愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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育て直し

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 ジュードがやってきたのは、その翌日だった。扉をノックして入ってきた彼は、目を見開いて固まった。

「は?え?」

 数日前、夜見た慎翔は、確かに首が座ったばかりの乳児だった。
 まだおすわりも出来ないはずだったのに、目の前の光景に目を疑う。

 そこにはブラウンの垂れ耳ウサギの着ぐるみを着て、つかまり立ちをしている慎翔。おしりにはご丁寧に小さなウサギの尻尾も付いている。
 慎翔も入ってきたジュードに気がついた。

「あうっ。」

 ピッと垂れ耳が立ち上がった。魔力に反応したらしい。エレノアの力作だ。

 ソファからぱっと手を離して、キラキラした瞳を向けて、「あーっ。」と笑う。昨日よりもしっかりした足取りで、両手を広げてタタタタッと小走りにジュードに向かってきた。

 何だ、この可愛い子は。ヤバすぎる。

 ジュードはその可愛さに驚き、ノックアウトされながらも、健気に駆けてくる慎翔を受け止めるために、片膝をついて、両手を広げた。
 そこにぽすんっ。と小さな身体が飛び込んでくる。その時、可愛い声が聞こえた。

「じゅーたん。」

 今までは「あー。」とか「うー。」など、あまり意味のある言葉は発してなかった。

 しかし、今のは?と、固まっているとベリタの声が聞こえた。

「まあ。まこちゃん。ジュードを呼んだの?」

 いつもはニコニコしているはずの慎翔は、ジュードの胸元で顔をぐりぐりと擦りつけている。その顔を見ることは出来ないが、少し不機嫌そうだ。

「じゅー、じゅーた。」

「最初は私達の事を呼んで欲しかったのに、やっぱりジュードが一番なのねえ。」

 のんびりとベリタが言う。

「え?」

 ジュードは訳がわからず、慎翔を抱き上げる。

「じゅーた。」

 ジュードのほっぺをもみじの小さな手でペチペチと叩きながら、何度もじゅーた。と言う。

 もしかして、ジュードか?

 ここにきて、ジュードも名前を呼ばれていると気づいた。

 慎翔の脇の下に手を差し入れ、持ちあげる。ブラウンの垂れ耳ウサギがキャッキャッと笑う。

「俺を呼んだのか?」

 慎翔と見つめ合いながら、そう問うと

「あいっ。」

 と、片手を上げて返事した。

 その姿の可愛さに再びぎゅっと抱きしめる。しかし、その頬をまたもやペチペチともみじのお手手で叩かれた。

 痛くはない。ただその顔を見れば、少し唇を尖らせ、さも不満そうだ。

 もしかして機嫌悪いのか?

 そう思い至ったジュードは、ベリタに聞く。

「慎翔は何か怒ってるのか?」

 どうすればいいのか分からず、ほっぺをパチパチと叩かれながら、困り顔で聞いてきたジュードを見た、ベリタ達はこらえきれずに笑い出した。

「あははは。ジュード。まこちゃんはあなたが来るのをずっと待ってたのよ。全然来てくれないから怒ってるの。ねー。」

 そう慎翔の頬をぷにぷにと突付きながらベリタが言うと、

「あいっ。じゅーた。めー。」

 きらっきらの目をジュードに向けてそう言った。

「まあ、もうそんなに喋れるようになって。私は?ベリタ母さんですよー。ほら、呼んでみて?」

 すると、唇と尖らせていじけていた慎翔は、ベリタににこーっと笑いかけると、可愛く言った。

「あい。たーたま。」

「っ。まあっ。母様って呼んだの?嬉しいわ。」

 ベリタは大喜びだ。
そこへジェレミアや子どもたちもどんどんやってくる。

「慎翔が喋ったって?」

「なんて言ったの?」

「私も呼んで。」「私も!!!」

 一気に部屋の中が賑やかになる。
 
 俺は、慎翔もベリタ達のところに行くだろうと下ろそうとした。

 ところが慎翔は、正にしがみつくといった勢いで、ぎゅっと俺の体につかまって、ギャン泣きしだした。
 そう大泣きなんてもんじゃない。ギャン泣きだ。
 正にギャーっといった感じだ。
 しがみついて、鼻水と涙で顔をどろどろにしながら赤子が叫ぶ。

「いやーっ。やーのっ。じゅーだやー。やー。やーの。」

 それに触発されて、サミュエルも泣き出した。

 今までこんな風に泣き叫んだことの無かった慎翔に、みんな驚きを隠し切れない。

「えええ。どうすんの?これ。」

 気がつけばトーマス達年長組も揃っていて、この惨状に眉を下げている。

「とりあえず、ほら。ジュード。抱っこして、よしよしして。」

 ベリタに言われてその通りにする。
 抱き上げたら、慎翔の耳元にそっと声をかける。

「慎翔。泣くな。来なくて悪かった。ごめんな。今日は一緒にいるから泣くな。」

 すると段々と泣き方が落ち着いてきて、すんすんしくしくと静かな泣き方になった。

「慎翔。泣くな。」

 もう一度、そう言いながら目元にチュッとキスをすると

「あーい。」

 ひくっひくっと、しゃくりあげながらも小さく手を上げてそう返事をする慎翔に、部屋にいる全員がほっとしたのだ。

 それからジュードの膝の上に落ち着いた慎翔を囲んで、名前を呼んでもらおうと、みんなで声をかけまくった。

「とーたま。かーたま。」

「めっさ。」「めあり。」

 ジェレミアとベリタの後に、乳母メリッサとメイドのメアリーを呼んだので、呼ばれなかった子どもたちはがっくりとうなだれている。

 しかしなんだかんだと、順番に名前を呼んでもらう。

 慎翔は名を呼ぶ人に指を指してるつもりなのか、片手を伸ばして、

「べちゅ。」「ろり。」「ちーら。」「かみゅる。」「かるる。」「りおん。」「じゃにえる。」「にゃたりい。」「とーましゅ。」

と、満面の笑顔で答えていた。

 それをみんなで癒やされながら眺める。ジュードもまた、慎翔の姿形はもちろんだが、魂、オーラ、空気、全てで癒やされていると思った。
 そして、さっきのは心の底から寂しいを伝えてくれたのだと思うと、少し距離を置こうとした事を深く後悔した。

 そんな愛しい慎翔を膝の上で堪能していると、突然モジモジして一言言った。

「ちっこ。でる。」

 すっくと立ち上がって、メリッサのところに歩く慎翔を見送った。

 しばらくして、

「まこ様は、日中はおむつ要らなさそうですね。」

 と、得意気にドヤ顔を見せる慎翔が現れて、メリッサにおむつ外れを宣言されたのだった。
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