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初めての学校生活は慌ただしい!?

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 部屋に置かれた全身鏡で自分の姿を見る。白い動きやすい神官服に身を包み、ダークブラウンの髪を一つにくくって、藍色の目をした平凡な自分。身だしなみが校則に反していないことをチェック。 

 もうだいぶ失敗してしまったようだからここからは失敗できないわよ。

 昨夜、この寮の自室に案内されるまで、案内してくれた生徒に信じられない!と何度も言われた。
 一つは入学式がお昼に行われており、それに出なかったこと。もう一つはこの王都にある最高学府である白の学院に入学するのに小汚い旅の服で来たこと。さらに学院長自らに出迎えさせたこと。

 どうやら多大な失敗をしたらしい。
 あ、でも『失敗を楽しめ!』って師匠の言葉だったよね。

 ……あの人は自分の失敗をひねりつぶして成功に無理やりする人だけど。

 まだ始まったばかり。挽回することは可能だと思う。自分の気持ちを奮い立たせる。そろそろ授業の時間だ。布製のカバンを持ち、必要な道具を入れて部屋から出た。
 
 廊下はすでに教室へ向かう生徒や仕事場へ向かう神官達がたくさんいた。
 誰もが同じ神官服を着ているが、違いもある。闘神官見習いの私達は神官服の左胸部分に縫われている鳥の刺繍の糸の色で階級がわかる。私は藍色の糸だから藍組らしい。昨日、自分の色の組の部屋へ明日になったら行けばいいと説明された。

「どこだろ、聞いてみようかな。あ、すいません。ちょっと聞きたいんですけど、教室ってどこにありますか?」

 近くにいた長い髪を2つの三つ編みにしている少女に声をかけると私の服をじっと見てにっこりと笑顔になる。少女もまた藍色の糸の服を着ていた。

「あら?教室忘れちゃったの?わたしも行くから一緒に行きましょう。同じクラスになるのね!」

 にこやかに返事をしてくれた。良い人だー!
 並んで歩く。迷子にならないようについて行く。
 
 広い学院は中庭が中央にあり、各教室のテラスがぐるっと囲むようにして中庭に面している。テラスにはベンチや机もあり、朝食をとっていたり本を広げたりする生徒が見えた。季節の花々や緑の木々がところどころに植えてあり、噴水もある。学院内にこんな広い場所があるなんて!すごい施設だなと圧倒される。部屋数もどれだけあるのかわからない。

 本気で迷子になりそう。廊下の幅の広さだけだモモの牛小屋くらいあると思うの。

「ここが藍組になるわ。よろしくね。わたしはメアリエル=デュルクよ。メアって呼んでね」

「よろしくお願いします。私、ミラ=ヴィーザスです」

 無事に教室に来れて、私がホッとしたのがわかったのか、ふふふっと笑われる。教室のドアを開けると普通の学校のようだ。本を読んだり、朝食を食べていたり個人で自由に過ごしている感じが伝わってくる。メアが説明してくれる。

「席は自由にどこでも座っていいの。今日はこの辺に一緒に座る?何か飲む?朝ごはん食べたかしら?飲み物は各クラスにサーバーが置いてあるから、食堂行くのがめんどくさいなら、売店で軽いもの買って食べるのもいいわよ」

「なんか緊張して食べてなくて……昨日の夜は簡単に持ってたお弁当を食べたわ」

「えー!そうなの?食堂は24時間してるのよ。神殿の人達と共用施設になってるわ。神官になると仕事で夜中になることもあるしね。神官と生徒はいつでも無料で利用できるわよ。売店は有料だけどね。これ良かったら食べて」

 ごそごそと鞄からチョコバーをだしてくれた。非常食なのよーと言う。魔物討伐の緊急収集がごくまれにあるから、持っておいた方がいいと言う。
 生徒でも駆り出されることがあるらしい。

「ありがとう!あの……サーバーの使い方も教えてくれる?」

 一瞬、メアは目を丸くして驚いた表情をしたけれど、何も言わず。いいわよと優しく言ってくれボタンの押し方やカップの取り出し方を教えてくれた。こんな四角い入れ物からお茶やコーヒー、冷たいジュースに水が出るとか……すごすぎるわ!
 もう一回ボタンを押してみたい衝動を抑えつつ、席に戻った。手に持っているカップが温かい。

「新人?」

 黒髪の男がメアに話しかけた。

「まずは自己紹介でしょ。まったく。こっちの無愛想な男はクラリス=バーン。藍組の組長よ。ミラは昨日の入学式には来てなかったわよね?どうしたの?」

「えーと、遅刻してしまって………」

 私の答えにクラリスが呆れたように言う。

「世界から学びたい者がいてもなかなか入学できない名門白の学院に遅刻とかありえないな。そしていきなりこの藍組に所属したということはそれなりの実力あるんだろうな?」

「そんな威嚇するような言い方しないでよ。新入生が怖がるわよ!ごめんなさいね。たいていの新入生は赤組からなの。下から赤、黄、緑、藍、紫、銀、金のクラスの順に構成されていて、実力で上るシステムなのよ。藍組に新入生は珍しいから、ちょっと噂になっていたのよ」

