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黒龍に守護されし者

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 私が目覚めたのはだいぶ日が高くなってからだった。狭い船室。小さく波に揺れる部屋。

 それは昨夜の出来事が、夢じゃなかったことを私に知らせる。

「……イタタ。久しぶりに戦ったら筋肉痛だわ」

 運動不足だった。やはり日々の鍛錬はいるわね。学園時代ではありえないことだ。これは反省ね……。

「やっと起きたか……」

 半身を起こすと、リヴィオが船内に入ってきた。手には真水が入ったグラス。飲むか?とグラスを手渡してくれる。確かに喉が乾いている。

「ありがとう」

 水を飲む私をジーーーっと見ている。穴が空くほど見る。

「な、なに?」

 次はハーーーーーと長いため息。

「どんだけ心配したと思うんだ?何故、ここに来たんだ?」

 金色の眼がちょっと潤んでいる。猫耳があったら垂れていただろう。そのくらいしょんぼりしている。

「ごめんなさい。アオがリヴィオの船が危ないと教えてくれたから、つい来てしまったのよ」

「来るなよっ……!」

「でもピンチだったでしょ?」

「だからと言って、目の前で好きな女が死ぬところを誰が見たい?バカなのか?大人しくしてろ!なんとかする!」

 怒鳴られる……やっぱりリヴィオはリヴィオだわ。そんな怒らなくてもいいじゃないの……私は下を向く。

「………悪い。ごめん、言い過ぎた。こんなこと言いたかったわけじゃねー……違うんだ」 

 少し伸びた黒髪をクシャリと手で掴み、困っているリヴィオ。

「生きてて良かった。もう二度とあんな思いしたくない」

 ベットの上の私をギュッと抱きしめた。リヴィオから潮の匂いがする。咄嗟のこと過ぎてフリーズする私。

 ドワアアアア!!と心の中で叫ぶ私。顔が体が熱い!恥ずかしいいいいい!!
 私、恋愛耐性ゼロどころかマイナスなんですうううううう。

 顔を赤くして固まる私を見てリヴィオがプハッと吹き出し、アハハハと爆笑する。体を離すが、笑いがなかなか止まらない。

「な、ななななに笑ってるのよっ!」

 ふと、びしょ濡れだった服が簡素な乾いた服になっていることに気づく。

「むっ!?私、そう言えば、服が違う!!誰が着替えさせたの!?」

「え?オレに決まってるだろ?」

 キャアアアアアアアアと響く私の悲鳴。

 その声に驚いて、ゼキ=バルカンが慌てて船室に飛び込んできた。

「おいっ!リヴィオーー!!セイラになにかしてないだろうねっ!!」

 真顔。真剣。なにかしたら許さんという威圧感を感じる。

「何もしてねーよ!」

「すいません、なんでもないです」

 反論するリヴィオと元気そうな私を見て、ゼキ=バルカンが手近な椅子を引っ張ってきて、座る。

「さて、説明してくれるかな?」

 しかし私はゼキを見て言い返す。そちらの説明が先でしょと言わんばかりに。

「あなたはお祖父様……シンが黒龍の守護を受けていたことを知っていたんじゃないの?」

「……質問に質問で返してくるとはね!いや、別に良いけどね。もしやシンに会ったんだね」

「ええ」

 知っていたのだ。彼は祖父が生きていることを!そういえば。私は祖父の亡骸を見ていない。
 葬儀を取り仕切ってくれたのは……そう。ゼキ=バルカン達。『コロンブス』だった。

「元気そうだったか?」

 私が頷くと嬉しそうな顔をするゼキ。

「セイラを助けたのはシンだったんだね。でもわたしも葬儀をしてくれと言われただけで理由は知らないんだ。シンに頼まれてしただけだからね……もちろん、止めたよ。だけど彼の意思は揺らがなかったよ。そして昔から黒龍が護っているんだなと思うことは何度もあった。航海していると危険はつきものだったからね」

