愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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育て直し

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 サキはミラコに作られた自分の工房にいた。
 目の前に魔法の手紙がヒラリと飛んでくる。急ぎで距離が近い時によく使われる方法だ。開いて見てみる。

 今すぐにメラーニ本店に来てほしいとは、驚きながらも、仕事は他の者に頼んで、本店に行くことにした。

 工房に作られた転移陣を使えば、すぐに行ける。

 ガチャリと扉を開いて部屋を出ると、すでにメラーニ家からの迎えが立っていた。

「ええ?そんなに急ぎなのかい?」

 長身に金髪のイケメン騎士オーレンはにこやかにうなずいた。

 こうしてマサのメラーニ本店の中にあるナタリーの部屋に、数人の職人と共に、大きな机に向かって座らされている。

 目の前の机には見たこともないデザインの小さな子供服。
 生成りよりも白い綿布でできた肌着は、触り心地も良さそうだ。

 他に小さなドレスもある。

「…これは…。」

 隣にはメラーニ商会被服部門のデザイナーのエステルが、サキと同じ顔をして、それらを眺めている。

 目の前には脚を組んで座っているナタリー。

「これを分析して、新しい商品を作って欲しいの。」

「え?誰かの作品を勝手に商品化したら、問題になるんじゃない?」

 エステルはすかさず答える。サキも横でうんうん頷く。

「なんか大丈夫みたい。これを売るのはダメだけど、これを元に商品開発して販売するのは構わないって。神様からの伝言。」

「は?」

「え?」

 エステルもサキも同じ反応だ。

 いきなり神様の伝言と言われても意味がわからない。

「なんでも神様の世界の物らしくて、使っていいのは愛し子の慎翔さまだけって。あとはサミュエルだけね。
メラーニ家からは絶対に出してはならない。って、ここに書いてたの。」

 ナタリーが取り出したのは手紙だ。

 きっとこうなることを見越して、心琴がナタリーに宛てた手紙を入れたのだ。
一応心琴も位置づけは神様だ。

「な、なるほど。」

「確かにこの布も見たことないねえ。」

 エステルもサキも納得して、それぞれ商品を手に取って確認しだした。

「肌着は紐で結ぶんだね。縫い目を表に出すと子供の肌にダメージが少ないのか、考えたことも無かった。
子供服…。今まであんまり考えたことなかったけど、奥深いね。」

 エステルはブツブツと独り言のように呟きながら、考えをまとめているようだ。

 エステルはナタリーの同級生だ。初めて会った時、男子ながら、全く肉付きの良くない、ひょろひょろした身体に、いつも悪い顔色を見て、ナタリーも面食らった。
 彼が描いていたデザインのラフ画をチラリと見るまでは。

