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貴族の気品と伝統

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 こたつの上に並べられたみかん。どれもこれも……。

「中身ないじゃないの!食べたら捨てときなさーい!」

 ゴロゴロとリヴィオ、トトとテテがこたつに入っている。こたつ出した途端に引き寄せられる三人。

 机の上にみかんを置いて置くといつの間にか食べられている。まぁ……こたつにみかんって合うよね。美味しいよねと思いつつ皮を回収した。

 いつまでもこたつに入っていたそうな顔をしつつも、私が旅館へ行くよーと言うと、リヴィオもこたつから這い出してきた。眠い顔をして言った。…
「精神力を総動員して出てくることができたぞ」

 ……こたつと戦い過ぎである。

「なにかしら。あの立派な馬車は?チェックインにはまだ早い時間だけど?」

 たまにチェックインより早く来るお客様はいる。慌てて、私は駆けて行くと、ちょうど場所から御者が手を差し出し、その手に自分の手を重ねて優雅に降りてくる人物がいた。

「いらっしゃいませ。ようこそおこしくださいました!」

 私が息を整えつつ挨拶するとシルバーブロンドの痩せ型、長身の老齢の女性が私をギロリと見た。

「はあ……嘆かわしいこと」

 えっ!?と私が驚いて目を丸くすると横からさらに驚きの声をあげたリヴィオがいた。

「お、お祖母様!?なんでここに!?」

 リヴィオの方を向き、静かな声だが、諭すように言う。

「なんで??……なんでですって?あなたが公爵家に相応しくない者と結婚すると聞いたからきたんじゃありませんか!」

 リヴィオの顔が珍しく引きつっている。ハリーとオリビアに言われたときは聞き流していたのに……。これはピンチと察する。

 私はありったけの優雅さをかき集めて微笑み、お辞儀をし、挨拶する。
 
「はじめまして。リヴィオのお祖母様だったのですね。セイラ=バシュレと申します。ご挨拶が遅れましたこと、お許しください」

「思ってもないことを言わなくてけっこうよ!挨拶など来るつもりもなかったでしょう」

 ………撃沈。
 しかしリヴィオは私への攻撃にムッとしたらしく、口を開く。

「いくらお祖母様といえど、セイラに対して攻撃は許さないし、オレのすることにいろいろ言われたくは……」

「おだまりなさい!あなたの行動が公爵家の顔に泥を塗ることもあるのですよ!まったく!いつもいつも後先考えぬ行動が多すぎます!」

 ピシャリと言葉を封じられる。私の背中にタラリと冷や汗が流れる。い、いや、ここで負けてはだめよと心の中で奮い立たせる。

「お疲れでしょう?屋敷の方にお部屋をご用意いたしますわ」

「……いいえ。旅館に泊まるわ」

 旅館のお客様になるの!?驚いたが女将として冷静さを保つ。

「それでは、お部屋が空いているか調べますのでお待ち下さい」

 その一言にカッとなる。リヴィオの祖母。

「なんですって?公爵家の者が泊まるのに部屋を空けられないとでも?」

 ニコッと笑い、少しお待ち下さいねと言う。他のお客様もずっと泊まることを楽しみにしてくれていたのだ。誰であろうが、それはできない。たぶん私の記憶では空いていたとは思うが。

 今日の予約表を確認する。よかった!特別室が一室、空いていた。急遽部屋と食事の用意をスタッフに頼む。

 こちらへどうぞと喫茶コーナーへと誘うがフンッと鼻をならす。

「庶民と同席することはできないわ」

「では、お部屋が整うまで少しホールにてお待ち下さいね。こちらに宿泊の署名をお願いします」

 ルイーズ=カムパネルラとキレイな字で署名した。

「このようなメイドがするようなことをあなたはしてるの?」 

「これが、仕事ですから。どうぞこちらへ」

 ジロリとした目でスタッフ達を見てから私を見る。
 その威圧感にビクッとなるスタッフ達。

「変わった内装ね」

「インテリアなどもお楽しみ頂ければと思います」

 ルイーズの後ろからぞろぞろとメイドがついてくる。……この人数なら特別室で良かったと安堵する。屋敷のほうが何かと良かったけど、なにか思いがあるのだろう。私とリヴィオの働く姿を見たかったとかかしら。

