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割れたカップ
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地面に短い緑色の草が生えてきて、春は来たけれど、まだ寒さが残る日々。
コーヒーを飲みすぎて寝れなくなった。たまにそんな夜がある。またはいろんなことを考えすぎて徹夜とか。
「お嬢様、眠れない夜にブランデー入りのホットミルクですよ」
メイド長のメリルが起きている私に気づいて、温かい飲み物を持ってきてくれる。
「ごめんなさいね。こんな夜更けに気をつかわせてしまったわね」
メリルはいいえと微笑む。
「お嬢様、そこは謝らず『ありがとう』ですよ」
小さい頃からめんどうを見てくれている彼女はそう優しく言ってくれる。
「このカップも年季が入りましたね。シン様がお嬢様のために用意されたものでしたよね」
メリルがテーブルの上にそっと置いてくれたのは赤、黄、青の小花とピンクのクマが描かれた可愛いカップだった。今の私には幼すぎる絵柄だが、ずっと愛用していて、眠る前のお茶は必ずこのカップに淹れてくれる。
子供っぽいかなと思いつつも大切にしているカップだった。
翌朝のことだった。旅館へ仕事へ行こうと支度をしていると控えめにドアをトントンとノックされる。
「どうぞー。開いてるわよー」
ドアを開けて入ってきたのは新しく雇ったメイドだった。焦げ茶の目に涙が浮かんでいる。
「どうしたの!?なにかあったの?」
後ろからメリルがついてきていた。
「お嬢様、申し訳ありません」
白い布に包まれたカップを見せる。……ああ。とうとう割れちゃったかと私は思う。魔法で直せそうなら直そうかと思ったがそのまま私は受け取った。たぶん、これだけ古いカップを完璧に戻すことは難しいであろう。
「いいのよ。古いものだったから……破片はちょうだい。直せそうなら直すわ」
「洗おうと思いましたら、落としてしまったのです。本当に申し訳ありません。新人メイドの教育をしっかりと………」
メリルの言葉を私は遮る。
「いつまでも子供っぽいかなって思っていたのよ。メリル、大丈夫よ」
そう微笑むと新人のメイドはホッとしていたが、メリルは複雑そうな顔をしていた。
旅館へ行き、お客様を出迎える。
「いらっしゃいませ。ようこそおこしくださいました」
「噂に違わぬ感じの旅館だな!おもしろいなー!このランプや窓枠も個性的だ」
陽気そうな紳士が提灯や障子戸に興味津々だ。しかし特に興味を持ったのは……。
「この花瓶の絵柄はどういうものですかね!?」
「桜の絵です。桜の花は庭や露天風呂に咲いており、ちょうど見頃になってますわ。よかったらご覧ください。旅館内の花瓶は陶芸家さんに季節の花や色などのイメージなどを伝えて特注しております」
なるほど……と言って、しばらく眺めていた。
「花瓶がお好きなのですか?」
「いや、アハハ!違います!」
カラッと明るく笑う。
「主に食器の販売をしている者です」
「そうなんですね。それでデザインなどに惹かれるのですね」
いやぁ、仕事から頭がなかなか離れなくてと頭をかいている。
それだけ仕事が好きなのだろうなぁと微笑んだ。自分のやりたい仕事ややりがいのある仕事をみつけることはなかなか容易ではないと思う。
私だって、旅館の後継ぎとして育てられてなかったら……どうしていたのだろう?OLとかかな?想像がいまいちつかない。
こっちでは自ら温泉旅館経営しちゃったけど……。
食器を扱うだけあって、夕飯に出した食器には料理よりも真剣に見ていた。もうオタクレベルだと思う。
「どこか異国風で興味深い!取り引きさせてもらえないか!?」
食後に彼は目をキラキラとさせて言う。
……温泉にゆっくりしに来たんじゃないの!?仕事に人生全振りしてるなぁ。
「えーと……そうですね。陶芸家の方たちとお話しする機会を作りましょうか?」
ガタッ!と立ち上がり、私の手をギュッと握る。
「お願いしますっ!」
すごい熱意だ。ふと……彼ならと思い、私はダメ元で聞いてみることにした。
