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ようこそ!お茶会へ!

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 朝食は自室に運ばれてきて、バリパリの新鮮なサラダにフルーツの盛り合わせに玉子料理、焼かれた熱々のハム、焼き立てパン……幸せすぎる!と美味しそうに食べる私をニコニコと嬉しそうに給仕係とベルがみている。

「いいですねー!コック長も喜びます!」

 給仕係がそう言う。

「あの……でも食べきれないから包んでお弁当にしてくれる?」

「いえ!お昼は別に用意させてもらいます」

 ベルがそういうが、私は肩をすくめる。

「もったいないし…それにちょっと牧場とか温室とか見て回りたいの」

 それならと一度給仕係が下げて、私が服を着替えて髪の毛を整えていると帰ってきた。

「これをとコック長より預かりました」

 ぱかっと籠を開けて見せてくれた。サンドイッチになっている!水筒にはフルーツのミックスジュース。おいしそう!ありがとう!!とお礼を言って、私は外へ出る。なにか私にできることはないだろうか?これでも山暮らしで何でもしてきたのだ。

 牧場はかなり広かった。牛、羊、ヤギがいる。久しぶりの触れ合いにホワーと癒やされる。家のユキちゃんやモモちゃんにも会いたくなる。近くの草を上げるとモグモグモグと反芻して食べる牛さん。ヤギはモシャモシャ食欲旺盛に食べていく。入口のところに少年が立っていた。

「お客さん??」

「なにかお手伝いできることないかな?」

 目を丸くして驚く。赤毛の愛嬌のある少年。ベルによく似てるけど……もしや?

「ベルの弟なの?」

「そうだよ。ベルから聞いてるよ。手伝うとか……物好きな人だね。ベルってオレのねーちゃんだよ。動物たち怖くないの?大丈夫?逃したらオレが怒られるんだからね」

 大丈夫よと言うと牧場の中へ入れてくれた。念の為お弁当は木陰に置いておく。食べられては困る。わーい!と駆け出す私。羊が物珍しそうに寄ってきたので撫でる。慣れてきたら顎の下も触ってやる。もういいかと手をひっこめるがグイグイ羊が来る。

『撫でよ!!』

 と、羊が言っている幻聴を聞いた気がした。なかなかの羊さんだわ。これは。

「気に入られたみたいだね」

「かわいい!!……じゃなくて、なんか仕事ないかな?」 

 少年はいやいやいやと首を振る。

「牧場は俺らの仕事だ。仕事をとらないでくれ。でも遊びに来るのはいいよ。後、馬小屋はとーちゃんが管理してる。馬は近づいたらだめだよ。馬は気難しいんだ。乗馬したいなら頼むといいけど、世話はしないほうがいいよ」

「わかったわ」

 新参者は大人しくしていたほうが良いようだ。モフモフさせてもらってありがとうとお礼を言うと少年はまた来いよーと手を振ってくれた。

「……ん??」

 なんか一瞬視線を感じて周囲を見回すが気のせいのようだった。気配は消えている。蝉の声が響くばかりだ。

 さすがに陽の下にいたため、暑かった。木陰でジュースを飲んで休憩する。甘くて美味しいフルーツだけじゃなく、ヨーグルトも混ぜてあるようだ。中を開けてみると氷もヨーグルトだ!すごいな。ひと工夫されている。次は温室でも行ってみようかなぁ。木陰に座っていると夏の日差しが葉の間から漏れてキラキラとしている。鮮やかな緑が目に眩しい。こんな穏やかな気持ち、久しぶりだ。

 でも気のせいかもしれないけどどこからか視線を感じるなぁ。牛さんとかの視線ではなさそうだとは思う。人気がないのだから気のせいかも。

 温室へ行くとシェイラ様がいた。帽子をしっかり被り、手袋をし、手入れをしている。驚いた。王妃様がこんなことする!?庭師かと思った。

「あら。驚かせてしまったかしら?」

 私が入ってきたことに気づき、そう声をかけてきた。

「手入れはシェイラ様が?」

「もともとお花の鑑賞は好きでしたの。ここに来て、時間ができたので触れているうちお世話もしたくなってしまったのよ。それで温室も作ってもらったの」

「なるほどー、ここ素敵な温室ですね」

 お世辞抜きで言った。そうでしょう!と手を叩く。どこか少女らしさを残した可愛らしい方である。純粋ですらある。
 こんな人に毒を盛れるとか……どんだけ黒いのか!王家怖すぎる。