 王家も知っていると付け加える。 

「ただ、民たちに王家以外の者を守護しているとわかれば王家の権威も落ちる。それゆえ秘密にしているんだ。シンもそれは了承している」

 なるほど……。王家が黒龍の寵愛を得て、昔は召喚していた記録がある。王家はそれができないほど魔力が落ちてきているというわけか。

「今回のことは船員たちにも強く口止めしておく。あまり知られないほうがいいことだからね。特に王家には……」

「おまかせします。お願いします」

 私は頷く。ゼキはそういえばとニヤリとした。

「船員たちを叱咤激励した姿はシンそのものだったよ。シンが……いるのかと思ったね!」

「あああああ!ごめんなさい!勝手なことして!」

 そういえばと私は恥ずかしくなる。

「お祖父様がよく航海の話はしてくれていて、天候が悪い時こそ波に向かう話が好きで、覚えてて……」

 図々しくも真似しましたーっ!すいません!と言うとゼキは目を細めて言う。

「これからも船に乗って欲しいけど……」

「絶対だめだ!」

 私が口を開くより早く、リヴィオが速攻で遮る。怖い顔をしている……。

「いやー、今回みたいなことは滅多にないよ?でかい嵐と魔物襲来なんてダブルで来ることはほんとにないよ?」

「こいつはそそっかしい!船に乗ってる限りは足を滑らせて、落ちる心配がある!」

 子供じゃないし……そこまでひどくないだろう?リヴィオが過保護全開になってる。

「ま、まぁ……私は旅館の経営の方が楽しいですから……ごめんなさい」

「残念。『コロンブス』を君たち二人に継いでほしかったんだけどね……リヴィオは……?」

「嫌だ。めんどくせー」

 そういうと思ったとゼキが天を仰ぐと立ち上がり、仕事に戻るかなと部屋から出ていった。

「私がここから帰るには転移魔法、届くかなぁ。アオの力で来たんだけどさ」

「つまり、あのちっこい猫が黒龍の遣いってわけか?」

「黒龍そのものよ」

「マジか!?神様もこたつに入ってマッタリするんだな」

 何が言いたいかわかる。人っぽいってことだろう。私も頭をよぎりました……でも、まぁ、八百万の神っていうし、そんな神様もいるでしょと日本風に考えておく。
 日本にはトイレにすら神様いるんだしね……。
 こっちにはそんな考え方があまりないのかリヴィオがややショックを受けている。

「二人同時の術なら行けるんじゃないか?」

「そうねぇ。理論的に魔法の威力を増幅させれ……」

「送ってやってもいいんじゃよ?」

『うわ!』

 唐突なアオの声に私とリヴィオの声がハモった。

「アオ!?お祖父様のところへ帰ったんじゃないの!?」

「シンにはある程度の力を授けてある。多少放っておいても良い。心配するな。妾は温泉が気に入った!たまに来るからよろしくのぉ~」

「マジか……神様、仕事しろよ」

「おまえ!神様とわかったなら、敬わんかっ!」

 敬いにくいんだが?と猫を指で突くリヴィオ。二人のやりとりも相変わらずだ。

「フフン。セイラを連れて行くぞ。残念じゃのぉ~」

 リヴィオは悔しそうだが、ここに置いておいても心配だから、さっさと陸へ揚げてくれと言う。よっぽど海に私が落ちたのがトラウマに……。

「あっ!そういえば、私、リヴィオに話したいことがあって……」

 リヴィオは金色の目を丸くしてから……優しく微笑んだ。すべて私の考えはわかっていると言わんばかりに。

「それは帰ってから聞く。楽しみにしている」

 ………ハイと私は返事をする。
 乾いた服とブーツをリヴィオは持ってくる。

「その服、オレのだから置いてけ。着るもの無くなる」

 ありがとーと受け取って着替えようとして気づく。……もらった髪飾りがない!!

「髪飾りが海に落ちたのね……無い……」

「またすぐ作らせる。大丈夫だ。髪飾り1つで済んで良かったというもんだぞ!?」

 ポンポンと頭を軽く叩く。確かに……。

「妾は砂の中の針を拾うような作業はいやじゃ!諦めよ!」

 まだ頼んでないのに先回りしてアオが断る。早いっ!!

 私は着替えた。リヴィオが帰ってくる前に……アオに転移を頼む。顔を見たら離れがたくなると思う。

 私はペンでサラサラと紙に書き残して帰る。

『たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む』

 前世で私の田舎のおばーちゃんが猫がなかなか帰ってこないとき、書いて貼っていたやつだ。ふふっと笑って私とアオはその場から、姿を消したのだった。

 私は『黒猫』の帰りを待っている。
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