「あの……お客様にこういったことを聞いていいのか迷うところなのですが、私、気に入っていたカップがあって、割れてしまい、同じ物がないか聞きたいのですが」
「任せてください!食器のことなら!!なにかヒントになるものがありますか?」
心強い返事だ。私は後でお部屋に伺ってもいいか尋ねると快諾してくれた。
一度屋敷に戻り、ヒビと欠けているがとりあえす魔法で修復したカップを持ってきた。
メガネをかけて、じいいいっと柄をみている。
「これは『ピンクベア』シリーズの1つだ。しかもカップの底に作家のサインが入ってるし本物だ」
「貴重なものなんですか?」
ま、まさか?お祖父様はそんなすごいものを小さかった私に買い与えないよね!?普通に使っていて、割ってしまったわよ……。
ハハッと笑う食器商人。
「けっこう女の子に人気シリーズでそこそこ高価ではありますが手に入りにくいわけではあひません。人気すぎて偽物も出回っているので、本物を探すのが難しいだけですが……おまかせください!やり遂げますよ!」
そっか……と私は呟く。そして首を横に振って言った。
「いいえ、大丈夫です。違うお願いをしても良いですか?」
私はピンク色のくまのカップをそっと白い布に包んだのだった。
後日、新しいカップが届いた。メリルがまぁ!と笑う。
「今度からこれでお茶をお願いね」
「これも可愛らしいですけどね。フフッ」
思わず手を口に当てて笑うメリル。
そこへちょうどリヴィオが通りかかったので手招きして呼ぶ。
「どうしたんだ?」
カップ?と箱の中身を見ると彼もハハッと笑った。
「これはオレのか!こっちがセイラか!……いいな」
夫婦茶碗ならぬ夫婦カップだ。
「リヴィオは自分用のカップ持ってなかったでしょ。私のカップ割れちゃったから、どうせなら一緒に買おうと思ったのよ」
ふーんと彼は私が思っていたよりも嬉しげにカップの持ち手を持ってみている。
同じ丸みを帯びた形のカップの裏に名前が記されており、私のは朱色に小さな花が描かれている。リヴィオのは瑠璃色に黒猫のマーク。
さっそくお茶を淹れてもらって飲む。
まったりとした時間が流れる。焼き菓子も用意してくれたので一緒に頂く。
ふとリヴィオは言った。
「なあ……じーさんと同じ世界にいたんだろ?オレやジーニーのように同級生ということは……なんだ……その……」
珍しく歯切れが悪い。私は何??と聞き返す。
「つまり……恋愛対象的な相手ではなかったのか?」
そこで私はなるほどとうなずく。
「シンヤ君はクラスで目立つ方じゃなかったし、私もいるかいないか覚えていないくらいだったのよ。それが……海で助けてくれたらしくて驚いたわ。恋愛云々がそれ以前にあったという記憶もないし、話したこともあったかなぁ」
むしろ他の男子との方が話していた気がする。何故、そんなあまり関係ない女子生徒を助けてくれたのだろう?私も謎すぎる。
「信じておくけど……」
そう渋い顔して言うリヴィオはもしやヤキモチ焼いているのかも??
私は言葉を続ける。
「前世は前世よ。どこか夢の中の話のようだから私も現実味があんまりないわ。そうね……たとえ日本に行けると言われてもリヴィオがこの世界にいる限りは私はここにいるわ」
リヴィオは少し照れてごまかすようにお茶を飲んだ。
「ま、まぁ……良いんだ……違うなら」
「ヤキモチもたまには悪くないわねぇ」
ニッコリそう笑って言うと、ヤキモチなんかやいてねーっ!と勢いはあまりなく言い返す。
私ばかり昔の美女連れのリヴィオを思い出すのは不公平である。たまにこういうのも良いわねとほくそ笑んだ。
そして一つの仮定が生まれる。私の記憶が進まないのは……シンヤ君はもしかしたら日本へ帰る未来があるのかもしれない。私がその先を知ると未来を変えてしまうリスクがある。転生させた神様はそのあたり、きちんと考えてるのだろう。
一度会いたいと思ったが、あちらは私のことを知らないだろうし……言うべきなのか言わないべきなのか。そしてこの世界で出会ったのは偶然なのか?謎は深まるばかりだと嘆息した。
そういえばお気に入りのカップについて追記することがある。
ピンクのくまのカップはサボテンが入って植木鉢になり、自室の陽当りの良い窓辺に置いてあり、今も大切にしている。
