上 下
47 / 319

若旦那の一日

しおりを挟む
「よっ!若旦那おはよーございます」

「朝から頑張ってますね!」

 リヴィオが庭の掃き掃除をしている。木々の紅葉が始まり、葉が落ちてくるのだ。
 ザッザッザッザッと竹箒の音を立てて、良い手付きで葉をかき集めている。

「若旦那とかいうなーっ!」

 ムキになるリヴィオ。

「いいじゃないですか!お嬢様と両想いおめでとうございます!」

 スタッフにからかわれている……私は現場を目撃しつつ、掃除ありがとうとお礼を言って旅館に入った。

 『花葉亭』と書かれた紺色の法被まで羽織っていた。意外と似合ってた。

「いらっいませ。花葉亭にようこそお越しくださいました。アンバー様は以前もいらしてくださいましたね」

「そうです。妻がここの温泉に入ると足の痛みがとれるというので……」

「良く、皆さんおっしゃいます。効果あるんじゃないかと思います。ゆっくり湯に浸かってくださいね。奥様、足は大丈夫ですか?」
 
 そっと庇うように歩いているため、私は手をそっと差し出して、支える。助かるわと言う奥様。

 ……ん?あれは?

 売店の前を通るとリヴィオが大きい箱を抱えて入っていく。

「若旦那!ありがとう!ちょうど足りなかった!」

 売店のお土産や雑貨を棚に入れて、補充している。足りない物を見て、テキパキと手早く並べている。
 その様子を横目に私はお客様の案内を続ける。

 午前のチェックアウトやチェックインの忙しさも少しすぎた頃だった。

「きゃあああああ」

 何事!?悲鳴に驚いて、私は玄関ホールに行った。

「虫、こわ~いっ!」

「飛んでるーっ!!」

 女性客2名が玄関から入ってきた虫に怯えている。リヴィオがスタスタとやってきて、冷静にヒューンと飛んでいるトンボをジイイイイっと見る。

 トンボなら虫あみがいるかな?と私が取りにいこうとしたが、リヴィオの動きの方が早かった。

 金色の目が獲物を捕らえた。

 シャッ!と手を伸ばして羽の部分を器用に掴んだ。信じられない動体視力である!!

 えええ!?トンボ捕まえた!?

 トンボの飛行速度は時速60キロから100キロと言われている。飛行技術も昆虫界ではトップクラスなのよ!?さ、さすが『黒猫』っ!!

 窓のところへ行き、外へ逃してやっている。

 獲物を仕留めた『黒猫』はクルリと振り向き、営業スマイルで女性客にむけて『もう大丈夫ですよ』と言って、微笑んで、去っていく。

「素敵ーっ!今の人誰!?」

「えええ!若旦那さんですか!?」

「婚約者持ちなの!?ざんね~ん」

「もう一度会いたい~!」

 ざわめく女性客達……リヴィオ、いつの間に営業スマイル覚えたのだろう!?
 そして出るタイミングを失い、私は影から見ていたのだった。

 次に出会ったのは廊下だった。
 脚立を持ってきて、明かりの壊れたところを修理し、取り替えている。

「よく気づいてくれたわね」

「最近、ここの廊下暗いなと思っていたんだ」

 そう言って、キュッキュッと明かりを取り替えてくれている。

 スタッフルームで今日はお弁当だ。リヴィオも料理長が作ったお弁当を開く。……私ではないことは言っておく。ちなみに私のお弁当も料理長が作ったものだ。好物の野菜の肉巻きが入ってるー!美味しそう!

