僕は金色に恋をする

いちこ

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トーマスとダニエル 2

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「メーガスの息子は君かい?」

 シスターに呼ばれて入った応接室に、若い夫婦がいた。鑑定のスキルを使うまでも無く、仕立ての良さに所作の優雅さが見て取れ、固まっていると、美しい銀髪を揺らした男性にそう聞かれた。

「はい。メーガスの息子、トーマスです。」

トーマスは丁寧にお辞儀をした。

「うん。私はメラーニ商会のジェレミア・メラーニ。こちらは妻のベリタだ。
メーガスはうちの商会で働く予定だったんだよ。しかし、約束の日に彼は来なかった。
まさか病気で亡くなったとは知らなかったよ。
最近うちに孤児院の子供がランクのいい商品を売りに来ると聞いてね。詳しく聞いたら、彼の息子だと言うから、こうして会いに来たんだ。」

 トーマスは初めて聞く話に目を見開いて驚いている。少し、考えて、ぽそりと言った。

「そうなんですね。父は仕事のあてはあると。この街で家を買って、暮らそう。と、言ってました。」

 あの頃の事を思い出したのか、苦しそうな顔になる。

「そうか。ぜひ一度会ってみたかったと、君を見てたら、そう思うよ。」

 そう優しい笑顔でジェレミアが言うので、トーマスはどう返して良いのか分からず、困った顔になった。

 と、そこにコンコンとノックの音がして、ナタリーが入って来る。スカートの裾を軽くつまんで、綺麗なカーテシーをした。

「こんにちは。ナタリーです。」

 十歳のナタリーは三つ編みのおさげで、少し大人びた印象がある。
 ナタリーも呼ばれたのか。と、トーマスが驚いていると、

「やあ。こんにちは。素敵なレディ。
今日お邪魔したのは、君たちを養子として迎え入れたいと思ってね。
うちは商会をやってるんだけど、君たちの才能を見越して、いずれ私の後継になってほしいんだ。」

 突然の申し出にトーマスはさらに驚いた。いずれメラーニ商会を任せたいとか、そんな都合のいい話があるのか、と。
 トーマスは商人の息子だ。商売が好きだ。
 自分にとってとても魅力的なお誘いだが、それ以上に、これだけは絶対に譲れないものがあった。緊張しながらこれだけは言わなければと、ジェレミアに向かう。

「僕の才能をかっていただきありがとうございます。君たちとは、僕とナタリーのことでしょうか?
養子になるのは全然構いませんが、僕には弟がおります。彼も一緒でなければ、このお話を受けることはありません。」

 そう言うと、トーマスはつかつかと歩いていって、勢い良く扉を開く。

 扉の向こう、ビクッと動いた小さな影があった。
 応接室の前の廊下で弟のダニエルが小さく座って話を聞こうとしていたのだろう。兄に見つかり驚いて固まる弟にトーマスは優しく声をかける。

「ダニエルもおいで。」

 おずおずと部屋の中に入る。

「君がトーマスの弟かい?」

「はい。こんにちは。ダニエルです。」

 どんな時でもちゃんと挨拶だけはするように教えられているダニエルは、戸惑いながらもそう返した。

 ジェレミアはパッと明るい顔になって、隣でにこにこと笑顔で座る女性に声をかける。

「ベリタ。一気に子だくさんでも構わないかな?」

「素敵ね。私は全く構わないわ。みんな利発そうでとても可愛い。」

 にこにこと答えるベリタにうん。と頷くと。

「トーマス。ダニエル。ナタリー。改めて聞きたい。うちに養子に来ないかい?」

 二人は笑顔で子どもたちに聞く。トーマスとナタリーは顔を見合わせて、前を向いた。

「はい。よろしくお願いします。」

 トーマスとナタリーは目をキラキラと輝かせて、うなずく。
 しかし、ダニエルだけは二人をキョロキョロと見ながら、戸惑った様子をみせた。

「ダニエルは嫌かい?」

 その様子に、ジェレミアはしゃがんで、赤茶色の髪の少年と目を合わせて聞く。不安そうに瞳を揺らしながら、首を横に振る。

「い、嫌じゃないけど、トーマスとナタリーは計算も読み書きもすごいんだ。俺は、そんなの出来ない。」

 商品を仕入れたり、売りに行く時は、いつも三人一緒だった。ダニエルはいつも二人の交渉術や、計算の速さ、先読みの凄さを隣でずっと見てきた。
 いつからかオーレンも一緒に来るようになって、顔の良さと人当たりの良さで、交渉を有利にしていた。

 俺は三人ほど優秀じゃない。

 ダニエルはずっとそう思って生きてきた。

 トーマスは一人だったらもっと自由に生きていけたんじゃないか。
母さんは、俺が生まれたせいで、病気になったんじゃないか。父さんも、俺が負担だったんじゃないかと、ずっと思ってきた。

 俯くダニエルの両手をそっとジェレミアがすくい上げる。手のひらを上に向けた状態で、ジェレミアは言う。

「けど、君は君にできることをしてるんじゃないかい?
ほら、手にすごいタコが出来ている。ペンを握るタコじゃなくて、人を守るためのタコだね。」

 ダニエルは呆然とジェレミアを見る。

「な、なんで。」

「二人を守りたいんだろ?剣をずっと振ってるんじゃないかい?
すごい努力だ。君はきっと良い護衛騎士になれる。」

「っ。ほ、ほんとうに?」

 ダニエルは勉強は人並みに出来た。読み書きも計算も出来る。けど、二人はもっと出来て、次々と商売を成功させていた。

 一緒に行動をしながら、自分に何ができるのか、いつも考えていた。
 兄はいつも飄々としていて、怒られたこともない。いつも弟を優しく気にかける。
 親が亡くなった時も、ダニエルが泣いているのをずっと慰めてくれていた。
 兄が泣いているところを見たことがない。

