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育て直し
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しおりを挟むふっと目が覚める。
布団の上をゴロゴロと寝返って、ううーんっと伸びをしようと、身体を起こした。
ん?あれ?
ふと感じる違和感。
なんか小さくない?
自分の手を見てギョッとする。
「え?え?」
小さな手に、小さな身体。
おれはベッドの上で途方に暮れる。
ふと見れば、隣のベッドには、もう一人赤ちゃんがすよすよと寝ている。
え?誰だっけ?この子。
大きな声が出そうだったけど、赤ちゃんを起こしたらいけないから、口に手を当てて、無理やり黙った。
おれ、なんでここにいるんだろ?
今までのことを、思い出そうと、記憶の糸をたぐる。
確か、燈翔と心琴とマクリクのお城に行って、そこで邪神イノセントの呪いを燈翔が受けたんだよね。
帰ってきて、燈翔から無理矢理呪いを剥がして…、それから…、記憶ないなあ。
ぐるりと見回せば、どうもここはメラーニ家の部屋っぽい。この部屋は知らないけど、雰囲気がメラーニのお屋敷っぽいんだよね。
ってことは隣で寝てる赤ちゃんはサミュエルか。
今度落ち着いたら会いに行こうと思ってたのに、まさか一緒に育てられてるとはびっくりだ。
ただ、サミュエルはまだまだ赤ちゃんだけど、おれはもっと大きくなってる気がする。
と、起きたからか、なんかおしっこ行きたくなってきた。
「お、おちっこ…。」
しゃべりにくい。舌の長さが足りないのか?
ただ大きなベビーベッドの柵は高く、おれの身長では超えられそうもない。柵に掴まって、情けなくも尿意と戦っていると
「失礼しますね~。おはようございます~。」
その声と共に、コンコンと軽いノックの音がして、そのまますぐにメイドさんが入ってきた。
「あら、まこ様おはようございます。どうしました?もうお目覚めですか?怖い夢見ましたか?」
優しい声音で語りかけてくるメイドさんを目にいっぱい涙をためながら見上げる。
なんかわかんないけど、幼児の思考に引っ張られてる気がする。
「おっ、おちっこぉ。」
ぷるぷるしながらそう言ったら、「はい。分かりました。」と、素早く抱き上げられて、トイレに連れて行かれて、容赦なくパンツ脱がされて、便座に座らされて、見られながらおしっこしたよ。
おれの羞恥心なんて知らないよね?向こうは赤ちゃんだと思ってるんだもんね。
おれもだんだんと思い出してきて、恥ずかしさのあまり、不機嫌な演技しかできなかった。
「まこ様上手に出来ましたね。」
幼児用の分厚いパンツに腹巻きのついたハイウエストのズボンを、ぐいっとあげられると、ベビーベッドに戻された。
布団を蹴飛ばしてもお腹が冷えないようになってるのか。すごいなあ。
なんて思いながらも、恥ずかしさのあまり布団にうずくまった。
「まあ。まこ様、今日はごきげんななめですね。やっぱり寂しいんですね。」
メリッサの声が後ろから聞こえるけど、おれはそのままお尻を向けて丸まっていた。
寂しいはよく分からないけど、この状況は恥ずかしい。
あんな全部みんなに見られたのかと思うと、いくら赤ちゃんでも恥ずすぎる。
どんくらい赤ちゃんだったの?
