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第二章 神はいずこ
17-2 神はゆめゆめ
しおりを挟む「手を、握ってくれないか」
そう言われて、白綺は自分の手を見る。既に春絶の手をひとつ握って、ここまで引いて歩いてきた。
「その、もう握っております」
「……もう少し強く」
「つ、強くですか」
雪の中はぐれないようにと(そもそもあの白銀世界は春絶の神域なのではぐれたところで、白綺はともかく春絶が迷うことなどあるはずもないのに)それなりに力を込めて握ってはいたが、足りないらしい。
とはいえ、闇雲に握るのもなんだか憚られて、白綺は両手で春絶の手を挟むようにした。ひんやりとした広い手のひらをほぐすように揉み、包むようにもしてみた。
「如何でしょうか、ええと、その、力加減などは」
「ん」
「んっ?」
「うん」
うん。
____うん、と言った。
うん、と。
ああとか、そうだなとかではなく、うん。
あの春絶が、うん、と言った。
白綺自身なぜその一言にこんなにも衝撃を受けているのか理解できず、ただただ「うん」という言葉が頭の中でぐわんぐわんと反響する。
うん、うん、うん……うんって言った。うん、って。うん、って言うのか、春絶殿がうんって、いやうん、うんってそんな、誰でも言うことだしいやでもなんというか春絶殿はああとかそうだなとかしっかりちゃんとした物言いをなさるお方だからうんとかそういうなんかこう、うん、って、うん、ってなんかこうちょっと子供っぽいかんじの、うんって……
うんってゆった……
「白綺」
「うんてゆっ……はっ」
「今夜はもう少し、手を繋いでいたい」
「は……」
「日は____とっくに暮れていたか。そうだな、次に日が昇るまで……それだと流石に煩わしいか」
「い、いえ私は、あの、煩わしいなどとは」
「お前が眠るまででもいい」
「な、武士に二言はありません! 日が昇るまで繋ぎましょうとも!」
初めて聞かされたわがままのようなものに、つい勢い余って白綺が言った。
武士に二言はなく、そして言った言葉は間違いなく白綺の本心だった。春絶がそうしたいというのであれば、手などいくらでも繋ぐ。何分でも何時間でも、日が何度昇り何度沈んでも。
夢境の悟りに至るほどの男が言うわがままが「手を繋いでいたい」とは。
言ってしまえば子供のような、しかし子供のようだからこそ純粋な願いに、白綺はそれを叶えられる立場にいる喜びに突き動かされて即答した。
即答____してしまった。
/
きしきしと何処かの床板が軋む。その音は耳障りでなく、軋む音すら弦楽器のような品がある。
などと、そう思ってしまうのは惚れた弱みか____白綺は落ち着かない気持ちをどうにか押さえつけようとあれこれ考えた。そうしてあれこれ考えて頭をいっぱいにしておかないと、自分を取り巻く現実に真っ向から飲み込まれてしまいそうだったからだ。
春絶の神域から山中へ戻り、そして社へと戻り。
白綺はほどいた髪にもう何度目かの手櫛を通した。湯に浸かり、いつもの戦装束から灰白の(それはいつのまにか社に用意されていた)着流しに着替え、燭台が淡く照らし出す寝室にひとり。
あと半日もすれば婚儀が始まる。招いたのは親しい知古だけとはいえ、それなりの数がこの山を訪れることになりそうだ。
あと半日もすれば、大勢の前で二人は夫婦になる。
髪をまた手で梳く。つむじ風のように毛先に癖はあるものの、細く柔らかい髪は絡むこともなくするすると指の間をすぎてゆく。それを捕まえて、指に無理やり巻き付けてみたりする。
もはや髪を梳いているのかめちゃくちゃにしているのか分からないが、ともかく何かしていないと、ふいに暴れ出してしまいそうだった。
____ちら、と白綺の視線が自分の膝元、そのすぐ前に誂えられた寝床に向けられる。
かつては白綺が春絶に保護され、寝かされていた板間の一室だ。今そこには二組の布団が敷かれている。それはいい、それはいいのだが。
(なぜ布団がこう、こんなにも、この、これでもかとくっついて敷かれているのか!)
神使を持たない春絶であるが、真神というだけでこの社のほどちかく、或いは拠点たるこの山に棲まう獣や精霊の類はみな彼に侍る。この部屋の支度もそうした眷属らが勝手に__否、勝手にと呼ぶのはやや心苦しいほどの親切心から誂えたのだろうが。
布団をあと二つ三つ並べても有り余る部屋にありながら、二組の布団はまるできつく糸で縫われたようにぴっちりとくっついて並べられている。若干寄せすぎなところもあり、くっついた面がややせりあがってさえいる。
宴もたけなわとそそくさ下山していった大宰府の同僚たちのことも思い出され、白綺は赤面した。下世話な、不埒な、とぼそぼそ呟いてみるが、その声はあまりにか細い。
(し、しかしまあ、たしかに婚儀が始まった後は、春絶殿の知古と来るというから、そのあとは色々と積もる話もあるだろうし……ことをするには、確かにいまのほうが……良いのかな……?)
(いや別に私がなにをしたいとかあれをしたいとかそれがしたいとかそういう話では全く! ないが!? そういうことは双方の同意があってはじめてこうそういうあのえっとお互いへの気持ちが昂ってその結果ああなってそうなるものであって)
そこで、あれ、と白綺は思った。
____というか、春絶にそうした煩悩はあるのか?
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