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隣の国はどんな国?
1 事件の始まり
しおりを挟む誰もいない白い部屋のなか、最愛の人とふたりきり、
「…ごめんな、慎翔。俺が悪かった。…本当に…。」
ジュードは小さな声で謝る。しかし、その謝罪に答える声は無い。
泣き疲れて眠ってしまった身体をぎゅっと抱きしめた。
それはいつもよりも、ことさら優しく慈しむように。
眠る慎翔の額に優しくキスを落とした。
「さて、何を言われても仕方ないな。叱られるだろうが、相談するか。」
ジュードはふぅと息を吐いて、慎翔を抱き上げて、もう一度額にキスを落とすと、慎翔を抱きしめて、白い部屋から出て行った。
*******
慎翔がこの世界に来て、二人で暮らし始め、もう二年だ。
ギルドのクエストをこなしたり、世界を旅したり、楽しく過ごしている。
ある日、慎翔はマサの近くにあるミラコという小さな村に目をつけた。
その村に行って、実際に見て回って、大きな農場を作る計画をメラーニ商会に持ち込んだ。
そして完成した農園を土属性のスキル持ちである、花屋のガローファノに全部任せたのだ。
最初は渋っていたガローファノだったが、メラーニとは別に商会を立ち上げて、そこにメラーニ商会が後ろ盾になる形になったことで、ガロもノリノリで温室なんかをバンバン作った。
希少な薬草を慎翔が持ち込んで、それを栽培したり、近くの山までもどんどん開墾して、果樹園も作った。
もちろん果樹の最初はみかんだ。
普通なら実が取れるまで、三年はかかるのだが、それはスキルの力で、今では大きな果樹園が広がっている。
ガロは同じ地属性スキルの人を集めて、大農園を作った。
かなりの規模の商会になったけど、彼はそれらを上手く経営している。足りない人材はメラーニ商会から、農場経営に興味がある人たちを募った。
およそ一年で十分な成果を上げ、軌道に乗り、今度は村の隣の地区に、それらを加工する工場を建てる。
こうして…
「…出来た。」
原材料となる薬草の栽培に成功したことで、安定供給が可能になった。そこに調合スキル持ちが集まって作り上げた、伝説最強の薬。
エリクサー。
瀕死の重傷にある程度の欠損、大抵の解毒作用もある。
これの安定的な生産に成功したのだ。
とはいえ、量産は難しく、毎月一定の数を作ることが出来るようになっただけだが、それでもギルドの大型魔獣の討伐クエストや、スタンピードが発生した時に、ある程度まとまった数のエリクサーを配布できる。
今まではダンジョンの宝箱からしか出なかった、伝説の回復薬が、ずっと手軽に手に入れられるようになったのだ。
ガロは立ち上げた商会の名を、自分の最愛の人の名を取り、ペスカ商会とし、薬草全般の卸業者になって、世界中を相手取り、勢力を拡大し、後に世界一の製薬会社になるんだけど、それはまた別の話。
慎翔は気が向くと、遊びなのか視察なのか、ガロの農園を見て回っている。
「ガロさーん。こんにちはー。」
農園で別の地属性のスキル持ちの人達と、話しているガロを見つけた慎翔は、大きな声をかけた。
「おう。今日は何の用だ?マコトのおかげでオレは、人生で一番忙しい日々を送ってるぞ。」
それに手を上げて笑いながら答えるガローファノ。慎翔も胸を張って笑いながら答える。
「おれの目に狂いは無かったね。ペスカ商会は凄いって、有名だよー。みかんもあるし。やっぱりガロさんすごいよー。」
「はっ、元はお前の持ってきた種だろう。俺はそれを育てただけだ。買いかぶりすぎだろう。バカやろう。」
ガローファノは照れながら、慎翔の背中をポンポンと叩いた。
慎翔はニコニコとガロを見上げた。
「そんなことないよ。ガロさんだから、ここまで大きく出来たんだよ。」
「そうか。やり甲斐は確かにかなりあるな。まあ、せっかく来たなら、ゆっくりしていけ。」
そう言いながらガロは慎翔を工場にある応接室に案内する。
工場内を歩いていると、声がかかった。
「あ、ナカセー。」