 ……人が作ってくれたもののほうが美味しく感じるのはなんでだろうか。

「お茶飲む?」

「ああ……」

 リヴィオの分のお茶を渡した。

「今日は午後から雨になるそうだ」

「そっかー。最近、朝晩寒くなってきたよね」

「体に気をつけろよ」

「ハイハイ」

 スタッフが私とリヴィオの会話を聞いていて、遠慮がちにそっと言う。

「あの……老年夫婦みたいな会話ですよ?」

 ……え!?それは会話に若さとか初々しさがないってこと!?
 甘い卵焼きを私は食べて、そうかなぁと首を傾げた。

 午後から本当に雨が降ってきた。冷たい雨。ふと窓の外を見る。雨がシトシトと屋根に木々の葉に落ちてゆく。

 あれは?窓を眺めていた私は旅館の向こう側から歩いてくるリヴィオをみつけた。群青色の傘をさして、もう片方には袋を持っている。

 タオルを持ってわたしはリヴィオに駆け寄る。

「どこ行ってたの?はい。タオルで拭いて…傘さしてるのになんで濡れているのよ」

 ワシャワシャと髪の毛を拭いてあげる。猫の手入れに似ている……。黒髪から水が滴っている。

「こっち守ってたんだ」

 肩をすくめるリヴィオ。

「アイスクリーム?アイスクリーム屋さんに行っていたの?」

「旅館には季節限定のアイスクリームはないだろ?お客さんがサツマイモ味のアイスクリームを食べたいっていうから、行ってきたんだ」

 私は一瞬、目を丸くした。リヴィオがおつかい的なことをするなんて!?!?

「そ、そっかぁ。ありがとうね。届けたら、お風呂に行ってきたら?風邪引くわよ」

「このくらいでひくわけねーだろ?鍛え方が違う!……でも一回サウナしてくるかな」

 言い返した後にサウナを思い出して行きたくなったらしく、ご機嫌で去っていく。

 ……なんか、リヴィオ仕事してるなぁ。背中を見送る。今までもしていたのだろうか?どうだっただろうか?

 おっと……そろそろ私は料理長と夕食の献立チェックの時間だわと調理場へと急ぐ。

 夕食の時間になり、リヴィオもお酒を持ち、お客さん相手に注ぎ、アハハハと声をあげて笑いながら歓談している。

「一番街の帽子屋さんに詳しい人がいるとは!」

 なにやら、紳士風のおじさんのお客さんに関心されている。

「あそこの、店主のこだわりが良い。流行に流されず質のいい物を作ってらっしゃる。今度、採寸をしてオーダーメイドを作ると良いですよ。被り心地がまったく違います」

「ほおおお!今度試してみます!お値段は高くなるんですかね?」

「値段も店に並んでいる物と大差ないですよ」

「なるほど……いやぁ、あの帽子屋の話ができる人がいるとは!驚きました。」

「あそこの店主とは顔なじみですから…」

 話が弾んでるなぁ。そうだ忘れかけるけど、リヴィオお坊ちゃんだし……王都生まれだった。お客さんの前に出ることや営業スマイル、営業用の会話をしている姿にもちょっと驚きつつ、私はおかわりの飲み物を取りに行った。

 今日の仕事を終えて、屋敷に帰り執務室に寄ると、リヴィオが机に向かっていた。

「お疲れ様ー!何してるの?」

「んー?事務だ。最近、ジーニーは忙しいからな」

 私は温かいお茶を注いでリヴィオの横に置く。

「あ、悪いな」

 パラパラと伝票をめくっていく。さすが手早い。

「『若旦那』さん、仕事頑張ってくれてるのね。なんだか最近、旅館の方、すごく頑張ってくれてるわよね」

 フフフと笑いながら私は言った。リヴィオが顔をあげた。
  
「婚約者となったからにはしかたねーな」

「そ、そういう理由だったの!?」

「他になにがあるんだよ?」

「婚約者って意識して、頑張ってくれてるのね……」

 リヴィオが当たり前だ!と言う。意外な一面だった。

「セイラの仕事も含めて、オレは……な、なんで笑ってんだ?」

「嬉しくて笑ってるのよ。ホントは接客、苦手なのに頑張ってくれて、ありがとうね」

 リヴィオの顔が赤くなる。私はじゃ、仕事頑張って!と言って邪魔にならないように執務室の扉を閉めた。

「今の笑顔は反則だろおおおおお!」

 扉の向こう側から声が聞こえたが、もう一度扉を開けることなく、私はクスクス笑って、歩いて行ったのだった。
 

 



 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...