新しいカップも古いカップもどちらも私にとって大切で、いつまでもお気に入りの物でありたい。
コーヒーを飲みすぎて寝れなくなった。たまにそんな夜がある。またはいろんなことを考えすぎて徹夜とか。
「お嬢様、眠れない夜にブランデー入りのホットミルクですよ」
メイド長のメリルが起きている私に気づいて、温かい飲み物を持ってきてくれる。
「ごめんなさいね。こんな夜更けに気をつかわせてしまったわね」
メリルはいいえと微笑む。
「お嬢様、そこは謝らず『ありがとう』ですよ」
小さい頃からめんどうを見てくれている彼女はそう優しく言ってくれる。
「このカップも年季が入りましたね。シン様がお嬢様のために用意されたものでしたよね」
メリルがテーブルの上にそっと置いてくれたのは赤、黄、青の小花とピンクのクマが描かれた可愛いカップだった。今の私には幼すぎる絵柄だが、ずっと愛用していて、眠る前のお茶は必ずこのカップに淹れてくれる。
子供っぽいかなと思いつつも大切にしているカップだった。
翌朝のことだった。旅館へ仕事へ行こうと支度をしていると控えめにドアをトントンとノックされる。
「どうぞー。開いてるわよー」
ドアを開けて入ってきたのは新しく雇ったメイドだった。焦げ茶の目に涙が浮かんでいる。
「どうしたの!?なにかあったの?」
後ろからメリルがついてきていた。
「お嬢様、申し訳ありません」
白い布に包まれたカップを見せる。……ああ。とうとう割れちゃったかと私は思う。魔法で直せそうなら直そうかと思ったがそのまま私は受け取った。たぶん、これだけ古いカップを完璧に戻すことは難しいであろう。
「いいのよ。古いものだったから……破片はちょうだい。直せそうなら直すわ」
「洗おうと思いましたら、落としてしまったのです。本当に申し訳ありません。新人メイドの教育をしっかりと………」
メリルの言葉を私は遮る。
「いつまでも子供っぽいかなって思っていたのよ。メリル、大丈夫よ」
そう微笑むと新人のメイドはホッとしていたが、メリルは複雑そうな顔をしていた。
旅館へ行き、お客様を出迎える。
「いらっしゃいませ。ようこそおこしくださいました」
「噂に違わぬ感じの旅館だな!おもしろいなー!このランプや窓枠も個性的だ」
陽気そうな紳士が提灯や障子戸に興味津々だ。しかし特に興味を持ったのは……。
「この花瓶の絵柄はどういうものですかね!?」
「桜の絵です。桜の花は庭や露天風呂に咲いており、ちょうど見頃になってますわ。よかったらご覧ください。旅館内の花瓶は陶芸家さんに季節の花や色などのイメージなどを伝えて特注しております」
なるほど……と言って、しばらく眺めていた。
「花瓶がお好きなのですか?」
「いや、アハハ!違います!」
カラッと明るく笑う。
「主に食器の販売をしている者です」
「そうなんですね。それでデザインなどに惹かれるのですね」
いやぁ、仕事から頭がなかなか離れなくてと頭をかいている。
それだけ仕事が好きなのだろうなぁと微笑んだ。自分のやりたい仕事ややりがいのある仕事をみつけることはなかなか容易ではないと思う。
私だって、旅館の後継ぎとして育てられてなかったら……どうしていたのだろう?OLとかかな?想像がいまいちつかない。
こっちでは自ら温泉旅館経営しちゃったけど……。
食器を扱うだけあって、夕飯に出した食器には料理よりも真剣に見ていた。もうオタクレベルだと思う。
「どこか異国風で興味深い!取り引きさせてもらえないか!?」
食後に彼は目をキラキラとさせて言う。
……温泉にゆっくりしに来たんじゃないの!?仕事に人生全振りしてるなぁ。
「えーと……そうですね。陶芸家の方たちとお話しする機会を作りましょうか?」
ガタッ!と立ち上がり、私の手をギュッと握る。
「お願いしますっ!」
すごい熱意だ。ふと……彼ならと思い、私はダメ元で聞いてみることにした。
「あの……お客様にこういったことを聞いていいのか迷うところなのですが、私、気に入っていたカップがあって、割れてしまい、同じ物がないか聞きたいのですが」
