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第1章 放浪系主人公

あっちの方が主人公じゃない?

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主人公のような男は…主人公Aは、周囲の注目を一身に浴び、なお自信に満ち溢れた余裕の表情を保っている。緊張という言葉とは無縁なのだろう。

主人公Aがどこに立っているかなどは、もう説明の必要すら疑うレベルだ。どうやって登ったのだろう。当然のように少し高い家の屋根に立ち、腰に携えた剣の柄に片手を添えてかっこよく立っていた。

誰一人微動だにしない状況。混乱する家族たち。ボス猿も眉間にしわを寄せ言葉を選んでいる。俺は空気感に耐えきれず純粋な疑問を爆発させる。

「お前は誰だ。」

絶妙なタイミングでの質問に、フッとほくそ笑む主人公A。あれ、俺の立ち位置ってモブ?いや、大丈夫、現在進行形で助けられる側だ。全ての魔法が使え、死を超越したモブAなど聞いた事がない。

「俺はヴァルクーレ。闇を照らし悪を裁く。お前らの悪行もここまでだ!」

剣を抜き取るが、鞘から姿を表すはずの刀身がない。いや、よく見たら鞘も無い。見えないだけ?馬鹿だから?いや不可視魔法は最高難易度。動く物体を不可視にさせることなど喋りながらできるはずがない。単純に刀身がないだけのようだ。

「なんだと!?」
「悪行などしていない!」
「なんなんだお前は!」

刀身のない剣を俺たちに向けてきたヴァルクーレに反応して家族たちが騒ぎ始める。落ち着け、混乱して統率が取れないというのが一番まずい状況だ。

数や地の利はこちらにある。ここはボス猿の指示を仰ぐのが最適だ。

「『斧』を使ってやつを捕らえろ!ジム、お前が指揮をとれ!俺は儀式を続ける!」

そうするまでもなく指示を飛ばすボス猿。流石の貫禄と言ったところか。しかし、ジムと呼ばれた男は納得がいかないようで半笑いでボス猿に近寄る。

「いや、グラノスさん。奴の剣見ましたか?刀身がない。言動といい、きっと頭がイカれてるんだ。他のみんなも少し動揺しています。今回がどれだけ大事かはわかりますが、過剰に…。」

ジムが話している途中で、グラノスと呼ばれたボス猿が俺へと向かっていた足を止めてゆっくり振り返る。その圧に押されたかのように口を噤むジム。

「過剰?結構。やりすぎて問題はあるのか。手を抜く理由はどこにある。その場で最善を尽くすことの何がおかしい。」

ジムの緩んだ表情がグラノスの言葉が重なるたびに引きつって血の気がひいていき、その場に跪き俯く。そういえば俺一人に十数人でとびかかってきていたな…。

「…ッ!」

必死に言葉を選んでいるようで、少し震えている。ここからでは俯きすぎて表情がみえないが、焦っているのは手に取るようにわかった。

それを遠くから見ていたヴァルクーレが行動を起こす。

他の猿たちはヴァルクーレの家を取り囲んでいた。しかし、ヴァルクーレはそれを嘲笑うかのように飛び越え剣を刺すかのように柄を地面につける。

「大地よ、我が呼び声に応えよ。…力を貸してくれ。」

何やら主人公臭のひどい台詞をささやくヴァルクーレ。俺は今のところ縛られたままこの場を傍観している。下手するとモブですら無い。

「顔を上げろ。…これを。」

グラノスは視線をヴァルクーレに向けたまま、先ほどよりも柔らかい口調で話しだした。ジムは不安を顔面に貼り付けたままゆっくりと顔を上げる。手渡すはグラノスの持っていた斧。

「非常事態だ。今まで何事もなくやってこれたツケを払う時が来たようだ。先のやり取りは忘れろ。だが、魂に刻め。最善を尽くすのだ。」

呪いのような言葉と共に、グラノスはジムの顔を強くビンタをする。全身に無駄に力の入っていたジムが、呪縛から解き放たれたかのように力が抜け、青ざめて歪んでいた顔が赤いビンタの跡からほつれていく。

「うおおおおおお!」

びっくりした…。ビンタの音とジムの雄叫びにヴァルクーレとグラノス以外がビクッとし、動きを止める。

弾かれたように、地面を蹴りヴァルクーレに突っ込むジム。それに左手で地面を押さえ右手で剣を引き抜き反応する。地面からなかったはずの刀身が姿を現した。

「俺はジムだ!ここから先は通すわけにはいかねえ!」

斧は剣で受け止めたものの、目にも止まらぬ拳?蹴り?でジムが追撃して軽々と吹っ飛ばされる。

木造民家にいい感じに埋れるヴァルクーレ。猿たちはそれにたかりはじめる。

何やら口々に声を上げているが束の間、雑兵であることを確認するかのように四方八方に飛ばされていった。

ヴァルクーレは汚れた服をはたきながら少し微笑む。無傷であることは言うまでもなく、ダメージを受けている様子も全くない。

このままでは時間の問題だな。そんなジムとヴァルクーレの戦いをよそに、ボス猿、グラノスが呪文に似た何かを呟き始めた。よく聞き取れない。

しかし、文法は似ている?呪文の発音が鈍っていると言うのか、曖昧な発音が多い。これもしかして古代魔法?

ならば生贄というのはそう言うことか。

グラノスは呪文を唱え終わると、俺の縛り付けてあった台ごと蹴りキャンプファイヤーに入れようとする。その瞬間、視界がぐるぐると回り何がなんだか分からなくなる。同時に両手両足の拘束が砕かれる。

「残念、あと一歩だったようだね。」

当然のように俺を救出したヴァルクーレは大丈夫かい?と心配しつつ茶色のゴツゴツした剣をグラノスに向けるのであった。
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