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新しい世界
74 七色の湖 2 ジュード
しおりを挟む俺が渡した小さな箱。
中には金の指輪が二つ。
慎翔は指輪の入った箱を持って固まってぼそりとつぶやく。
「……これ。おれに?」
俺は二つ入った指輪の一つを取ると、慎翔の左手を持ち上げた。
『婚約は右手の薬指。結婚は左手の薬指だからね。間違えちゃだめよ。』
ミコトの言葉を思い出しながら、そっと左手の薬指にはめた指輪は、すぐに慎翔の指にピッタリになる。
ものすごく緊張した。
…俺の震えが伝わったりしてないだろうか?
お互いに息を詰め、指輪を見つめる。
左手をのせた手が熱い。
慎翔の指に光る指輪を見ると、ジワジワと実感がこみ上げた。自分でも口角が上がるのを感じる。
慎翔の顔が上を向いて、俺と目があった。俺の顔を見て、慎翔がニッコリと満面の笑みを見せた。
俺はゆっくりと説明する。
「ヒノトとミコトに聞いたんだ。あっちの世界では結婚を決めた相手に指輪を送るって。」
「うん。」
「だから、誕生日という特別な日に、これを渡そうと思ってた。」
「うん。」
慎翔は静かに聞いてくれる。
ハッと何かに気づいた慎翔は、そっと手を離すと、持っていた箱を敷物の上に置いてもうひとつの指輪を取り出した。
少し赤い顔をしながら
「ジュード…。えっと、あの…、手を…。」
うつむきがちにそう言いながら、さっき指輪をはめた左手を差し出してくる。
俺にも指輪をはめてくれるなんて、笑っているのに涙が出そうだ。
手をのせると、するすると薬指に指輪が嵌った。
シュルルッと指にピッタリになる。
俺は腕を上げて、手のひらを空に向けた。左手の指輪がキラリと光る。
慎翔が隣で同じように左手を上げる。
俺は同じ高さで見たくて、少し腕を下げて、横に並んだ。太陽の下で二人の金色がキラキラ光る。
「おそろいだね。」
慎翔が言うので
「ああ。おそろいだ。」
俺も答えた。
答えながら、自分の中で決意する。
言うなら今だ。
と開いていた手をギュッと握りしめた。
「慎翔。大事な話があるんだ。」
向かいあって座る慎翔にそう言えば、
「は、はい。」
っと戸惑った様子で答える。そして話を聞くために視線はしっかりとこちらに向けられた。
もし本当の姿を見せて怖がられたら…。真っ直ぐこちらに向けられる視線を受け止めるだけの余裕は無かった。不安から慎翔の視線から目をそらしてしまうと
「な、何?おれなんか嫌なことした?」
と、不安気な慎翔の声がする。
ハッと前を向いた。
慎翔を不安にさせたい訳じゃ無いんだ。俺の気持ちの問題で。
慎翔ならきっと…。
俺は静かに口を開いた。
「嫌なことなどしてない。…俺のことなんだ。」
頭に巻いたバンダナを外す。
「俺は、その、人間じゃなくて、その、魔族らしい。」
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「本当の姿がある。それはとても今の姿とは違うんだ。それを慎翔に見せるのは、少し怖い。」
額の両側にある瘤に気づいたのか、目を見開いている。
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驚いてビクッと身体が跳ねる。
驚く俺をよそに、あろうことか慎翔は瘤に唇を寄せてきて、軽く触れるだけのキスをした。
俺はあまりの衝撃に言葉がなかなか出なかった。
唇を離した慎翔の真剣な眼差しが俺に突き刺さる。
「…気持ち悪くないのか?」
なんとか絞り出した言葉に慎翔は、首に腕を回して、俺の頭を抱えて耳元で言う。
「全然。おれだって作り物らしいし。っていうか、見たい。ジュードの本当の姿。」
頭の拘束が緩んだところで、慎翔の顔を見る。
はははっと慎翔が声を出して笑った。よほど俺はびっくりした顔をしていたらしい。
「見せてよ。ジュード。」
いつもの笑顔で左手を取られた。指をすりすりとすりあせられ、指輪と指輪が小さくカチリとぶつかった。
見つめる顔は少年の顔から、大人びた表情が混じり、俺はドキリとする。
慎翔はいつも俺の背中を押してくれる。
しかし「見たい。」にすぐに応えるのは、俺にはとてつもなく勇気のいることだ。
慎翔にはいつも笑顔でいたいと思うのだが、どうしても苦笑いのように引きつってしまう。
それでも声を振り絞った。
「どんな姿でも、本当に逃げないでくれよ。」
すると慎翔は今までで一番の笑顔で、笑いながら言うのだ。
「見せてくれなきゃ、わかんないよ。」
俺は深呼吸して気持ちを落ち着けると、立ち上がって、慎翔の前に立った。
「ただ変身するところは見られるのは恥ずかしいから、少し後ろを向いてもらえるか?」
慎翔は少し後ろに下がると、後ろを向いて座った。顔まで隠して、明るく言った。
「はい。見てないよ。」
その明るさにどれだけ救われているか、慎翔は知らないんだろうな。
その後ろ姿を見つめながら、勇気を持って、本当の姿を見せてみようと思う。
「ありがとう。慎翔。」
そう言うと、上に着ていたシャツを脱いで、上半身裸になる。