 私は冬のお茶菓子とお茶を持っていく。冬の花をイメージしたお菓子をフォークで上品に食べていく。お茶も美しい飲み方で優雅に飲む。絵に描かれた模範的な貴婦人。

「まさか、リヴィオもこんな真似してるんじゃないでしょうね?」

 リヴィオがしてるけど?とサラッと正直に言う。

「公爵家の人間が!?リヴィオ!!今すぐ公爵家へ帰りなさいっ!こんな変わってる娘を認めたくありませんよ。そもそもあなたは公爵家と結婚し縁を結ぶなどと図々しいと思わぬのですか?ふさわしいと思っていらっしゃるの?」

 ……ぐぅの音もでない。というか、このセリフをハリーやオリビアに言われてもおかしくなかったのだ。普通の反応かもしれない。

「お断りしますよ。オレはオレで楽しくしているし、セイラ以外と結婚する気もねーから、公爵家と縁を切られてもかまわない」

 リヴィオが腕を組んで立っている。金色の目が少し怒っている。

 キッとルイーズの方も睨み返す。カムパネルラ家、誰もかれもが気が強いのは彼女の血なのかな……。

 喧嘩する前にリヴィオには出ていくように私は目で合図した。しぶしぶ退室する彼。

「移動の疲れもありますでしょう?温泉に入られてはいかがですか?気持ち良いですよ」

 言われなくとも!とルイーズが私の言葉を跳ね除けるようにして言う。では、一度下がらせていただきます。と私が礼をする。彼女は無視する。
 
 私が部屋から出ようとすると入口にいたメイド数名が誰にも聞こえないような声でボソボソと喋っている。

「恥ずかしくないのかしら?」

「見た?あんな下々のような仕事をして、頑張ってますってアピールでしょ?」

「リヴィオ様に頑張ってるところを見せて、取り入ったのよ」

「あざといわよねー」

 ……久しぶりのやられっぷりだわ。前なら口を閉ざしていたけどね。私は入口にいたメイドたちに一言注意し、去っていく。

「陰口はやめなさい。公爵家のメイドの質が問われるわよ」

 まさか、言い返されると思わなかったのだろう。言葉が止まる。厳しい女主人の元で働いているなら、それなりの教育を受けてるメイドだろうが、自分たちの主人が私を侮るから同じことをしても構わないと思ったのだろう。

 休憩室に入る。ちょっとチャージしよう。リヴィオはどこへ行ったのかいない。

「心折れかけたわ……」

 スタッフたちが大丈夫ですか!?と気を遣ってくれる。心配してくれていたようだ。

「めちゃくちゃ怖かったですね!」

「女将の良さは私達みんな知ってますから!」

「良かったら接客変わります!無理しないでくださいっ!」

 私は思わずウルウルと涙目になった。

「ううっ……皆、優しい。ありがとう」

 お茶を淹れてくれる。励まされて少し元気が出た。言われても当然だと思っていても嫌なものだし落ち込むよね。

 食事時間になり、運んで行くと、メイドが手伝いますと言う。私は仕事だから良いのよと丁重に断る。普段していることを何を言われてもするべきなのだ。私がしたいと思ってしていることなのだから、恥ずべきことでもない。胸を張ってしなさいよと自分に言い聞かせた。

 労働に勤勉な日本人気質が出ちゃってるのか、あまり地位とか気にしないのが駄目なのか……貴族のお嬢様は確かにしないことだ。

「おまたせしました。前菜のご説明を致しますね」

「給仕係のようなことまで……」

 呆気にとられているルイーズ。なんかすいませんって気持ちになるわね。度々驚かせている。

 デザートまで進み、ナプキンで口を拭くと美味しかったわとルイーズが言う。

「噂では聞いていましたが、温泉、お料理、おもてなしは素晴らしいわ……あなたのその仕事を他の人に任せられないのかしら?」

「私がしたくてしていることです」

「ではリヴィオと別れなさい。女領主、起業家……活躍は素直に素晴らしいと思えるし認めるわ。存分にお好きなようになさいなさいな。ただ、カムパネルラ公爵家にはそのような夫人はいらないというだけです」