「任せてください!食器のことなら!!なにかヒントになるものがありますか?」
心強い返事だ。私は後でお部屋に伺ってもいいか尋ねると快諾してくれた。
一度屋敷に戻り、ヒビと欠けているがとりあえす魔法で修復したカップを持ってきた。
メガネをかけて、じいいいっと柄をみている。
「これは『ピンクベア』シリーズの1つだ。しかもカップの底に作家のサインが入ってるし本物だ」
「貴重なものなんですか?」
ま、まさか?お祖父様はそんなすごいものを小さかった私に買い与えないよね!?普通に使っていて、割ってしまったわよ……。
ハハッと笑う食器商人。
「けっこう女の子に人気シリーズでそこそこ高価ではありますが手に入りにくいわけではあひません。人気すぎて偽物も出回っているので、本物を探すのが難しいだけですが……おまかせください!やり遂げますよ!」
そっか……と私は呟く。そして首を横に振って言った。
「いいえ、大丈夫です。違うお願いをしても良いですか?」
私はピンク色のくまのカップをそっと白い布に包んだのだった。
後日、新しいカップが届いた。メリルがまぁ!と笑う。
「今度からこれでお茶をお願いね」
「これも可愛らしいですけどね。フフッ」
思わず手を口に当てて笑うメリル。
そこへちょうどリヴィオが通りかかったので手招きして呼ぶ。
「どうしたんだ?」
カップ?と箱の中身を見ると彼もハハッと笑った。
「これはオレのか!こっちがセイラか!……いいな」
夫婦茶碗ならぬ夫婦カップだ。
「リヴィオは自分用のカップ持ってなかったでしょ。私のカップ割れちゃったから、どうせなら一緒に買おうと思ったのよ」
ふーんと彼は私が思っていたよりも嬉しげにカップの持ち手を持ってみている。
同じ丸みを帯びた形のカップの裏に名前が記されており、私のは朱色に小さな花が描かれている。リヴィオのは瑠璃色に黒猫のマーク。
さっそくお茶を淹れてもらって飲む。
まったりとした時間が流れる。焼き菓子も用意してくれたので一緒に頂く。
ふとリヴィオは言った。
「なあ……じーさんと同じ世界にいたんだろ?オレやジーニーのように同級生ということは……なんだ……その……」
珍しく歯切れが悪い。私は何??と聞き返す。
「つまり……恋愛対象的な相手ではなかったのか?」
そこで私はなるほどとうなずく。
「シンヤ君はクラスで目立つ方じゃなかったし、私もいるかいないか覚えていないくらいだったのよ。それが……海で助けてくれたらしくて驚いたわ。恋愛云々がそれ以前にあったという記憶もないし、話したこともあったかなぁ」
むしろ他の男子との方が話していた気がする。何故、そんなあまり関係ない女子生徒を助けてくれたのだろう?私も謎すぎる。
「信じておくけど……」
そう渋い顔して言うリヴィオはもしやヤキモチ焼いているのかも??
私は言葉を続ける。
「前世は前世よ。どこか夢の中の話のようだから私も現実味があんまりないわ。そうね……たとえ日本に行けると言われてもリヴィオがこの世界にいる限りは私はここにいるわ」
リヴィオは少し照れてごまかすようにお茶を飲んだ。
「ま、まぁ……良いんだ……違うなら」
「ヤキモチもたまには悪くないわねぇ」
ニッコリそう笑って言うと、ヤキモチなんかやいてねーっ!と勢いはあまりなく言い返す。
私ばかり昔の美女連れのリヴィオを思い出すのは不公平である。たまにこういうのも良いわねとほくそ笑んだ。
そして一つの仮定が生まれる。私の記憶が進まないのは……シンヤ君はもしかしたら日本へ帰る未来があるのかもしれない。私がその先を知ると未来を変えてしまうリスクがある。転生させた神様はそのあたり、きちんと考えてるのだろう。
一度会いたいと思ったが、あちらは私のことを知らないだろうし……言うべきなのか言わないべきなのか。そしてこの世界で出会ったのは偶然なのか?謎は深まるばかりだと嘆息した。
そういえばお気に入りのカップについて追記することがある。
ピンクのくまのカップはサボテンが入って植木鉢になり、自室の陽当りの良い窓辺に置いてあり、今も大切にしている。
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