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マリアの自立
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久しぶりにカムパネルラ家に来ていた。オリビアが相談したいことがあると言うのだった。
私とリヴィオに相談なんて、カムパネルラ公爵家にしては珍しかった。
オリビアは珍しく憂いた表情をしている。メイドが香りの良いお茶と焼き菓子を置く。席を外すようにと合図され、全員出ていく。
「母さん、どうしたんだ?」
リヴィオが普段と違う様子に待ちきれず、人払いされるとすぐ尋ねる。
「実はね、マリアが恋をしてるようなのよ」
「へぇー、まぁ、年頃だしな」
なんだ、そんな話かよとリヴィオはさほど興味を持てなかったらしく、くつろぎだし、お茶を飲む。私も平和そうな話題なのでカップに手をかけて頂くことにする。
カムパネルラ公爵家の末娘だし、マリアは可愛いし、社交性もある。そんな話を出さなかっただけで、たくさんありそうなものだ。
「ハリーの目をかいくぐって近づいた者がいたみたいで、虫がついたと騒いでるのよ。相手を消してやろうかと息巻いてるし、外出禁止になったマリアは怒っているのよ」
相手を消す……!?私はお茶を吹き出しかけた。リヴィオは苦い顔をした。
この国の宰相であり公爵家の当主であるハリー=カムパネルラは末娘を溺愛している。
「えーと……つまり、マリアと喧嘩になってしまったということですか?」
「どこの誰だよ」
私が要約すると、リヴィオも金色の目を半眼にして尋ねる。
「カーター男爵という方らしいわ。地方領主で商売されている人でかなり年上なのよ」
叔父様好きなのかしら?イケオジも有りだとは思うわ。でも心配するハリーやオリビアの気持ちもわからなくもない。
「カーター男爵を呼び出して、マリアに近づく意図を聞くべきだろ」
リヴィオはその方が手っ取り早いと肩をすくめる。
「ハリーが公爵家へ来るようにと手紙を出したわ。とりあえずマリアと仲の良いセイラさんにマリアの様子を見て宥めてほしくて……」
マリアは荒れてるのね……私は察して立ち上がる。
「わかりました。少し話をしてきます」
助かるわとハリーとマリアの板挟みになってしまったオリビアは疲れているらしく、額に手をやっている。
マリアの部屋の扉を叩く。小さい声だが、ハイと返事がした。入りますと私が顔を出すと椅子に座って刺繍をしていたマリアが顔をあげた。
「セイラお姉様!……お母様ね。もうっ!そんな大事ではないのにアーサーお兄様が大袈裟にお父様に報告しすぎたのですわ」
私に椅子を勧めてくれる。しっかり者のマリアは確かに恋に溺れるタイプではないと思うが……。
「皆、マリアさんが可愛くて心配なんですよ」
わかってるわとマリアは刺繍をテーブルに置いて嘆息した。
「でも、いちいち見張られてるのは好きじゃないのですわ」
「確かにカムパネルラ公爵家の男性たちはマリアさんに過保護すぎるかもしれないですね」
「でしょう?カーター男爵もそう言って……ああ、ごめんなさい。説明すると、恋愛の話ではないの。わたくし、セイラさんみたいに自分で働いてみたいのよ。カーター男爵は商売をされていて、そういった話をしていたのよ」
「は、働く!?公爵家のお嬢様が……それは……」
マリアが私の反応に頬を可愛らしく膨らませた。
「知らないんですの?世間では働く女性が増えてるんですわ。それは流行とも言えるほどにですわ。セイラさんのせいですわよ!」
「えええええええ!?」
わ、私のせい!?なんで!?驚いていると何冊かの雑誌をテーブルに置いてページを開く。
『温泉旅館経営する伯爵夫人は成功を引き寄せる!』
『ナシュレ地方の発展に力を注ぐ女性』
『新しいものを生み出し、民の生活に目を向ける素晴らしきご婦人』
記事の見出しが大袈裟だが………私のことらしい。そういえば、何度か取材を受けた。温泉旅館の宣伝に良いわ~と思ってしていたが。
最近、働いてみたい女性が増えてるのか、よく声をかけられるような??
