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海鳴亭へようこそ!

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 『海鳴亭』のお客様名簿に『花葉亭』で見る馴染みのお客様の名前が何組か記されていた。

 その中には……。

「コパン夫妻、ようこそお越しくださいました。『海鳴亭』でもおくつろぎくださればと思います」

 前国王陛下夫妻。優しい雰囲気の二人は相変わらずニコニコとしていて、ほんわかとした気分にさせてくれる。

「きゃあ!」

「わぁ!なんですか?これは!?」

 海を見ながら、上の階へと移動する箱の乗り物。

「エレベーターと言います。高い所へもすぐいけます」

「眺めが良いですね。でも年寄りには刺激が強いわねぇ」

 私の説明に奥様の方がドキドキしながら言った。

「海があんなに遠くまで一望できるねぇ」

 コパンさんが初夏の海を眩しげに見た。

 部屋からも海が見え、二人はさっそく窓際に座ってみて、お茶をする。

「海のお茶と初夏の海をイメージしたお菓子です」

 昆布茶、貝殻を模したおかき、透明なゼリーの中にはフルーツで型をとった太陽と波、魚をいれた。

「まあまあ!なんて可愛らしいんでしょう」

「本当だねぇ。よく考えてあって、食べるのがもったいない」

 二人は子どものようにワクワクしながら目で見て楽しんでから、お菓子を口に運ぶ。

「味も美味しいわ~」

「景色も最高だね」

 私は二人がお菓子を食べ終えるのを待ち、次は緑茶を淹れた。

 ふぅと心地良さそうなため息を吐くコパン夫妻。

「うちの娘が王都の近くに温泉がほしいと言って悪かったねぇ」

 どこぞの家の話に聞こえるが、娘とは女王陛下のことである。

「いえいえ、おかげで私も新しい挑戦をさせてもらえました」

「あの娘、私達が歳をとってきたものだから、遠い温泉より近い温泉があったほうがいいと思ったようなのよね」

 奥様が琥珀色の目を困ったように下げた。

「親孝行ですね。……なるほど、だから女王陛下ではなく、先にコパン様達がいらしたのですね」

 コパンさんがいいやと首を振る。

「忙しくて行けないと悔しがっていたよ……」

 ……あ、そうなのね。陛下らしい気がする。

 窓を少し開けていいですか?と聞かれたので、窓を開けると潮風が入ってきた。幸せそうに微笑み合う二人。

 なんだか良い雰囲気の夫妻。やはり理想の夫婦だと思う。私とリヴィオはまだまだこの域にはなれないなぁ。

「お風呂の説明をさせてもらいます。1階と2階にお風呂があります。1階は和風風呂で石や木のお風呂です。2階はタイルですが、滝のようにお湯が落ちてくる所やジェットバスがあります。くつろげる点でいうと1階をおすすめしますが、目新しさでいうと2階になります」

 奥様が迷いますねーと言うとコパンさんが言う。

「ジェットバスとはなんですかね??」

「浴槽内に取り付けた装置から、湯が勢いよく吹き出す仕掛けです。噴射されたお湯は気泡となって、体を包み、マッサージ効果とリラックス効果があります」

 トトとテテはずっとエレベーターとこのジェットバスに力を注いでくれていたのだ。

 最近はどうもからくり人形にハマってるようだが……。

 とても迷いますねーと言いながらコパン夫妻はお風呂へと行った。

 この特別室にもお風呂はついているけれど、やはり大浴場は良いですねと言ってくれる。

 私も帰りに入っていこうかなと羨ましくなる。

 ……と、のんびりしてる場合ではなく、裏のスタッフ専用エレベーターに乗って、一階へ降りて次のお客様にご挨拶よ!次の行動へと移す。

 夕食前にレイチェルと今日の夕食メニューのチェックを行う。

「新規のお客様だけじゃなくて『花葉亭』馴染みの方もいるんだって?少し緊張するねぇ」

「いいのよ。『海鳴亭』らしさも大事だから」

 私がそう言うとレイチェルは緊張を解いて笑った。

 コパン夫妻は海の幸に目を輝かせた。

「こちら大海老を蒸し焼きにしたものです。海老の味噌ソースをつけて召し上がってください」

「海老の身がプリプリねぇ!」

「うむ!うまいね」

 お酒がグラスになくなったことに気づいてスタッフが注ぐ。

「この麺の中にあるのは!?ツルッとしているしトロッとしてるわね」

 気に入ってくださったようで奥様が質問する。

「海藻です。ここの海でとれたものなんですよ」

 もずくをうどん汁に入れたのだ。麺は細麺で絡みやすく工夫されている。レイチェルは祖父と日本食を長年してきただけあって、出汁のとりかたが上手で汁の味も深みがある。

「出汁の味って優しいわねぇ」

「体に染みるってこういうことを言うんだねぇ」 

 二人は食べ進めていき、私にお風呂も最高だったことを話す。

 ふとコパンさんが言う。

 人の良い穏やかな表情が消えた。前国王陛下と思い出させる顔つきに私はギクリとした。

「セイラさんも異世界の文化をシンから受け継いでいるんだね?」

 正しくは私も同じ日本という国の記憶があり、祖父とは同じ学校のクラスメイトだったかもしれないという事実だが、余計なことは言わないほうがいいと判断する。

「そうです」

 異世界から来たと知っていたんだねと確信する前国王陛下。

 ……知り合いでした。

「シンは……これは仮説だが元の世界に帰ったのか、それとも行き来しているのかもしれない。シンほどの魔力の持ち主は老衰ではない。軽く300年は生きれるだろう。葬儀は……王家の繋がりや見張りを嫌がり、自由に生きたい意思で行った形だけのものだろう」

 しっかり王家にもばれてるよ……ゼキ=バルカンが仕切ってしたというが、前国王陛下はお見通しだったようだ。
 
「祖父は生きてると思っているのですか?」

「そうだ。……シンを黒龍の望むまま異世界から召喚した。亡くなったと思っていたんだね。すまなかったね」

 異世界召喚とサラッと言われると驚くけど、転生してる私がここにいるので、あまり新鮮さはない。

 しかし今、どこにいるんだろう?

 しばらく私が黙ったまま物思いにふけっていると、奥様がショックを受けたと思ったようで、労るように声をかける。

「大丈夫?会いたいわねぇ……」

 祖父は日本に帰った?シンヤ君は日本で続きの人生を送ってる?なんだか違和感がある。

 口に出せないが、確か……私を助けに来たときも黒龍の化身アオと祖父はいまだになにかの事件に関与しているようだった。

「祖父はもともと不思議なところがあると思っていましたし、私、今は皆に支えられ幸せです。だから大丈夫です」

 祖父は生きてて、一度助けてくれたし……きっと用があれば、あっちから会いにくるんじゃないかな?という思いに行きついた。

 前はすごく会いたかった。だけど今の私はそばにいる皆のおかげで寂しさをあまり感じずに済んでいる。

 コパン夫妻はフッと元の穏やかな顔になり、安心したように顔を見合わせていた。

「せっかくいらしたのですから、楽しんでください!お料理も冷めます」

「そうだね。美味しく頂こう」

「そうしましょう」

 ……祖父に関する事実を、ずっと言いたかったのかもしれない。二人はどこかスッキリとしていた。
 
 他の部屋のお客様にも挨拶へ行く途中、ユラユラと海面に旅館の灯りがいくつも映っていた。遠くには王都の灯りが見える。

 私に遺産を……温泉を残し、好きなことをしろと言ってくれた祖父には感謝している。

 私の作った温泉にいつか招待できる日がくるといいな。喜んでくれるといいのだけど。



 


 
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