 ずっとずっと早くから大人にならなきゃいけなかった兄。

 その兄の後ろを追いかけていたら、気がつけば、兄の左右にはナタリーとオーレンが居た。

 ふと、仲間はずれになったみたいな寂しい気持ちでいると、トーマスはすぐに振り返って、ダニエルを呼ぶのだ。

 オーレンは二人の顔役だと言って、街の色んな人を紹介していた。
 変な奴らに絡まれそうになったら、あっという間にやっつけていた。

「俺、お前らの護衛してやるよ。」

 金髪を無造作にお団子にした姿で、短剣を上手く使いこなしてる姿を見て、

「どうやったら護衛になれるの?」

と、オーレンに尋ねたのだ。

 そうしたら、木の剣を持ってきて、素振りの型を教えてくれた。

 それからは時間を見つけては、腹筋や腕立て伏せをして、身体を鍛えて、ひたすらに素振りをした。

 豆が出来て、潰れたけど、見つからないように隠した。

 俺もいつか…。その思いはジェレミアに暴露されてしまった。

「護衛は最も信用の置ける者がなるのが理想なんだ。
だからダニエルが二人の護衛になるのは一番いいんじゃないかな。
うちに養子になって、もっと強くならないかい?」

 そう言ってニッコリと優しい笑顔で手を握るジェレミア。

 ダニエルは興奮で頬を赤くしながらも小さくうなずいた。

 ジェレミアはうなずいて立ち上がると、今度はトーマスの前で膝を曲げ、目線を合わせた。

「トーマスもうちでもっと勉強したら良い。そして、もっと子供らしく好きなように生きたらいいんだよ。」

 そう言いながら頭をポンポンと優しく撫でる。その瞬間、呆然とした顔をしていたトーマスが、ハッとしたあとにクシャッと顔をしかめた。

「本当に大変だったね。トーマスはよく頑張った。弟をしっかり守って偉かったね。
私はメーガスのような父親にはなれないけど、君たちの良き父になれたら良いと思ってるよ。そして、君を目一杯甘やかせてあげたいと思ってる。」

 優しく撫でながらそう言うと、トーマスはさらにギュッと苦しそうな顔になる。
 そっと両手を広げてトーマスを抱きしめる。

「トーマスはものすごく頑張ってる。
でも、ちょっとくらい息をしやすい場所を作らないかい?それが私達の腕の中だとなお嬉しいね。」

 抱きしめられたトーマスは、ジェレミアの肩口におでこをあずけて、顔を隠した。
 しかし、僅かに肩が震え、時々鼻をすする音がする。
泣いているらしい。見た事のないトーマスの姿に、ナタリーとダニエルはとても驚いた。

 ダニエルはトーマスの袖を引っ張る。

 肩口から顔を上げたトーマスは目元を真っ赤にしている。でもいつものように優しい顔でニコリと笑うのだ。
 ダニエルは泣き笑いのその顔に、やっぱり辛いのを我慢してたのかと、罪悪感に耐え切れずトーマスの右腕にしがみついた。

「トーマス。ごめん。」

「なんで?謝ることなんて無いよ。ダニエルは僕を支えてくれたんだよ。
父さんが死んでしまった時は本当に途方に暮れたんだ。でも、ダニエル。お前がいてくれたおかげで、僕は前を向けた。」

 そして、ずっと黙って話を聞いていてくれたシスターと、司祭の方向にトーマスは視線を送る。

「おかげで、この孤児院に来れた。みんなにはとても良くしてもらったから、自分の出来る事で恩を返したかったんだ。」

 そしてジェレミアを再び見ると、右腕にしがみついて涙を流すダニエルの背中を左手でポンポンとしてやりながら、

「養子のお話、謹んでお受けします。
不束者ですが、ナタリーとダニエル共々、よろしくお願い致します。」

 トーマスがそう言うと、ダニエルはすぐに腕から手を離して、涙を拭うと横にまっすぐ立った。その横にナタリーがすっと立つ。

「「「よろしくお願いします。」」」

 三人で綺麗にお辞儀する。

 正面に立つジェレミアの隣にベリタがタタタッと来ると、大きく手を広げて三人共まとめてぎゅっと抱きしめた。

「あー、可愛い。こんな素敵な子どもたちとこれから暮らせるなんて。本当に嬉しいわ。
でも、ジェレミアは父でもいいけど、私の事は母よりかは姉だと思って。そんなに歳とっていないの。」

 すると、そこにさらにジェレミアがベリタの後ろから、全員をまとめて抱きしめる。

「いやいや、私だって父親って歳では無いよ。養子にすると父親って事になっちゃうでしょ。決まりだからね。仕方がない。
だけど私達のことはジェレミアとベリタと名前で呼んでもらおうか。」

 などと、二人で微笑み合う。二人に抱きしめられた、トーマスたち三人も顔を見合わせ、笑いあった。

 こうして、三人はメラーニ家の養子となった。
 学院入学まではマサの家で過ごした。
 オーレンは手紙でやり取りしたり、時々泊まりで遊びに来ていた。

 こうして順番に学院に入学し、ダニエルは護衛騎士になった。
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