王都新聞の記者であるジェシカもセイラさんの記事は女性からの反響がすごいですとか言っていた。
「憧れる貴族の娘たちも少なくありませんわ。わたくしもセイラさんのように自分で考え、自分の力を試してみたいのですわ」
「ええーっと、でもマリアさんはステラ王女殿下のお側にいることが、むしろ仕事のような気がします。将来、女王陛下になられる殿下を支えると言うのも立派な務めでは……」
「レオンお兄様がいるから、わたくしの相談相手なんて最近ではあまり求められませんわ。でも寂しいわけではありませんの。自由時間ができて、自分のことを考えることができましたもの」
働いてみたい。自立したい。そう思うことは悪くはないと思うけど……。
「カムパネルラ公爵様にはなんて言われたんです?」
マリアが苦々しい顔をした。
「アーサーお兄様にはおまえには無理だと即答されましたわ。もちろんお父様にも……」
「心配する親心もわからなくもないですけど……」
カチャと扉が開いた。リヴィオだった。
「そのへんにしておけ、マリア」
「盗み聞きしていましたのね?」
睨み合う二人。兄妹喧嘩はヤメて。
「マリア、一時的な憧れで出来るものじゃないんだぞ!」
「わかってますわ!じゃあ、リヴィオお兄様もお父様も他の貴族の娘たちと同じようにカムパネルラ公爵家の利となる方と結婚して公爵家の為になれば良いと言う考え方なのですわね!?」
「オレは誰と結婚しても良いし、好きにすればいいと思う。だが、カムパネルラ公爵家に害となる者と結婚するなら、縁を切られる。相手によってはカムパネルラ公爵家の庇護を受けれないぞ。その覚悟はあるのか?」
金色の目がスッと細められた。いつもは末の妹を優しく見ているのだが、今は違う。甘さを消している。
「あ、ありましてよ!」
「それで、カムパネルラ公爵家じゃないマリアになった時に何ができる?」
マリアが唇を噛みしめる。今にも泣き出しそうである。
「リヴィオに説教は似合わないわよ。妹が心配なのはわかるけど……」
むしろ説教されている方だよねとツッコミを入れたいのを我慢する。
ポンポンとリヴィオの背中に触れてから、マリアに私は向きなおる。
「じゃあ、こうしない?しばらく世間を知る修行を兼ねて、温泉旅館で働いてみませんか?」
え!?とマリアが顔をあげる。
「マリアさんがしたいこととは違うかもしれないけど、いろんな人と接してみると世界が広がると思うのよ」
「やってみたいですわ!」
希望に満ち溢れたマリアに私は言った。
「バカにしたり侮っている意味で言うわけではないと前置きしてから、話します。平民、貴族の身分に関わらず頭を下げること、掃除などの雑用もあるので、無理だと感じたら辞めても構いません。なんでも人には向き不向きがありますから」
「心遣いありがとう!なんでもいいからやってみたいのですわ!やってみないことには合うか合わないかもわかりませんもの」
クスッと私は笑った。
「そんなところはリヴィオそっくりだと思うわ。……そう思わない?」
リヴィオが肩をすくめる。
「さぁな。父さんがそれを許すかどうかは聞いてみないとわからねーけどな。マリアのことを溺愛してるからなぁ」
それはそうだと私は頷いた。しかしどんな人か、わからないカーター男爵とやらに近づくよりはいいんじゃないかなと思うのだった。
マリアが恋心を抱いていないとわかった以上は不必要に近寄らないほうが無難であろう。
公爵家のお嬢様を利用しようとする輩は山といる。それで傷ついてほしくないとハリーもオリビアも彼女の兄たちも強く思い守りたいのだろう。
それに、働きたいという思いだけではないのではないだろうか?あまりにも唐突である。
マリアが口にしない本当の悩みがある。私はそう感じたが、そっとしておくことにした。今は聞くべき時ではなさそうだからだ。