「ミラが嫌じゃなかったら、明日、お茶会にハーブティーを振る舞うの。古い友人とだけの気のはらない会だから来ないかしら?」

 ハーブティーに興味があったし、バイトの件もあるので良いですよと返事をした。楽しみだわー!どのハーブを調合しようかしらー!とワクワクして収穫用の籠に入れている。

「好きな香りのものがあったら言ってね。お茶にいれてあげるわよ」

「え!ほんとに!?それは嬉しいです」

 私も真剣になっていろんなハーブを探す。何十種類あるんだろう。探すのが楽しい。私はレモンの香りがするものとスッキリとした中にも甘い香りがするミントを選ぶ。なかなか良い選択よと褒め上手なシェイラ様。

「花のクッキーも作るわね」

 食べられる花なのよと教えてくれる。温室が暑くなってさすがに私は退散した。汗をかいても居続けるシェイラ様はほんとにハーブが好きなんだなぁ。温室のそばの日陰に白いベンチがあったので座って昼食のサンドイッチを食べることにした。

 バイトってこんなんでいいのかしら??いや、もうバイト料はもらうつもりは一切なかった。まだお金に困ってはいないから、辞退しよう。これは完全にキサが私にくれた休暇である。ウトウトと木陰の木の下に入りうたた寝をする。夏の暑い日差しを避けると時折、スウと涼しい風が吹いて来る。

 夕食も見事なものだった。ベルに聞くと普段通りの食事内容ですよー。これでも質素な方ですよとのことだった。恐るべしだわ。

 シェイラ様が寝るときにそばに置くと良いわよとハーブの香袋をくれたので枕の横に置いて眠る。フカフカの布団と枕だけでも幸せなのにハーブの香りも良くてぐっすり眠った。

「今日は午後よりお茶会なので先にドレスと髪型を決めさせてもらいますねー!」

 朝、寝起きにベルがそう言う。クローゼットを見て、これなんてどうでしょうと可愛らしい薄いピンクのものを持ってくる。もうおまかせだ。お願いしますと返事をする。 

「あの、お茶会に来る人ってどんな人なのかな?」

「今日いらっしゃるのはマリア=バーン様です。奥様とは幼なじみで、今は男爵家の奥様です。ここにいらしてからもよく会いにきてくださってます。気さくで楽しい方ですよー」

 と、説明した後一瞬の間があってから。

「ただ……ハッキリと物事をおっしゃる方です」

 と付け加えたのだった。
 その意味を私は午後のお茶会で知ることになった。紫がかった艷やかな黒髪、エメラルドの宝石のように綺麗な瞳。鮮やかな赤色の口紅は下品にならず、逆に華やかさを与えている。