 え!?なんか……入る前から悪目立ちをしてしまってる感じなの?私?一滴の汗が流れる。

 この神官服は神官達の中でも闘神官とその見習いである生徒達のみに許される刺繍がほどこされている。司法や儀式を司る神官達に刺繍はない。左胸にこの国を守護しているという翼を広げた鳥の刺繍をつけることが許されている闘神官達はエリート中のエリートらしい。

「見たところ普通だけど、まぁ、実力主義だから来年まで藍組に残れるといいけどな」

 グサリと突き刺さる言葉を放って、テラス側の席へ離れて座るクラリス。メアが気にしないでと肩をすくめる。

 私は温度がちょうどよくなったコーヒーのカップを持ち、まったりと飲みだす。チョコが口の中で溶けていき、苦味と少し酸味のあるコーヒー豆の味と香りに癒やされる。美味しい~と呑気な私にメアは琥珀色の紅茶を飲みつつ苦笑した。

「でもクラリスの言うのも間違いではないの。藍組に配属されたかもしれないけど、白の学院では力が無かったり他に実力がある人がくれば容赦なく下の組へ落とされることもあるし、何年も同じ組にいることもあるの。順調に1年ごとに上位の組へ上がる人はなかなかいないわ。今いるこの組のクラスメイトの中ではクラリス、わたし、ダントンが入学から一緒に上がってきてる唯一のメンバーよ」

「オレの名前よんだー?おはよーっす!」

 ドアにぶつかりそうなくらい長身の赤毛の大男が入ってきた。メアが適当にこれがダントンと紹介した。

「冷たいなー。麗しのメア!朝から美人だけど、もう少しオレに優しくてもいいだろー」

「アホなの」

 紹介はこれで終わりと言い捨てるメア。ダントンがえー!と非難の声をあげたが無視されている。

 ダントンは時間ぎりぎりの登校だったらしく、鐘が鳴って授業が始まった。

 一時間目は法学、二限目が神術理論、三限目が世界地理、四限目が数術とこなしていき、お昼になった。午後からは実技らしい。メアが固まっている私の肩をポンッと叩く。

「だ、大丈夫?なんかケシズミみたいになってるけど……」

「こんなに長く座ってないとダメなの?っていうか、数字とか戦いに必要なの!?数術苦手だわ」

 私の混乱にメアが察する。

「難しかったってことなのね。とりあえずお昼ご飯食べて落ち着きましょ。食堂へ行く?」

「あ、うん。もうくじけそう……」

 よろめきつつ、立ち上がる。

「ミラはどこかの学校に行ってなかったの?それとも著名な方の私学とか?」

「どちらかと言えば後者かな。有名かどうかは知らないけど」

 師匠の教え方が良いのか悪いのかは謎だ。

 今はとりあえず数字が出てくるものは放り投げたくなるし、ずっと座ってるとお尻が痛い。

 師匠は書庫から適当に持ってきて本を読んだり、講義はしてくれたりしたけど、こんなみっちり決められた勉強を私はしたことがない。
 
 頭痛がする。もうすでにやばいんじゃなかろうか。来年、このクラスに私はいないんじゃないかな……闘神官に就職とかできるの?これ?無理ゲー?

「お腹すいたでしょ。とりあえず食べましょう」

 食堂についたらしい。大勢の生徒が集まっている。

「食堂は全部で3つあるわ。24時間しているのはメインダイニングのみよ。好きな物を選んでお皿に乗せるのも良し、注文するのも良しよ」

「へえええええ!すごい!!」

 いい匂いに先程の暗い気分も吹き飛ぶ。ランチメニューが黒板に書かれている。『魚の香草焼きプレート』『煮込みハンバーグ』『プルプル蒸し鶏サラダ麺』などなど。メアはヘルシーに豆のサラダとヨーグルト、パンをいくつかお盆に乗せている。私は魚の香草プレートを選ぶ。

「はいよ!おまたせー!」

 白い頭巾をかぶったおばちゃんが熱々のスープと魚とサラダとパンを乗せたお盆をくれた。湯気が立ち、良い香りがする。魚に添えられているぱりぱりの揚げた麺やマッシュポテトも美味しそう!