 うーむ……住む世界が違うと言いたいのね。リヴィオの祖母がカムパネルラ公爵家の伝統と気品を保ちたい。そんな思いもわかる。多くの貴族はそうである。

「そこはセイラ、リヴィオじゃないと嫌ですっていうところだろう?なんで言葉に詰まるんだよ。遅くなってすまない」

 リヴィオがからかうようにそう言って、顔を出した。その後ろから現れたのはマリアだった。やや演技がかった口調で祖母に語りかける。

「お祖母様!お久しぶりです。お会いしたかったー!なんでマリアを呼んでくださらなかったの!?」
 
「マリア!?何故ここに!?」

 リヴィオはどうやらマリアに助けをもとめたらしい。ルイーズが驚く。

「わたくしも一緒にお祖母様と温泉旅館を楽しみたいのですわ!もう一度、マリアと一緒にお風呂に入りませんこと?」

「ええっ!?………いいでしょう。しかたありませんね。可愛いマリアの頼みですもの」

 嬉しいですわ!と両手を合わせて無邪気なポーズをとるマリア。私に視線ではやく行きなさいと合図している。
 
 有り難く、私は脱出したのだった。
 
 仕事を終えて屋敷への帰り道、リヴィオは説明する。寒い冬の道を歩くと頭がハッキリとする。

「マリアはお祖母様のお気に入りなんだ。連絡をとって、至急来るように頼んだ。嫌な思いさせてるよな……すまない」

「大丈夫よ。マリアが来てくれて、良かったわ……なかなか手強いお祖母様ね」

「先代公爵家の当主は……つまりオレの祖父は大人しくてあまり前へ出たがらなかった。祖母が実権を握っていた。なかなかの女傑だ。オレは学園に行っていたから、あまり会う機会がなく、関わりはなかったんだけどな。ちなみにアーサーの妻、シャーロットは祖母が決めた相手だ。公爵家の後継者ということもあって、アーサーの行動は目を光らせていた。まさか、こっちに目が向くなんて……」

「お祖母様が仰るのもわかるのよ。私のしていることは貴族のお嬢様として確かにありえないわよね。ましてやリヴィオは公爵家の人ですもの」

 お祖父様が陛下から貴族の称号を下賜されたと言えども、そこまでバシュレ家は貴族を意識していないと思う。少なくともお祖父様と私はあまり貴族らしくない。カムパネルラ公爵家とは違う。

「セイラが公爵家を重い存在と感じるなら、オレは縁を切ってもいいんだ」

 リヴィオが重々しく言う。寒い空気に吐く息が白い。

「リヴィオのお祖母様は普通の反応されてるだけだと思うわよ。私は平気よ!こういうのは慣れてるし」

「こんなもんに慣れなんかねーだろ?嘘つくなよ」 
 
 ルイーズはまだ正論を言ってるからマシな方である。……でも確かに以前は何かを言われても、聞き流せていたのに今はなんだか人が話す一言一言が心に刺さる。現にメイドたちの会話を無視できなかった。

 ごめんな……とリヴィオが私を労ろうとした瞬間、あっ!と思い出して、屋敷の庭でサッと座り込む私。
 そういえばこれを忘れていた。

「何してるんだ?」

「みんなの食べたみかんの皮をお風呂にいれて入浴剤にしようと思って、乾かしておいたんだった!と思って、乾いた皮を回収してる」

「……セイラはもう少し貴族のお嬢様ってどんなもんか学んだほうがいい」

 み、みかんの皮、お風呂にいいのよ?温まるわよ?庶民すぎだろうか?リヴィオの頭を悩ます事態になるとは……彼がはぁと嘆息し、苦い顔をした。

 ルイーズが帰るときに招待状を渡してきた。決闘状のほうがマシだった気がした。

『今度、わたくしのお茶会に参加すること。セイラ=バシュレ一人で来るように』

 断れる雰囲気ではなく、受けることとなった。マリアが大丈夫よ!励ますが不安しかなかった。


 



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