それから少し経って、マリアは『花葉亭』で見習い仲居をすることとなったのだった。
余談だが、ジーニーが旅館に来て、マリアがいらっしゃいませ!と言い、顔を合わせたときの『なんで!?』という驚きように、しばらく私とリヴィオは思い出しては笑ったのだった。
私とリヴィオに相談なんて、カムパネルラ公爵家にしては珍しかった。
オリビアは珍しく憂いた表情をしている。メイドが香りの良いお茶と焼き菓子を置く。席を外すようにと合図され、全員出ていく。
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カムパネルラ公爵家の末娘だし、マリアは可愛いし、社交性もある。そんな話を出さなかっただけで、たくさんありそうなものだ。
「ハリーの目をかいくぐって近づいた者がいたみたいで、虫がついたと騒いでるのよ。相手を消してやろうかと息巻いてるし、外出禁止になったマリアは怒っているのよ」
相手を消す……!?私はお茶を吹き出しかけた。リヴィオは苦い顔をした。
この国の宰相であり公爵家の当主であるハリー=カムパネルラは末娘を溺愛している。
「えーと……つまり、マリアと喧嘩になってしまったということですか?」
「どこの誰だよ」
私が要約すると、リヴィオも金色の目を半眼にして尋ねる。
「カーター男爵という方らしいわ。地方領主で商売されている人でかなり年上なのよ」
叔父様好きなのかしら?イケオジも有りだとは思うわ。でも心配するハリーやオリビアの気持ちもわからなくもない。
「カーター男爵を呼び出して、マリアに近づく意図を聞くべきだろ」
リヴィオはその方が手っ取り早いと肩をすくめる。
「ハリーが公爵家へ来るようにと手紙を出したわ。とりあえずマリアと仲の良いセイラさんにマリアの様子を見て宥めてほしくて……」
マリアは荒れてるのね……私は察して立ち上がる。
「わかりました。少し話をしてきます」
助かるわとハリーとマリアの板挟みになってしまったオリビアは疲れているらしく、額に手をやっている。
マリアの部屋の扉を叩く。小さい声だが、ハイと返事がした。入りますと私が顔を出すと椅子に座って刺繍をしていたマリアが顔をあげた。
「セイラお姉様!……お母様ね。もうっ!そんな大事ではないのにアーサーお兄様が大袈裟にお父様に報告しすぎたのですわ」
私に椅子を勧めてくれる。しっかり者のマリアは確かに恋に溺れるタイプではないと思うが……。
「皆、マリアさんが可愛くて心配なんですよ」
わかってるわとマリアは刺繍をテーブルに置いて嘆息した。
「でも、いちいち見張られてるのは好きじゃないのですわ」
「確かにカムパネルラ公爵家の男性たちはマリアさんに過保護すぎるかもしれないですね」
「でしょう?カーター男爵もそう言って……ああ、ごめんなさい。説明すると、恋愛の話ではないの。わたくし、セイラさんみたいに自分で働いてみたいのよ。カーター男爵は商売をされていて、そういった話をしていたのよ」
「は、働く!?公爵家のお嬢様が……それは……」
マリアが私の反応に頬を可愛らしく膨らませた。
「知らないんですの?世間では働く女性が増えてるんですわ。それは流行とも言えるほどにですわ。セイラさんのせいですわよ!」
「えええええええ!?」
わ、私のせい!?なんで!?驚いていると何冊かの雑誌をテーブルに置いてページを開く。
『温泉旅館経営する伯爵夫人は成功を引き寄せる!』
『ナシュレ地方の発展に力を注ぐ女性』
『新しいものを生み出し、民の生活に目を向ける素晴らしきご婦人』
記事の見出しが大袈裟だが………私のことらしい。そういえば、何度か取材を受けた。温泉旅館の宣伝に良いわ~と思ってしていたが。
最近、働いてみたい女性が増えてるのか、よく声をかけられるような??