「ありがとう!」

 ちょっと元気を取り戻せた。こっちよー!とメアが手をする。窓際の少し大きめのテーブルをとってくれてある。人波に負けないように避けつつ運ぶ。

「はー、すごい人だわ」

「そう?まだ空いてるほうよ。ミラはどこに住んでいたの?」

 メアがそう聞いた時、残りの椅子に座る人物たちがいた。

「それオレらも聞きたーい!」

「ダントンとクラリス!」

 メアが迷惑そうに顔をしかめる。私はモグモグとマイペースに魚を食べる。ダントンが人懐っこく笑う。

「いいじゃーん。新人に興味あるのはメアだけじゃないだろ。なぁ、クラリス!」

「特例を除き、途中のクラスから入る者などめったにいない。特例というのはこの国の王子で、アルベール学院長に幼い頃からずっと指導を受けていたためだ。王族や貴族のお金や地位だけでは白の学院の闘神官の階級はけっして動かせない。それほどのものだ。ミラにどのくらいの実力があるのか、僕たち以外のクラスメイト達も興味津々だ」

「そうなの?とりあえず、数術は赤点とりそうな気がする」

 先程のショック引きずりまくってる私だ。わからないというか、あんまり好きじゃないんだよね。

 クラリスがピクリと眉を動かす。

「数術なんて答えがわかってて一番簡単だろうが」

 ダントンがいやいや、わかるよーと私に共感してくれる。メアはクスクス笑う。

「住んでいたのは王都の国境の山かなぁ。超田舎。いるのは魔物か動物か……」

「山?修行でもしていたの?」

「いえ。普通に住んでたわ。ヤギと牛もいた。畑も作っていた」

 メアとダントンはへーと興味を失って、自分のお昼ご飯を食べている。もっと刺激的な話を求めていたのだろう。クラリスだけが野菜ジュース片手に難しい顔をした。疑ってでもいるのだろうか?飲み物サーバーの使い方すらわからないこの私を!

「やぁ!探したよ。」

 辺りが一瞬シンと静かになる。ざわめきが消えた。メアとダントンとクラリスがガタッと椅子から立ち上がった。私だけがきょとんとしてフォークに刺さった魚を口に入れた。

「旅人さんはここの生徒だったの?」

「いや、だから、旅人じゃなくて、キサっていう名前あるんだけど?」

「あー、余裕なくて、あんまりよく聞いてなくて、ごめんなさい」

 アハハと私が笑ってごまかすとキサもにっこり微笑み返す。神官服の紋様の糸の色に私は気づく。銀色の輝く色をした糸。

「うわ!先輩になるんだー」

 キサが自分の服を見て、思い出したように言う。

「あ、そうだね。よろしく。昨日は助けてくれてありがとう」

「私が助けるまでもなかったってことね。でも遅刻はどっちにしてもしてたわ。お昼には絶対、間に合わなかった。キサのせいではないから気にしないで」

 ここ座っていいかな?とキサは去ることなく、一つ椅子を持ってきて昼食を一緒にするつもりらしい。メアとダントンとクラリスがそーーーっと座る。
 この反応はキサが只者でないのか先輩への対応なのかどっち!?世間知らずなのよ!私!!教えてー!と内心焦る。

「ミラ、この方がさっき言っていた特例の王子だ」

 こそこそとダントンが教えてくれる。
 
 お、おおおお王子様!?でも確かに優雅な感じがするような!?驚いたけど納得もする。

「殿下、失礼ですが、どうしてここに?ミラと顔見知りなのですか?」

 メアが口を開く。

「うん。昨日出会ったんだ。面白い子だよね。だから、一戦交えてみたくなった!午後の実技は藍組と銀組の実戦形式の演習だよ。申し込んどいた」

『えええええええ!』

 3人の驚愕の声が響く。

「大丈夫、決闘方式ではないよ。上位の組が指導する方式のものだ」

 ホッとする雰囲気。まったくわからない私にクラリスが説明する。

「決闘方式というのはまさに実戦だ。互いの組の力を駆使して戦闘する。指導っていうのは術を実際に先輩方から教えてもらえる。なかなか無い機会でもある」

「うん。でもミラと手合わせしてみたいな。ダメかな?」

 キサが私の目を覗き込むように言う。私は返事に困る。できれば目立ちたくない。

「もちろん、そんな無茶をするわけではないし、新人のお披露目みたいもんでどうかな?」

 禁術が使えない私はどこまでいけるか頭の中で計算する。一応高位神術までは取得している。銀組が強いことは間違いないだろうな。言葉に詰まっている私にキサがじゃあ、と言う。

「俺に勝てたら、売店の料金を俺が一年間払うよ」

「お願いします!」

 ガタッと私は立ち上がる。お金は持ってきたけど、とりあえず無限ではないから大事に使わないとなぁと思っていたところだった!!王子様ならお金に困ることもたかり感もないだろう!

「え!?そんな!?待って!そんな簡単にいいの!?」

 メアが止めるが、ダントンはワクワクしたように言う。

「楽しみだなーーー!!」

 クラリスが額に手を当てて、おいおいと呆れている。数術よりは勝率あると思う。残りの食事を機嫌よく笑うキサの前でたいらげた。思惑がなにかあるにしろ、回避は無理そうだよね。

 ……まったく王都に来る前に余計なことをしてしまったものである。
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