 彼は服のデザインを考えるのが好きすぎて、寝食を忘れてしまうタイプだったのだ。

 ナタリーはその彼に、きちんとした生活を叩き込み、卒業後はそのままメラーニ商会で雇用してしまった。
 
 以前慎翔がデザインしたメイドと商会の制服を最終的に形にしたのはエステルだ。

 そして、ここにはもう一人、メラーニ商会で長らく子供用品全般の商品担当であるレオノーラという女性がいる。ネズミの大きな耳を持った、エプロンの可愛いおばあちゃんだ。

「まあまあまあ。これはなんて素敵でしょう。これも、これも。」

 さっきから若返って、少女のようになって、机の上の品を見ている。

「エステル。レオノーラ。
二人にはこれらの商品開発をお願いしたいの。
とりあえずは、この肌着とドレスね。」

「そうですね。お披露目会の時に着る服は、今まで無かったですからね。型紙におこしてみます。」

「そうねえ。このヘッドレストも可愛いわ。
レースが少しだけあしらわれてるのも良いわ。
あら、それに柔らかい肌触りだわ。」

 レオノーラの言葉に反応して

「そうなの、そこでサキの出番よ。」

 突然名前の上がったサキは、目をまんまるににして背筋を伸ばす。

「レースを編む糸が違うと思うの。
あとはこれを作って欲しい。」

 ナタリーが出してきたのはおむつカバーだ。

 お腹周りのテープをペリペリと剥がしていく。

 三人共目を見開いた。

「こ、これは…。なんですか?」

「わからないわ。でも、これがあれば服飾業界は大きく変わるわ。」

 サキはおむつカバーをまじまじと手に取り、テープの部分を触ったり横から見たりしていた。

「へえ。なるほど。こっちが丸くなってて、反対の面はカギになって引っかかって張り付くようになってるんだね。」

 それは現代ではおなじみマジックテープ(面ファスナー)だ。

「これを色々な服の留めに使えないかしら?」

 何度かペリペリと貼ったり剥がしたりを繰り返していたサキは、布地に別の凹凸の布地を縫い付けているのに気付いた。

「作れそう?」

「そうだね。ちょっとこれをもう少し確認させて貰えたら、いけるかと思いますが。」

 そう言いながら糸を取り出して、スキルで編み始める。しかし、普通の糸では柔らかいので、うまくいかない。

「この硬さをどうやったら出せるのか、帰って色々と試してみます。なので、今日のところはこれで失礼します。」

 サキは頭を下げると、見本のおむつカバーを、誰にも見せない約束で預かって出ていった。大体、おむつカバーの防水性のある布地も見たことも触れたことも無い。
 これと同じものを作れるか、これはサキの大いなる挑戦だ。面白い素材にすっかり夢中になってしまった。
 こんなおばさんになって、忙しくなるなんて思っても見なかった。知らぬ間に笑顔になりながら、自分の工房に帰っていった。

 部屋に残ったのはエステルとレオノーラだが、二人もナタリーには目も触れず、あーでもない、こーでもないと意見を出し合っている。

「あとは金属の加工に詳しい者を呼んで。」

 ナタリーはもうひとつ見つけた細工をなんとか出来ないかと考えていた。

 少し大きめの子供服の上着につけられたギザギザの留具。
 小さな突起を滑らすとそれが上下に動く。

 しかし留め方がわからず、みんなで試行錯誤していたら、ダニエルが、「あっ。できたかも。」と、留具をスライドさせた。

「これはまたすごいね。」

 トーマスはため息混じりに何度もそれを開けたり、閉めたりしている。

「仕組みはわかるけど、作るのは難しいかしら?」

 ナタリーの問いかけに

「いや、できると思う。これは私に任せてもらってもいいかな?」

 トーマスには何か案があるらしい。と、その時

「こっ、こっ、これは!!」

 エステルの大きな声にみんなが目を向ける。彼の手には子供服のズボンが握られている。

 大人のチノパンを伸びる布地で子供用の大きさにしている。
 彼が注目したのは、前面から股ぐりにかけて描かれたデザインだ。大人用ならば、ウエスト部にボタン。その下側にはファスナーがあって、ズボンの上げ下げが楽になる。
 子供服はファスナーは皮膚を挟むといけないので、ゴムウエストだが、絵でボタンとファスナー部が描かれている。

 ちなみにズボンのウエスト部はベルトか紐で締めている。下着も同様だ。

「店長。ちょっと篭もりますね。デザインが山ほどおりてきて、今すぐ描き起こさないと。」

 エステルの頭の中には、ゴムウエストを使った下着や、ボタンとファスナーのズボンなど、様々なデザインが次々と浮かんでいた。

「これ、作れますよね?」

 エステルはトーマスが任せてほしいと言ったファスナーを指して聞いた。

「そうだな。三日待ってくれたら。」

エステルは頭を下げると、部屋を出て行った。残されたレオノーラは落ち着いた様子で

「私もこのペリペリを使った物の試作品を準備しますね。」

 こうして、メラーニ商会からまた、新たな技術が広まって、服飾業界に大きな変革を起こしていくのだけど、これはまた別の話。
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