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薫りは甘く眠りに誘う

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 ソフィアは唇に赤色の紅を引いて、頬にはピンクの粉をはたき、少しやつれてはいるが相変わらず綺麗な華々しい娘としてやってきた。

 今日の私は秘書ではなく、本物のセイラ=バシュレ。派手な身なりはしてこなかった。紺色のドレスに白のフワフワとした暖かなコートを羽織ってきた。

 机を囲んで宝石商に扮したダフネもいる。

「さて、商談を始めよう」

 私は初めて聞くような顔をしてダフネの言葉に首を傾げる。その仕草だけでソフィアの碧色の目が愉快そうにきらめく。

「商談ってどういうことかしら?」

「ここにスタンウェル鉱山の権利書があります。バシュレ家に売ってもらいましたので、もう貴方の物ではありません」

 ダフネが淡々と言う。私は眉をひそめてソフィアを見る。

「オホホホ!そういうことよ!バシュレ家の財産分与なんてお父様がするわけないのにノコノコやってきて、みっともないわね!」

 金の亡者ねと鼻でソフィアに笑われる。私に嫌がらせするからケリをつけにきただけよっ!と言い返したい言葉を飲み込む。

「この権利書は偽物でしょう?本物は私が持ってます」

 パラッと扇を優雅に開くソフィアは余裕の顔で権利書を見せる。

「あーら?お父様はあなたにあげたほうが偽物と証言していたわよ」

 ダフネがペネローペ宝石商としてクスッと笑う。青年のフリがうまい。笑う仕草も男らしさがある……と変装に感心する。

「残念ですね。セイラ=バシュレ」

 私はキッとペネローペ宝石商を睨む。

「残念なのはあなたがたの方よ!権利書は本物と偽物を見分ける方法があります」

 な、なに!?とペネローペ宝石商が声をあげる。ソフィアが目を見開く。

「バシュレ家ではお祖父様が発案したインクを使っているわ。重要書類にはすべて蛍光塗料の入ったインクを使っていて、本物ならば暗闇で光るはずです」

「な、なんですって!」

 ……その書類、秘書の私が作った、ふつーのインクよ。

 ライトを薄暗くすると何も起こらない紙面。

「と、いうわけで……ソフィア、偽物ね。権利書の偽造は法に触れるわ。ペネローペ宝石商もご存知だったのよね?」

 先程の勢いはどこへやら……ソフィアは静まる。ダフネは様子を伺っている。

 私は魔法の灯りをパチンと指を鳴らし、室内を明るくした。

「これは……どういうことだ?」

 ダフネはガタンッと立ち上がる。え……!?とソフィアが目を見開く。

「こちらは偽装されたものと知らなかった!これで失礼する。裁判にかけられ、罪人にされてはたまらない!!」

 後は煮るなり焼くなりお好きなようにとニヤッとダフネは私に笑いかけて去っていく。カッコいい……。

「さて、ソフィア、話をしましょうか?裁判にかけてもいいのよ?」

 唇にを噛み、にらみつけてくる。

「なんの話をしたいのよ!」

「なぜ嫌がらせしてるのよ?」

 ヒステリックに叫ぶソフィアに私は冷静な声音で返す。

「それに小さい頃から徹底的に私を嫌ってるのはなんなの?会ったこともなかったのに……憎んでいたわよね?」

 バンッと机に扇を叩きつけた。

「知らないの!?わたくしはさんざんセイラと比べられてきたわっ!お母様とバシュレ家のお祖父様に挨拶に来たときも……冷笑されて……歓迎されていないのはわかっていたわ。お父様はわたくしを可愛がってくれるけど、それはセイラ程の才能がなくてバカだからなのよっ!」

 涙をすら浮かべて私をみつめる。驚いて私はソフィアをみつめる。こんなことを思っていたなんて……なにもかも手に入れている異母妹が私を羨んでいた?

「この国最高峰の学園に入り、首席で賢く魔法も使える。次期バシュレ家当主がセイラになればわたくしも母も追い出すつもりだったでしょう!?」

「私がバシュレ家の当主になんてなれないわよ。なる気もないし、父が許さないわ」

 どれだけ父に嫌われて憎まれているのかソフィアは知らないのだ。

「うるさい!だまりなさいよ!今だって、バシュレ家の財産分与と言われてノコノコきたじゃない!わたくしはずっとセイラのことを……恐れてたのよ。これで満足?最後はわたくしを牢に入れて終わりってこと!?」

「ソフィア……私はなにもそこまでする気もな……」

 この薫り……?なんだか気持ち悪い甘ったるい匂いが室内に漂いだしている。ソフィアがニヤリと嫌な笑いをした。

「気づいた?」

「こ……れ……」

 ソフィアは自分の手の中にある瓶を見せる。

「このお香はセイラがなにかしたときに使おうと思っていたのよ。権利書がだめになった瞬間にお香を炊いたのよ。この瓶は解毒剤。わたくしはあらかじめ飲んでるわ」
 
 机の下に潜ませてあったらしい。……意識が朦朧としてくる。

「ソフィア……もうこんなこと……やめなさいよっ!」

 言葉を振り絞るように出した。手の中の解毒剤の瓶を弄び、私に見せるソフィア。

「残念ね。事業は成功し、公爵家の彼と結婚し、幸せになるところだったのにね。このお香はね。毒性が強いのよ……悪夢を延々と見せてくれて、もうセイラが目覚めることはないわ。時間が経てば立つほど毒は回るのよ。しばらくこの部屋でお香に浸かってなさいよ!さようなら。セイラ」

 ニイッと嫌な笑い方をして、ソフィアは私の目の前でパンッと解毒剤の瓶を割ってしまった。

「安心して眠っていなさいよ。セイラが大事にしているナシュレも公爵家の彼もちゃーんとわたくしがもらってあげるわよ」

 そして扉を閉め、外側から鍵をかけられた。そんなことをしなくても……声も出ず、体も痺れてもう動かなかった。  

「オホホホ!もうわたくしはセイラのいる悪夢にうなされることなんてないわ!永遠に眠ってなさいよ!!」

 そう高笑いと共に廊下の声は遠ざかっていった。

 甘い薫りがどんどん体の外にも中にも染み込んでいく。私の意識は薄れていった。



 
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