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第二章 神はいずこ
08-2 神は出雲
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そうして入ったのが今の店だ。海外に本社を持ち、日本でも全国展開している服飾のチェーン店である。もう随分前、急な出張で上着が必要になり、この店で買ったことがある。この店が閉じていなくてよかった、と椿は内心で安堵した。階下の混雑した若者向けのアパレル店に分け入っていくのは骨が折れそうだ。
とはいえ平日の客足が少なめの時間故か、在庫管理や棚の商品整理をしていた店員はこの二人の客を見逃さなかった。「こんにちは」とまず椿と目が合った瞬間、その男性店員はにこやかに声をかけ、しかしあくまで挨拶のみの緩やかな拘束をかける。
落ち着いた暗めの色調で統一された店内、耳をすませばようやく聞こえる程度の洋楽。
その人畜無害そうな餌で客が店の敷居を跨いだ瞬間、彼らは一斉に牙をむいた。
「お客様、大変よくお似合いです」
「髪のお色は染められたんですか? ブリーチは何回かけてらっしゃるんです?」
「肌お綺麗で、えっほんと綺麗……あの、お化粧品とかなに使われます?」
「オーバーサイズなトップスでパンツはラインを絞ったものが映えると思うんです、こちら今月の新作なんですけど……」
「髪を下ろしてみたらまたぐっと印象が変わると思いますよ、そうしたらタイトなニットと相性が良いような。よければ一度試してみませんか」
「着回し重視ですね? でしたらお色はあえてシックに、アクセサリで差し色を入れるのは如何でしょうか。シルバーがお似合いになるかと」
「えっほんとに肌綺麗なんですけど」
「髪どこで染めてるんですか?」
「ちょっとこちら、お店のHPに掲載させていただいてもいいですか? ええ、はい勿論、お名前などは伏せまして、はい……えっ? マネージャーさんではない?」
彼にいくつか服を探しているのですが。
と、言い終わる間もなく。
稀代の大怪盗が如き手腕で店員らは青年を攫い、そして試着室へ閉じ込めた。そして次から次へと店内の衣服をあれでもないこれでもないそうだこれだそれだとルービックキューブのように回転させ、組み合わせては戻し、そして一面完成するなり試着室の青年に次々と着せては脱がす。
椿はそうそうに青年を明け渡し、試着室が並ぶコーナーのスツールに腰を下ろしてぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。
「お客様」
そこへ、カジュアルなスーツ姿の女性店員が声をかけた。流れるような動作でその場に屈もうとされ、椿は寸前で立ち上がる。女性店員は動じずに、恐れ入ります、とやはり落ち着いた口調で言った。「差し支えなければ、お客様もなにかご試着をいかがでしょうか」
「いえ、私は……」つい仕事口調で応じそうになり、並行する。「いや、今日は向こうの彼の服を買いに来ただけなので」
「まあ、そうでしたか__実は、入荷したばかりの新作が、お客様にとてもお似合いになるんじゃないかと思いまして。今年のアウターなどはもうお買いに?」
「仕事用のコートがあるので」
「仕事用の、ですね」
女性店員が隙のない笑顔で微笑む。椿は仕事口調を貫けばよかったと後悔した。
どうしたものかと悩んでいると、盛況な試着室の奥から青年が顔だけ覗かせた。
「よいではないか、カンナ。お前も見繕ってもらえ」
「か__そんなこと言われてもな」
「勤めを離れ、今は平時。ならばいつまでも戦装束というのも可笑しな話だ」
「お連れ様の仰る通り」女性店員はにこやかに引き継いだ。「今、お持ちいたします」
あっという間に見繕いへ行ってしまった女性店員を引き留めることができるはずもない。
「……まあ、いいか」
服が必要なのは事実だ。スーツさえあれば取り合えず何処へでも出ていけるが、また今日のようにマネージャー扱いされるのも面倒だ(何故かマネージャーに話を通そうと寄ってくる者がいるのだ)。
そんなことを思って店員の後ろ姿を視線で追いかけていると、椿の背後から「ふん」とやや捻じれた溜息が聞こえた。振り返れば案の定、試着室のカーテンから顔だけ出した状態の青年が半目でこちらを睨んでいる。
「なに」
「鼻の下が伸びているぞ。隅に置けんやつめ」
「……うん?」
「ふん!」カーテンが勢いよく閉じた。「結局お前も男ということよ、カンナ、でれでれしおってからに。この超美形な私には何もなしでそれとは、お前は私が出会った人間の中で一番の不敬者だ」
「出会った人間の中でって言うけど、そりゃ俺と出会う前の記憶ないんだから、必然的に俺が一番になるんじゃないかな」
「うっ」
「俺しか覚えてないってことは、神様にとっては俺が一番不敬で、一番敬虔とも言えるか。俺しかいないわけだし、そもそも信者いないし……」
「うううううるさいうるさいうるさい、お前、お前見ていろよ私が本当に本当にすごいってことをだなあ、分かったときにはお前、えっと、おまえをだな」
「はい」
「ぎゃ、ぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふん」