翼で服が破けてしまうから、仕方ない。
もう一度大きな深呼吸をして、魔力を開放して、元の姿に戻る。
自分の手を見て黒光りする皮膚が見えた。角が伸び、翼もある。
本当は額からもう一本、角が出るし、尾もある。しかし、今はこれで十分だろう。
目の前にはしゃがんでいる慎翔の後ろ姿。声をかけようとしたが固まってしまう。
今振り向かれると、全て見られる。そう思った時、あの時の子供達の言葉が蘇る。
「バケモノ。」
もしも慎翔が俺を見てそう言ったら…。
言い知れぬ不安に襲われ、その場で一歩も動けなくなる。
暑いわけでもないのに、変な汗がつうーっと伝う。本当にほんの僅か、自分の手が震えて、黒い霧が自分から出ているのが分かった。
黒い霧……。暗い感情に意識が持って行かれる。
その時、目の前で小さく座っている慎翔が揺れ、気遣うような声で聞かれた。
「ジュード?大丈夫?…やっぱりやめようか?」
「…っ。」
俺はその声にハッと我に返り、全身ビクリと跳ねた。
俺の今までの感情は恐怖だ。
そんなもの今まで生きてきて、ほとんど感じたことは無かった。
しかし、今、慎翔に拒絶されるかもしれないと考えただけで、世界の全てが真っ暗になるようだった。
だが、その慎翔の声のおかげで元の俺にも戻れた。
きっと大丈夫だ。不思議とそう思えた。
それでも気持ちを落ち着けるために、何度か大きく深呼吸して声をかける。
「すまない。待たせたな、もう大丈夫だ。」
その言葉を聞いて、慎翔はゆっくりと立ち上がり、振り返る。
わざわざ手で顔を隠してる。そんな仕草も可愛い。
すると手を下ろして、ゆっくりと目を開いた。
慎翔は何度か瞬いて、俺をじっと見ている。その目に恐怖や嫌悪は感じられないような気がする。願望かもしれない。
本当の姿を見せると言っておきながら、途中でやめてしまった。少しでも人に近い形になるように。
もしかしたら見透かされているのかもしれない。
慎翔の前では格好いい俺でありたいと、小さな見栄もあったが、今はその気持ちすらしぼんでいる。
俺はちゃんと笑えてるか?
すると突然、目をキラキラさせた慎翔が近づいてきた。俺は驚いて、後ろに下がろうとしたが、左手を掴まれた。
掴んだ手を、まじまじと見ながら左手で俺の左腕に優しく触れた。肌触りを確かめるように撫でながら、笑顔で言う。
「綺麗な肌だね。ツルツルだ。」
俺はつい聞いてしまう。
「恐ろしくは無いのか?」
慎翔は本当に不思議そうに、理解できないと言った感じに首を傾げた。
少し考えたあと、今度は右手を掴まれた。両手をぐいと引かれ、腕を広げた形になる。その胸の中に慎翔が飛び込んできた。
胸にある翡翠の石。俺の本当の名前の由来だ。
人間に変身した時に瞳の色を緑にして、名前の由来だとごまかしたのだ。
今、そこに慎翔のふわふわの頭が見える。
見せるだけのつもりだった。なのに、慎翔がどんどん距離を詰めて触れてくる。
俺の緊張は最高潮で、浅い呼吸を繰り返していた。
心臓も早鐘を打っている。
なんだか眩暈がしそうだった。
「ジュード。大好き。めっちゃかっこいい。いつものジュードも、今のジュードも、本当に、本当に、全部好き。」
突然胸元から声がする。抱きついてきていた慎翔が顔を上げた。今までにない真剣な眼差し。
言われたセリフに固まる。
この姿を見ても?かっこいいのか?好きでいてくれるのか?
そしてさらに一言。
「ずっと一緒にいて。」
急に視界がぼやけて、慎翔がよく見えない。ぱちぱちと瞬きをした。
ぽたり。ぽたり。
上を見上げて俺の事を見つめる慎翔の、頬にぼたぼたと水が落ちた。
いや俺が泣いているのか?
涙を流すなんて…。たぶん初めてだ。
慎翔に触れられたら限界だった。
勝手に流れ落ちる涙に濡れながらも、慎翔は真っ直ぐこちらを見つめてくる。
おれがいるよ。
って声なき声が聞こえた気がする。
不意に老神父の優しい髭面が思い出された。
「ジュード。お前は良い子だ。今は辛くても、いつか幸せになれるよ。」
そうか、ここに俺の幸せがあったのか。
腕を回して、慎翔をぎゅっと抱きしめる。
慎翔が両手を俺の頬に当てて、精一杯背伸びしている。
俺は頑張って背伸びする慎翔に、引っ張られるままに顔を下げる。
ああ、もうダメだ。我慢できない。限界だ。
そう思ったが、今、俺の口は犬歯が大きな牙になっている。このままでは慎翔を傷つけてしまう。慌てて牙を縮める。その様子を優しい眼差しで、慎翔が見て笑っている。
どちらともなく唇が合わさった。
途中絡んだ視線がいつもよりも、色情が混ざっていた。
今日は慎翔が一つ大人になった日。
少しくらい大人にしてもいいだろうか?今だけはこの口づけを止めたくない。
最初は合わせるだけだった唇はだんだんと、どちらともなく開いていった。
「んっ。はあっ。」
ついにはお互いの舌を絡め合った。
俺との涙のキスは二人が満足するまで続いた。
俺達の周りには祝福してくれているのか、今までにないほどの精霊の光が舞って、幻想的な光景が広がっていた。
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