記憶が蘇ってくる。
あああっ。恥っずっ。と、大きな声が出そうになるのを、枕に顔を埋めていくこらえる。
メラーニ家のみんなにめっちゃ可愛がられてんじゃん。おれ。
昨日ジュードが来てくれて、夜には帰っちゃったんだよね。めっちゃ泣いて、一緒に帰りたいって思ったのを思い出す。
そしたらジュードが
「今は慎翔は記憶のない赤ちゃんだからな。ここの方が安全だから。もうちょっと大きくなったら、一緒に帰ろう。」
と頭をナデナデしながら言ったんだ。
でもおれは悲しくて泣きながら、その後の食事やお風呂の世話を受けて、グズグズと泣きながら寝て、そして今朝ってワケ。
けど、思い出したけど、それを伝えるのはとても恥ずかしい。
なので、おれはしばらく赤ちゃんのままで過ごすことにする。うん。それがいい。
昨日までも「あーい。」と名前くらいしか喋れなかったんだから、そのままあぶあぶしとこう。うん。
お手洗いだけは恥ずかしいけど、しょうがない。
ジュード。今日も来てくんないかな。
おれはピアスの存在をすっかり忘れて、不機嫌でいじけた赤ちゃんのふりを続けたのだ。
おれの願いが通じたのか、お昼寝をしておやつを食べてる時に、扉がノックされて、ジュードが入ってきた。
ちょっと今日はまこちゃんは不機嫌ねえ。と、ベリタ母さんに言われながら、モソモソと小さな焼き菓子を食べていたおれは、ジュードの姿が見えると、バッと立ち上がろうとした。
しかし、ベビー用の椅子に座り、落下防止のベルトをされ、エプロンをつけられていて、身動きが取れない。
これもまた気恥ずかしくて、「うー。」と唸る原因だった。
エプロンを毟り取ろうとすると、メリッサに優しく止められる。
「無理やりされると、お怪我しますよ。もうおやつはおしまいですか?」
そう言いながらおれのエプロンを外して、子供用の椅子からおろしてもらう。
とてとてとジュードのところに行って、抱き上げてもらう。
すっごい嬉しそうな顔してんなよ。おれも久しぶりにジュードの顔を見れて嬉しいよ。
そう思いながらジュードの首にぎゅーっと抱きついた。
「じゅーど。おしゃんぽ。いこ。おしゃんぽ。」
拙い言葉で部屋から出るように促す。
ジュードはおれを抱っこして、目が合う。
ほんのわすが、たぶんおれにしか分からないくらい。ほんとにちょっとだけ、目を見開いた。気づいてくれた?
「そうか。うん、散歩か?少し慎翔をお借りしても良いですか?」
そう言って、二人で部屋を出る。みんなついて来ようとしたけど、不機嫌なおれに「やーの。じゅーだけ。」と、怒られて、しぶしぶ引き下がっていた。
ごめん。でも、おれはジュードと二人になりたいんだよ。
廊下を歩くジュードに抱っこされた幼児。それが今のおれだ。
「じゅーど。」
庭に出て、二人だけなのを確認してから、おれが頬に手を当てて呼ぶと、翠の瞳がじっと見てきた。
「…慎翔か?」
ぽそりと聞かれ、おれは
「あかちゃん。なっちゃったね。」
と、へらりと笑った。
その途端ぎゅうっと抱きしめられた。ちょっと力強すぎるくらい。
「うええ。」
変な声が出るけど、おれも全身でぎゅっと抱きついた。
「マクリクの事は、本当に悪かった。慎翔のおかげでみんな無事だった。…俺は、俺は…。」
段々と小さくなるジュードの声は少し震えてるみたいに感じた。
おれはジュードの瞳をじっと見つめる。
綺麗な緑色。少し潤んでいるようにも見える。
「赤ん坊になってしまったら、謝ることも出来なかった。」
おれもしばらくは本当に赤ちゃんだったんだよ。やっと思い出したけど。
確かにジュードはあんまり来てくれなかった。
おれの胸がキュってなった。ジュードも寂しかった?後悔させてたの?
ジュードがつらそうにしてる。それは嫌だった。
「じゅーど。ごめちゃい。」
謝りたいけど、おれの口は上手く喋れない。舌っ足らずなんだよ。
その喋りにくそうな様子を見てたジュードは、フッと笑う。
『念話でも上手く喋れないか?』
聞こえてきた言葉に、ハッとなる。
『っあっ。ジュード。聞こえる?ごめんね。心配かけて。おれ元気だよ。』
『っ。慎翔。』
慌てて念話で声をかけると、ジュードに再びぎゅっと抱きしめられた。
おれも目一杯ぎゅっと抱きついた。
見つめ合って、いい雰囲気になって、おれは目を閉じる。
所謂キス待ちだが、ジュードは息を詰めて止まってるっぽい。
瞳を開くと、困り顔をしたジュード。
「いくら慎翔でも、この姿だと俺が犯罪者になるな。」
苦笑いしながら、そう言われて、自分の今の姿を思い出す。
幼児にマジキスは確かに変態っぽい。
ここはメラーニ家の庭で、家の中には、父さん母さんをはじめ、メイドや執事さんたち使用人さんたちもたくさんいる。
たぶんジュードが子連れで廊下を歩いているのも珍しすぎるからか、すれ違う人たちは何度も二度見してた。
『帰って二人っきりになれたら、離さないからな。』
目と念話で強く伝えられて、おれは真っ赤になりながらうなずいた。
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