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雪解けの時

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 ソフィアは暗い牢の中にいた。
 音に気づき、憔悴しきった顔でこちらをパッと向いた。私の姿を見て目を見開いた。

「な、なんでいるのよ!?どうやって起きたのよ!?あの薬で目覚めたものはいないって……」

 ガシャンッと牢屋の鉄格子をリヴィオが蹴った。曲がりそうな強さと音。ソフィアが驚いて飛び退く。

「おい?おまえ、ここに鉄格子があったことを感謝しろよ?」

 ヒッ!と声にならない声をソフィアが出した。リヴィオの殺意が伝わる。

「バシュレ家全員、みなごろ……」

 私はリヴィオの口をバッと塞ぐ。危ないことを今、言おうとしたっ!?

「物騒なこと言わないでよっ!旅館経営も領地経営もイメージ大事よ!私も殴りたいけど我慢してるのよ!?」

 あの後、ダフネが変化に気づいて慌てて部屋へ入り、他の諜報部員を使って、ソフィアを捕らえたらしい。そして王都の警備兵に突き出したというグッジョブな働きだ。

「助けてくれないの?おねえさま」

「都合のいいときだけおねえさま呼びはやめなさいよ。罪を償いなさい。私は助けないわ。むしろ証言台で高らかにソフィアの罪を語ってやるわよ」

 淡々とそう言うとソフィアの表情が絶望に変わった。どんなときでも今までは私が許してくれていたから今回も許すと思ったらしい。

「じゃあね」 
 
 私があっさりと別れを告げると鉄格子に手をかけて、助けて!と叫ぶ。

「わ、悪かったわ!改心するから!お願い!!」

 リヴィオが鉄格子にかかっている手を踏み潰そうと無言で、足をあげて……私に慌てて止められる。

「リヴィオ!?」

 誰も見てねーだろ?と不敵に笑う。すごくすごく怒ってる。それでも抑えているようで、瞬き1つせずソフィアを金の目で見据えている。

 わかる……わからなくもない。たぶん私だってリヴィオや他のみんながこんな目に合ったら激怒する。
 こんなもんじゃ気が収まらないのもわかる。

「法に委ねましょう。……もちろん。きちんと裁いてもらえるように、裏から手は回せないようにするわ」
 
「むしろ、気づいたら行方不明だったっていうのもありだよな!?」

 リヴィオが不穏な事を口にする。青ざめるソフィア。彼が実行に移す前に、さっさとこの場から去ろう。

「仲のいい姉妹になりたかったわ」

 私はそうソフィアに言って背を向けた。

「本当にもういいのか!?セイラが消してほしいと願うならオレは今すぐにでもしてやるぞ」

 リヴィオが険しい顔つきと強い声音で言う。私は首を横に振る。

 ソフィアには持っていないものが今の私にはある。暗闇に閉ざされかけた夢の中で救われた。リヴィオの金の目をじっと見つめる。

「私には助けてくれる人がいるもの。……自分のことのように心配してくれて、怒ってくれるリヴィオが傍にいる。それが本当に幸せよ」

 微笑む私になぜかリヴィオは怯んだ。そして少し顔を赤らめた。
 視線をずらして、やれやれこっちは心配するから身が持たないと彼は言う。

 『コロンブス』のゼキ=バルカンが大神官長様を迎えに来た。

「やあ☆ありがとう。女王陛下も君たちに感謝していたよ☆そのうちお礼をすると言っていた」

 私とリヴィオはお礼なんていりません……と苦笑した。大神官長様がいなければ、私は死ぬまで夢の中を彷徨い続けていただろう。だから助かったのはこっちの方だ。

「すごーく楽しかったです!!私の夢見た生活スタイルにぴったりです」

 こたつ虫になり、食っちゃ寝して温泉に行っていた大神官長様はそう言う。なかなか怠惰な生活スタイルの気がするんですがと心の中でツッコミを入れる。

「今度は妻と弟子も連れて来たいです。温泉最高でした」

「ぜひどうぞ。お待ちしています。またおもてなしさせてください」

 私はにっこり微笑む。楽しんでくれて、また来たいと言ってくれることがとても嬉しい。

「お元気でいてください」

 執事のクロウは少し寂しそうだ。二人でチェスをしたり、お茶をしたりしていたことを知っている。

「また来ますよ!仕事じゃなくて、プライベートでね」 
  
 わりと暇なので……と大神官長様らしからぬ言葉を言う。なんとなく私は彼の周囲は大変だろうと予想した。  

「それでは行きます。あのですね……余計なことかもしれませんが……」   
 
 大神官長様は少しためらう。そして懐から一枚の銀の板を出した。それをリヴィオに渡した。

「オレに?」

 驚くリヴィオ。大神官長様はそうですと頷いた。

「たぶん必要なのは貴方の方かもしれません。それは護符です。本当に必要を感じた時に使ってください。護符に魔力を送り、刻まれた呪を紡いでくださいね」

 じっと紫水晶のような透き通った目は何かを見抜くようにリヴィオを見た。

「この護符にこめられた術が発動するとなにがあるんだ?」

 やや怯むリヴィオは恐る恐る受け取った。『何かが自分の身に起こる』と言われてるも同然だ。私も不安になる。

「大丈夫ですよ。なにもなければ、それはそれで良いですし、御守り代わりとでも思っていてください。どことなく、お二人共、私の弟子に似てるんですよ。……だから少し心配になります。遠くから応援してますよ。本当にお世話になりました」

 優しく微笑み、馬車に乗り込んだ。

「さて、今回の航海も始まるよ☆」

「気をつけていってきてください」

 私の言葉にセイラがいてくれたら退屈しないんだけどねー☆と冗談をとばしていくゼキ=バルカンにハリトが馬車の御者台からそろそろ……と声をかけた。

 馬車が見えなくなるまで私達は手を振った。

「これなんだろうなぁ?」

 細い鎖の護符を首にかけつつリヴィオは言う。私も触れてみて、目を閉じ、集中する。術式の解読を試してみる。

「うーん…術式は複雑で読み取りにくいわ。転移魔法の式に似てる?でも違うかなぁ。嫌な感じはしないわね。魔力を込めなければ発動しないただの銀製の板ね」

 パズルのように入り組んだ術式。そして感じたことのない魔力の流れ。大神官長様が私を起こすために使った力……それが隣国トーラディム王国の強さの秘密なのかもしれない。

「まあ、セイラじゃなく、オレの身に降りかかることならいいさ。そんなもん打ち砕いてやるしな!」

 ドーーンと腰に手をやり、自信たっぷりに言う。まあ……ちょっとやそっとで彼を叩きのめせる存在っていないもんね。

 でも……

「リヴィオは確かに強いけど、私にも時々、守らせてほしいわ」

 リヴィオがへっ?と間の抜けた声を出した。

「私だってあなたのこと、守っても良いでしょう?こう見えてもセイラ=バシュレは学園の首席だったんだしね」

 フフッと冗談めいて微笑んで言うとリヴィオも笑う。

「そうだな。守ってもらうかな」

 私とリヴィオの笑い声が響いた。

 冗談だときっと彼は受け取っただろうが、私は本気だ。リヴィオが危険な目にあうなら、私だって共に戦うわ。彼が私にそうしてきてくれたように。
 
 もうすぐ全て雪が解け、本格的に春となる。




 

 







 


 
 




 



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