「____今! 言うな!」
言って欲しそうだったから言ったのに。そう言えばまたさらに怒られそうだったので椿は黙って店員が持ってきたコートに腕を通すのだった。
そうしてなんだかんだと椿自身も店員が勧めてくる衣服を試していると、いつしか試着室の方が静まり返っていることに気づいた。
とはいえ平日の客足が少なめの時間故か、在庫管理や棚の商品整理をしていた店員はこの二人の客を見逃さなかった。「こんにちは」とまず椿と目が合った瞬間、その男性店員はにこやかに声をかけ、しかしあくまで挨拶のみの緩やかな拘束をかける。
落ち着いた暗めの色調で統一された店内、耳をすませばようやく聞こえる程度の洋楽。
その人畜無害そうな餌で客が店の敷居を跨いだ瞬間、彼らは一斉に牙をむいた。
「お客様、大変よくお似合いです」
「髪のお色は染められたんですか? ブリーチは何回かけてらっしゃるんです?」
「肌お綺麗で、えっほんと綺麗……あの、お化粧品とかなに使われます?」
「オーバーサイズなトップスでパンツはラインを絞ったものが映えると思うんです、こちら今月の新作なんですけど……」
「髪を下ろしてみたらまたぐっと印象が変わると思いますよ、そうしたらタイトなニットと相性が良いような。よければ一度試してみませんか」
「着回し重視ですね? でしたらお色はあえてシックに、アクセサリで差し色を入れるのは如何でしょうか。シルバーがお似合いになるかと」
「えっほんとに肌綺麗なんですけど」
「髪どこで染めてるんですか?」
「ちょっとこちら、お店のHPに掲載させていただいてもいいですか? ええ、はい勿論、お名前などは伏せまして、はい……えっ? マネージャーさんではない?」
彼にいくつか服を探しているのですが。
と、言い終わる間もなく。
稀代の大怪盗が如き手腕で店員らは青年を攫い、そして試着室へ閉じ込めた。そして次から次へと店内の衣服をあれでもないこれでもないそうだこれだそれだとルービックキューブのように回転させ、組み合わせては戻し、そして一面完成するなり試着室の青年に次々と着せては脱がす。
椿はそうそうに青年を明け渡し、試着室が並ぶコーナーのスツールに腰を下ろしてぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。
「お客様」
そこへ、カジュアルなスーツ姿の女性店員が声をかけた。流れるような動作でその場に屈もうとされ、椿は寸前で立ち上がる。女性店員は動じずに、恐れ入ります、とやはり落ち着いた口調で言った。「差し支えなければ、お客様もなにかご試着をいかがでしょうか」
「いえ、私は……」つい仕事口調で応じそうになり、並行する。「いや、今日は向こうの彼の服を買いに来ただけなので」
「まあ、そうでしたか__実は、入荷したばかりの新作が、お客様にとてもお似合いになるんじゃないかと思いまして。今年のアウターなどはもうお買いに?」
「仕事用のコートがあるので」
「仕事用の、ですね」
女性店員が隙のない笑顔で微笑む。椿は仕事口調を貫けばよかったと後悔した。
どうしたものかと悩んでいると、盛況な試着室の奥から青年が顔だけ覗かせた。
「よいではないか、カンナ。お前も見繕ってもらえ」
「か__そんなこと言われてもな」
「勤めを離れ、今は平時。ならばいつまでも戦装束というのも可笑しな話だ」
「お連れ様の仰る通り」女性店員はにこやかに引き継いだ。「今、お持ちいたします」
あっという間に見繕いへ行ってしまった女性店員を引き留めることができるはずもない。
「……まあ、いいか」
服が必要なのは事実だ。スーツさえあれば取り合えず何処へでも出ていけるが、また今日のようにマネージャー扱いされるのも面倒だ(何故かマネージャーに話を通そうと寄ってくる者がいるのだ)。
そんなことを思って店員の後ろ姿を視線で追いかけていると、椿の背後から「ふん」とやや捻じれた溜息が聞こえた。振り返れば案の定、試着室のカーテンから顔だけ出した状態の青年が半目でこちらを睨んでいる。
「なに」
「鼻の下が伸びているぞ。隅に置けんやつめ」
「……うん?」
「ふん!」カーテンが勢いよく閉じた。「結局お前も男ということよ、カンナ、でれでれしおってからに。この超美形な私には何もなしでそれとは、お前は私が出会った人間の中で一番の不敬者だ」
「出会った人間の中でって言うけど、そりゃ俺と出会う前の記憶ないんだから、必然的に俺が一番になるんじゃないかな」
「うっ」
「俺しか覚えてないってことは、神様にとっては俺が一番不敬で、一番敬虔とも言えるか。俺しかいないわけだし、そもそも信者いないし……」
「うううううるさいうるさいうるさい、お前、お前見ていろよ私が本当に本当にすごいってことをだなあ、分かったときにはお前、えっと、おまえをだな」
「はい」
「ぎゃ、ぎゃふんと言わせてやる!」
「ぎゃふん」
「____今! 言うな!」
言って欲しそうだったから言ったのに。そう言えばまたさらに怒られそうだったので椿は黙って店員が持ってきたコートに腕を通すのだった。
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