「こちらが殿下の可愛らしい人なの?」

 そうらしいわーとマリア様の質問にニコニコと機嫌よく答えるシェイラ様は調合したハーブのお茶を蒸らしている。ハーブのいい香りがしてきた。

「ミラ=ヴィーザスと申します」

ふーんと私を見てからパチンと扇を閉じる。

「平民なの?」

「はい」

「そう……残念ね。可愛らしいけど将来性はないわね。それなのに殿下はどういうつもりでいるの?お遊びかしら?」

 シェイラ様が困ったようにマリア様をみつめ、お茶を渡しながら言う。

「王族や貴族でなければならないという、きまりはないでしょう?」

「王家へ入ったところで、辛い思いをするのはこの娘でしょう?それが賢い殿下にわからないはずがないのに……なぜかしら」

 恋人のフリです。と言いたいが、どこまでバレていいのだろう?私は癒やしのハーブを手にしているはずなのに冷や汗が出る。

「いえ、私も身分が違うことはわかっております。わきまえているつもりです。きっとキサ様とって、学生時代の良い思い出の1つなのでしょう」

 目線を下向きにし、悲しげに言っておく。これ終わるだろうと思ったが、シェイラ様とマリア様が眉をひそめる。

「我が息子ながら……意外と優しくて一途なのよねぇ。本気なんじゃないかしら?ここに招待されたのも貴方が初めてよ」

「そして傷つきやすいわよねー。だから自分の母親もここに閉じ込めているわけだし?」

「そうなのよねぇ。わたくしは大丈夫よと言ったのですけども……今ではこちらの生活が楽しいのでけっこうですけど」

 2人の淑女は噂話でもするようにやや面白そうに話している。マリア様が肘掛けに頬杖をついて言う。

「あなたはどうなの?頑張るつもりはあるの?私はシェイラが王家へ嫁ぐとき大反対したのはいい思い出ね。だいたい、正妃がもういるのに側室として召し上げられるとか迷惑極まりないでしょ」

 確か今いる第一王子と第三王子の母親が正妃の子供だったっけ?
 マリア様は遠慮なく話していく。むしろハッキリ言うので清々しさすらある。

「そう……ミラには言っておくわ。王家に嫁ぐならそれ相応の覚悟がいるわ」

 覚悟??相手を倒す覚悟が?いや、違うか。
 私はこれだけは言っておきたい。

「私は闘神官に就職しますから、結婚はしませんよ?王家にも入るつもりはありません」

『ええっ!?』 

 二人の声がハモる。

「あらー、殿下に望みは薄いのかしらー!?」

「そんな!!女の子が危ないわよ?本当はキサにも闘神官になってほしくないのよ。心配だわ」

 マリア様は完全に学院の女子生徒並に興味を持ち、クスクスと笑っているが、シェイラ様は眉をひそめている。

「このハーブのお茶、美味しいです」

「あら!そうでしょう?良かったら色々なブレンドしたハーブのお茶があるのよ。風邪気味の時用、夜眠る時心を落ち着ける用、朝の目覚め用とかね」

 恋愛話をスーーッと自然とそらせた。成功したようだ。ナイス!私!
 ハーブティーをクラリスのお土産にしようかな。

「相変わらず凝り性ねぇ。花のクッキーもおしゃれで美味しいわ」

 クッキーを見ながら感心するマリア様。フフフッと嬉しげに笑うシェイラ様がふと思い出したように言う。

「今回、用事があってこれなかったのだけど、もう一人いるのよ。三人でよくお茶会をするのよ」

「女三人でね。でももう一人は忙しい方ですので、なかなか参加できませんのよ」
 楽しそうだなぁ。貴族のお茶会の想像とは少し違っていた。もっと堅苦しいと思っていた。

「いたらミラと話があっていたかもしれないわね。魔法の話がとかできるから楽しいかもしれないわ。相当強い方ですし、わたくしが毒を盛られたときもすぐに駆けつけて解毒の術をかけてくれましたのよ」

「なんという方ですか?」

 強いと聞いて、私は興味が沸いた。

「王宮付きの魔導士で……」

 と、シェイラ様は言いかけてマリア様の思いつきに阻まれる。コロコロと彼女たちは話がかわり、それをまた楽しんでいる。

「そうだわ!今度、夜のお茶会をいたしましょうよ!ミラに社交界のマナーやダンスを教えておいても良いんじゃないかしら?」

 どうかしら!?と言うマリア様。

「えーと……私はダンス苦手です」

「大丈夫よ!指導してあげてよ!」

「ミラが困っているわよ。でも何かとダンスパーティが開かれるから練習はしておいたほうが良いわよ。どこかできっと役に立つわ」

 まさかの夏休みにダンスの勉強!?!?師匠……知識と技術を授けてくださっていたけと、覚えること外でもいっぱいあります!と、頭を抱えたくなった私であった。
 
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