前からガロの息子のダンが歩いて来て手を振る。
「あっ、ダンさん。こんにちはー。ロビンさんも。こんにちは。」
ダンの隣りにいるのは同じ冒険者仲間のロビンだ。
ダンは大剣使いだが、ロビンは細身の長剣を使う剣士だ。焦げ茶のクセッ毛を少し伸ばして後ろで一つに縛っている。
ダンとは仲が良いのか、よく一緒に行動しているのを見かけた。
「何してるんですか?」
「ん。なんか大型の魔獣の討伐依頼が出て、行くことになったから、ちょっと顔見せとこうと思って。あと、薬をちょっともらっていこうかと。」
「ロビンさんも?」
「おう。おふくろについでに会ってく。」
ロビンはこのミラコ村出身だ。
かつては特に産業も何も無い、のどかな村だったが、それでは生活出来ないと、生業を冒険者にする者が沢山いた。
ロビンもその一人だ。
「まあ、俺はこの討伐で冒険者は引退して、村の手伝いしようと思ってんだ。護衛が足りてないって聞いたし。」
ガロの農園に、薬品加工工場、サキの染め物工場に生地生成の工場など、気がつけば規模が大きくなり、人口も増え、どんどんと村の面積が広がっていった。
ついには物流の面などからマサの街に吸収合併されることになり、今は街を囲う高い石造りの外壁と門の拡張工事が進められていた。
この高い石壁で街を守っている。
いつしかマサは首都シントに次ぐ大都市になっていた。
マサの街ミラコ地区となった元ミラコ村は、今や国からも一目置かれる、第一次産業革命の一大拠点となった。
人が増え、ガロの周りも安全とは言えなくなって、息子のダンのパーティが護衛に付くことも多い。ダンも、ロビンと同じ気持ちらしい。
二人はこれで引退だと、笑いながら慎翔と別れた。
慎翔も「頑張ってね。」とガロのとは別のエリクサーを、こっそり渡して笑顔で見送ったのだった。
しかし、それから1ヶ月たっても、ダンとロビンは帰って来なかった。
今回の大型魔獣の討伐は、思った以上に規模が大きくなっていき、まさかのスタンピードとなった。
ダンジョンから魔物が溢れたのだ。
初めの見立ての甘さにより、多くの冒険者の被害が出た。
そうなって、ジュードも参加することとなったが、遅すぎたと言わざるを得ない。
結果、ギルドにもかなりの批判が出ていた。
それを捌くギルマスたちも忙しそうだ。
そして慎翔はジュードの不在中、ギルドに毎日顔を出すように言われていた。
本当にみんな心配性だなぁ。っと思うが、安心させるために素直に今日もやって来た。
ついでに市場で串焼きを買って、もぐもぐと食べ歩きしながら、ギルドの扉を開く。
そこには討伐に出ていた冒険者達が、何組か戻ってきていて、いつもよりも騒ついていた。
慎翔がぐるりと見回すと、無事に帰ってきたことを喜ぶ様子や、称える姿がそこかしこで見られた。
その賑やかな一団から離れた端っこで隠れるように居たダン達の姿を見つけた。それを見て慎翔は駆け寄った。
「ダン。おかえり。大丈夫だった?」
「………ああ。俺達はな…。」
他の冒険者たちは帰ってきたことを喜んで、明るい。しかし、ダンにいつもの明るさは無く、顔色が悪い。ダンのパーティメンバーも同じだった。
「どうかしたの?」
「今からギルマスに会うから。話はまた後でな。」
そういうダンに、色々と聞くことも出来ずに、「じゃあおれも行く。」と、慎翔もついて行くことにした。
コンコン。
ノックの後に「おう。入れ。」と声が聞こえて、中へと入る。
「おう。ダンか。ご苦労だったな。」
「……はい。」
ダンの返事にウルススも怪訝な顔をする。
「どうした?なんかあったのか?」
「…あの、これを。」
ダンは綺麗な布にくるんだ何かを取り出す。
すっと、無造作に紐で結ばれた塊をダンは差し出した。
慎翔はその見慣れた色と長さで髪の毛である事に気づく。そして、ドクンッと心臓が跳ねた。
「……これは、誰のだ?まさか…」
ギルマスが聞くと、ダンはうつむいて
「ロビンの遺髪です。」
とだけ言った。
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