なディナーショーでしょう!?」

 プロとしてやりきった!という顔をしたエナに私は頷いた。

「ありがとうございました!ほんとにほんとに素敵な歌でした!」

「フフン。セイラに言われると悪い気がしないのよねぇ。恋に負けたけど、歌は誰にも負けないもの!」

 あ、そうそう。と言って、私に変な眼のような模様の御札を渡した。
 
「え!?これ話していた御札!?」

 エナがクスクス笑う。

「ファンのプレゼントの中に、今、流行ってるものらしいですって入っていたのよ」

「エナさんはいらないんですか?」

「他力本願は嫌いよ。欲しい物や願いたいことがあったら……自分で手に入れに行くわよ。セイラ、あなたもそうでしょ?」

 どうでしょう?と私は札を口元に持っていき、謎めいた笑いをエナに返したのだった。

 仕事が終わった後、じっくり御札を見た。変な眼のような模様がこちらを見ているようであった。
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