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01 グリッサンド:流れるように弾く
05−03 祝退院
しおりを挟むケヴィンは手に持った煙草の箱を弄んだ。カーレンタルは原則車内禁煙だ。まだ半分しか吸っていない先端のつぶれた一本目が銀紙の中で燻っている。公共に貸し出されるものだから仕方がない。喫煙者を借りるなら事前予約がいる。
「だから言ったんだ、気をつけろって……」
しばらく黙り込んでいたミランが零した。車窓から見える景色は既にセントラルの高層ビル群を抜けて、途端に色褪せた古写真のようになっている。区境は特にセントラルへ向かう交通網によって田園や発電所、工場が山々の間に点在する。
「俺が轢かれた理由に心当たりがありそうだな」
貸しコテージが——それでも数キロごとの間隔で——立ち並ぶ葦の原へ無造作に車を停めて、ドアを開ける。蒸せ返るような土と青臭い匂いがする。草木の匂いだ。それ以外には何もない。
ミランは眉を顰めて答えなかった。ケヴィンは不機嫌そうな雰囲気を感じ取り、同じように黙ってコテージの鍵を開ける。何度も撥水性の白いペンキを塗り込められたコテージの外見は、遠目にみれば新婚夫婦が夢見そうなこぢんまりした邸宅だが、周辺一帯の褪せた草原の退廃的な空気には耐えきれないだろう。
玄関を開けると短い廊下があり、左手にリビングダイニング、右手に閉じたドアが二つ並んでいる。二階はない。正面奥は物置と浴室だ。
室内は閑散としていた。備え付けの家具はヴィンテージ風とは言えば聞こえいい程度の古びたもので、しかし機能的には問題ない。ケヴィンが買ってきたものを適当に冷蔵庫へ突っ込む間、ミランはリビングのテレビ横にある本棚を眺めていた。
「本は硬派なタイトルばかりなのに、映画はB級ばかりだな」
「世間のB級が俺にとってはA級だ」
「鮫の映画しかない」
「鮫が好きなんだ」ケヴィンはキッチンの流しで手を洗った。蛇口から出る水の透明さに、密かに安堵する。「コーヒーに砂糖は?」
ミランは顔だけをケヴィンに向けて頷いた。ミルクは備えつきがなかった。砂糖もどこかで買った飲み物についてきたのだろう細長い個包装のものがシンクに転がっていただけだ。
コンロで二人分の水を沸騰させ、ノーブランドのインスタントコーヒーを二つ用意する。片方に砂糖を入れてリビングへ行くと、ミランはケヴィンが腰を下ろしたスツールとは対面にあるソファへ腰掛けた。
砂糖入りのコーヒーをケヴィンが差し出す。ミランが手を伸ばす。
しかしミランの指先はカップを掴むことができなかった。
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