王都新聞の記者であるジェシカもセイラさんの記事は女性からの反響がすごいですとか言っていた。
「憧れる貴族の娘たちも少なくありませんわ。わたくしもセイラさんのように自分で考え、自分の力を試してみたいのですわ」
「ええーっと、でもマリアさんはステラ王女殿下のお側にいることが、むしろ仕事のような気がします。将来、女王陛下になられる殿下を支えると言うのも立派な務めでは……」
「レオンお兄様がいるから、わたくしの相談相手なんて最近ではあまり求められませんわ。でも寂しいわけではありませんの。自由時間ができて、自分のことを考えることができましたもの」
働いてみたい。自立したい。そう思うことは悪くはないと思うけど……。
「カムパネルラ公爵様にはなんて言われたんです?」
マリアが苦々しい顔をした。
「アーサーお兄様にはおまえには無理だと即答されましたわ。もちろんお父様にも……」
「心配する親心もわからなくもないですけど……」
カチャと扉が開いた。リヴィオだった。
「そのへんにしておけ、マリア」
「盗み聞きしていましたのね?」
睨み合う二人。兄妹喧嘩はヤメて。
「マリア、一時的な憧れで出来るものじゃないんだぞ!」
「わかってますわ!じゃあ、リヴィオお兄様もお父様も他の貴族の娘たちと同じようにカムパネルラ公爵家の利となる方と結婚して公爵家の為になれば良いと言う考え方なのですわね!?」
「オレは誰と結婚しても良いし、好きにすればいいと思う。だが、カムパネルラ公爵家に害となる者と結婚するなら、縁を切られる。相手によってはカムパネルラ公爵家の庇護を受けれないぞ。その覚悟はあるのか?」
金色の目がスッと細められた。いつもは末の妹を優しく見ているのだが、今は違う。甘さを消している。
「あ、ありましてよ!」
「それで、カムパネルラ公爵家じゃないマリアになった時に何ができる?」
マリアが唇を噛みしめる。今にも泣き出しそうである。
「リヴィオに説教は似合わないわよ。妹が心配なのはわかるけど……」
むしろ説教されている方だよねとツッコミを入れたいのを我慢する。
ポンポンとリヴィオの背中に触れてから、マリアに私は向きなおる。
「じゃあ、こうしない?しばらく世間を知る修行を兼ねて、温泉旅館で働いてみませんか?」
え!?とマリアが顔をあげる。
「マリアさんがしたいこととは違うかもしれないけど、いろんな人と接してみると世界が広がると思うのよ」
「やってみたいですわ!」
希望に満ち溢れたマリアに私は言った。
「バカにしたり侮っている意味で言うわけではないと前置きしてから、話します。平民、貴族の身分に関わらず頭を下げること、掃除などの雑用もあるので、無理だと感じたら辞めても構いません。なんでも人には向き不向きがありますから」
「心遣いありがとう!なんでもいいからやってみたいのですわ!やってみないことには合うか合わないかもわかりませんもの」
クスッと私は笑った。
「そんなところはリヴィオそっくりだと思うわ。……そう思わない?」
リヴィオが肩をすくめる。
「さぁな。父さんがそれを許すかどうかは聞いてみないとわからねーけどな。マリアのことを溺愛してるからなぁ」
それはそうだと私は頷いた。しかしどんな人か、わからないカーター男爵とやらに近づくよりはいいんじゃないかなと思うのだった。
マリアが恋心を抱いていないとわかった以上は不必要に近寄らないほうが無難であろう。
公爵家のお嬢様を利用しようとする輩は山といる。それで傷ついてほしくないとハリーもオリビアも彼女の兄たちも強く思い守りたいのだろう。
それに、働きたいという思いだけではないのではないだろうか?あまりにも唐突である。
マリアが口にしない本当の悩みがある。私はそう感じたが、そっとしておくことにした。今は聞くべき時ではなさそうだからだ。
それから少し経って、マリアは『花葉亭』で見習い仲居をすることとなったのだった。
余談だが、ジーニーが旅館に来て、マリアがいらっしゃいませ!と言い、顔を合わせたときの『なんで!?』という驚きように、しばらく私とリヴィオは思い出しては笑ったのだった。
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