103 / 106
育て直し
4
しおりを挟むエリザベスはお姉さんぶって、優しい声でその子を呼ぶ。
「おいで。ほら、ここまで、歩いていらっしゃい。」
少し腰を屈めて、両手を広げて、もう一度声をかける。
机に手をついてつかまり立ちをしていた子が、エリザベスに顔を向けて、にこーと笑顔で手を伸ばしながら、拙い足取りでエリザベスに向かって歩いてきた。
よたよた、パタッパタッと音が聞こえそうな大きな動きで一歩一歩と歩いてくる姿は、おむつで膨らんだ下半身がアヒルかガチョウのようで、見る者をめろめろにしていた。
乳母のメリッサとベリタ、侍女のメアリーもにこやかにその様子を眺めている。
室内の僅かな距離ながら、その子には大冒険だ。一生懸命両手を開いて、エリザベスの元まで歩く。ついにたどり着き、ギュッとエリザベスに抱きしめられた。楽しそうにキャッキャッと笑う。
「まこちゃま。よく出来ました。すごいねー。」
エリザベスにとって見れば、可愛い弟が二人も出来たのだ。ちょっとお姉さんぶりたいのもあるのだろう。毎日率先してサミュエルと慎翔のお世話の手伝いをしている。
まあほぼ乳母がするのだが、エリザベスもまた一生懸命な様子に、メリッサも笑顔でお願いできることはお願いしている。
「エリザベス様。今度はサミュエル様のお相手をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんよ。けれど、サミュエルはまだじっとしているだけだから、本当に見てるだけなのよね。」
と言いながら、ぬいぐるみのウサギをサミュエルのそばで揺すって見せている。
それはそうだ。サミュエルはやっと首が座ったところだ。これは正しい成長スピードなのだが、慎翔の急成長のせいでみんなの認識が少しズレてしまったのは否めない。
コンコン。
軽いノックの音に、メアリーが扉まで行くと、青い光を確認して扉を開き、横に避けて頭を下げた。
「おや?慎翔はいつの間にこんなに大きくなったんだい?」
それに軽く手を上げて、やってきたのはジェレミアだ。エリザベスと慎翔の二人を軽々と抱き上げる。
「もう。お父様。ごあいさつはさせていただかないとこまります。それにベスはもう小さな子どもではないですの。」
右腕に縦抱きにされ、軽く頬を膨らませながら、不満を伝えるエリザベスと、それを横目に慎翔は、キャッキャッと笑いながらごきげんに左腕に縦抱っこされている。
エリザベスももう六歳を迎え、以前のような天真爛漫さから、少しずつ落ち着いた行動がとれるようになってきた。
それは上の姉たちや母の姿をお手本にしたものだ。
「かわいいレディに怒られてしまったよ。素晴らしい挨拶をありがとう、エリザベス。それにしても君は慎翔かい?」
エリザベスをおろして、綺麗なカーテシーを見せてもらい、腕に残る子供をまじまじと見る。
昨日は寝返りしたと聞いたけど、一日で歩いているとは思わなかった。
ジェレミアもベリタもどんどんと大きくなる慎翔の成長を少しでも心に残したいと、なるべく時間を作ることにしている。
慎翔は未だにに赤ん坊の意識のまま、しかし、ぐずることは殆ど無く、いつもにこやかにメラーニ家で過ごしていた。
その間、ジュードが昼間に来たのは数回で、夜中に眠っている姿を見に来たことも数回。ジュードがぽそりと本音を漏らしてからは、昨日は夜も来ていない。
ベリタや他の大人たちは気づいていた。
機嫌よく過ごしているようでも、誰かを待つように、時々扉を見つめているのを。それはただ一人だけなのだということを。
ナタリーが試作品の服を持ってきた。
エステルとレオノーラは、ロンパースやショートオール、カバーオールを型紙から起こして、直ぐにものにした。
サキはすぐに綿でも肌触り良くなる布地を開発したし、そのおかげで肌着の着心地も良くなったはずだ。
マジックテープはまだだが、ボタンで前身頃や足元を留めて、ドレスタイプから、足の動かしやすいパンツタイプまで、様々なのを持ってきた。
メリッサが一枚一枚広げて、着せ方などを確認している。
サミュエルはまだまだ寝返りもまだなので、カバーオールの足元はドレスタイプにしていれば、おむつ交換が楽だ。
慎翔はもうつかまり立ちやおすわりもするので、ロンパースを着せたら良いのではないかという話になった。
エステルは元々の見本にあった恐竜の着ぐるみパジャマを見て、茶色の垂れ耳ウサギの着ぐるみロンパースを作ってきた。
「まあ、可愛い。明日、まこちゃんに着せてみましょう。」
ベリタもすっかりノリ気で「これもいいわ。」「これは違う色でも作れそうね。」と、仕事モードでチェックしたりダメ出ししたりしていた。
着せ替え人形になりながらも、慎翔はニコニコと遊んでいた。
「おもちゃ欲しい人ー。」
と聞くと、
「あーい。」
と、手を上げて答えるようになった。
もうそろそろ意味のある言葉を喋るのではないかと、みんな興味津々で、なるべくならその最初は自分の名前が良いと、メラーニ家の人々は、そう思っていた。
茶色の髪をキラキラさせながら、楽しそうに過ごす慎翔の様子に、みんな目を細めていた。
ちなみに子供服部門から新しく売りだされる様々な服が、大ブームになるのはもうすぐの話。
70
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる