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新しい世界
75 初めての家
しおりを挟む長い長いキスをして、はふっと息を吐く。
「すまない。我慢できなかった。」
ジュードが申し訳なさそうに言う。目元を見るに照れてる?黒いから分かんないけど。
まあ、おれも恥ずかしくって少し離れる。
すると魔力がぐわっと広がって、黒かったジュードの肌が段々と変わっていく。
胸の石が無くなって伸びた角も縮んで小さな瘤になっていった。
ジュードが目を閉じて、次に開いたら、真っ赤な瞳が見慣れた翠色になる。
脱いでいた上着を着直して、いつものジュードになった。
笑顔でおれに向き直る。泣いたせいで目元が赤くなってた。
「ありがとう慎翔。俺を受け入れてくれて。」
そう言うと、再びぎゅっと抱きしめてくれた。
おれもへへへっと笑いながら、ジュードの背中に腕を回して、ぎゅーっと抱きしめた。
おれにはジュードのこれまでにあった苦悩とかわかんない。
でも、マサの街しか見たことないけど、こんなに人からかけ離れている人を見たことがない。
ジュードの姿に恐怖を感じる人もいたんだろう。だからジュードは人に正体を見せるのを極端に嫌ったのだと思う。
孤児院に預けられたジュード。
両親はきっと優しい人達だったのだろう。名前を伝え、お金を預けて、老神父にジュードを手渡して泣いていたらしい。ジュードがぽつりぽつりと話してくれた。
ほんの少しでも理解できたらいいと思うけど、おれはジュードに抱きついて、気持ちを伝えるだけで精一杯だ。
「ジュードこそありがとう。おれを見つけてくれて。」
おれが今ジュードと一緒にいられるのは、ジュードの人生があったから。きっと普通に生まれたら大事に育てられて冒険者にはなってないと思う。そうしたら会うことも無かった。
「ジュードが魔族だったから、おれたち会えたんだよ。ジュードがおれを見つけてくれなかったら、おれは今も迷宮で眠ってる。きっと必要な事だったんだ。」
抱きしめあっていたジュードがおれの肩に顔を埋めた。
また泣いてる?こんなこと初めてだ。
ジュードがポツリとつぶやく。
「……ありがとう。やっぱり慎翔は俺の運命だと思う。」
ジュードの背中に腕を回して
「おれも運命だと思う。離れないでね。ずっと一緒にいてね。」
とジュードの耳元に囁いた。
獣人は匂いで運命の人が分かるって言ってたけど、おれたちは魂でわかったのかな?
何故か不思議とジュードが運命なんだと納得できた。
*********************
「寒っ。」
転移で家に帰ったら、めちゃくちゃ寒かった。
「暖炉に火つける?」
おれが聞くと、ジュードは
「いや、今度はこっちだ。」
とおれの手を引いた。
七色の湖で気持ちを確かめ合って、もう一度キスをして、戻ってきた。
今度は白い部屋の扉を開く。
「え?」
いつもは白いだけのだだっ広い部屋が、元の世界の普通の部屋になってる。
カラフルな色紙で輪を繋ぎ合わせた物が、部屋の壁に等間隔でたるませながら、部屋をぐるりと飾っている。紙でできた花もたくさん壁に貼り付けてあった。
飾りに目を奪われがちだが、この部屋は対面式のダイニングキッチンにソファにローテーブルが置かれていて、ソファの前には大きなテレビが置いてある。
リビングダイニングには色々な生活用品が置いてあり、正に生活感が溢れていた。
パンッ、パンッ
突然大きな破裂音でおれはびっくりして飛び上がった。多分隣でいたジュードもちょっと飛んだ。驚くよね。あんな大きい音。
「「ハッピーバースデーお、兄ちゃん。」」
見れば空から小さな紙テープがひらひらと降ってくる。
少し何かが焦げたような匂いがした。
そこには手に三角を持った二人がにこにこしてて、
「あれ?反応薄いなあ。もう一回行っとく?」
燈翔は手に持っていた三角すいを置くと、違う三角すいを手にとった。
「あ、待って待って、それ何?びっくりしたんだけど。」
紐を引っ張りだしてぎゅっと握ったまま、おれの制止に燈翔は固まる。
「ああ、これはクラッカーって言って、大きな音が出て、お祝いする道具。」
あっちの世界ではポピュラーなのだと教えてくれた。
面白そうなのでおれもジュードもやってみた。
紐を引くとパンッという大きな音と共に紙テープが舞い飛んだ。
「魔物を驚かすのに良いかもな。」と、ジュードも面白そうにしていた。
「今日はお兄ちゃんの誕生日会をしまーす。」
心琴が右手をまっすぐ上げて宣言する。
おれはいつもの白い部屋とのあまりの違いに、キョロキョロと落ち着かずにいると、燈翔が教えてくれた。
「この部屋はね、僕達が実際に住んでる家を忠実に再現したんだ。」
「本当だったら一緒に暮らすはずだった家ですもの。」
燈翔と心琴はどうしてもここで誕生日を祝いたかったと言った。
部屋の中をふと見ると、小さな洋風仏壇があって、そこにはおれの写真が飾ってあった。
病院で色んな機械がついてるけど、にっこり笑ってるおれだ。
横のコルクボードには沢山の写真が貼られていて、病院のベッドで家族みんなが写った写真もあった。
「昔の慎翔か。凄い技術だな。絵じゃ無くて、そのままの姿じゃないか。」
ジュードも隣で写真の技術に驚きながらも、感慨深そうに写真を見てた。
「こっちに座って。ケーキ買ってきたよ。」
向こうの世界の有名店だとかいう、ショートケーキとバウムクーヘンをホールで持ってきた。
大きなろうそくをショートケーキに五本立てて、
「いくつかわかんないから、ろうそくは五本で良いよね。」
確かに勝手に年齢が変わるからよく分かんない。因みに今朝見たら十五歳だった。
ろうそくに火をつければ、燈翔と心琴が歌い出す。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディアお、兄ちゃん。ハッピバースデートゥーユー。」
歌い終わると、火を吹き消すように言われて、慌てて吹き消した。
もし昔元気だったら、やってただろう事を燈翔と心琴が教えてくれる。
嬉しくて、自然と笑顔になった。
ワイワイと食べたり飲んだりを楽しんでいると、心琴がおれの左手を見て、
「上手く行って良かったわね。ジュードさん。」
にこやかに言った。
「ああ。ありがとう。」
ジュードもにこやかに答える。
「そうそう。あの島の結界ってジュードさんだったんだねぇ。」
燈翔がバームクーヘンを食べながら言う。
「あの島の辺りは、一番近い大陸の国の人たちが、魔の海域って呼んでるんだよ。」
「え?そうなの?」
「誰も近付けない、伝説の海域。島から精霊は出てくるけど、精霊以外は出入りできないみたいでさー。なんでだろ~って思ってたんだけど。僕達、管轄違いだから、まあいっかーって。
あれ、ジュードさんが閉じちゃったんでしょ?だったら納得ー。」
訳が分からずに、戸惑っているおれたちに二人が説明してくれた。
「ジュードさんは魔族でしょ?魔族ってそっちの世界では希少なの。っていうか、多分ジュードさんだけ?」
「そうそう。邪神が魔王にしようと作ったわけだし。」
おれは隣に座るジュードの手をきゅっと握る。
「で、ジュードさんが島を見つけて、閉じた。」
燈翔が両手をパンと合わせていただきますのポーズをする。
「そうするとね、魔物達が魔王の気配を感じて、あの島に向かうの。無意識に。」
なにそれ?怖っ。
「でもさあ。閉じちゃってるから、入れないじゃん?そしたら、島の周りに留まっちゃってるの。それを知らない人間が船で通りかかって、襲われる。」
「だから魔の海域。」
ジュードがぽかんとして絶句している。しばらくして
「…俺のせいか。どうしようか。開いた方がいいか?」
ジュードが悩んでる。すると心琴が笑いながら
「大丈夫よ~。別に。魔王城って後に呼ばれるけど。人間達が勝手に恐れてるだけで、ジュードさんが何か悪いことしてる訳じゃないし。」
「そうそう。」
二人は気にする様子もなく、ケーキを食べながら、燈翔は黒いシュワシュワしたのを飲んでる。
心琴は緑のお茶だ。
「いいのか?本当に。」
まだ不安げなジュードに、おれは手を握り声をかける。
「ジュードがありのままの姿でいられる所はいるよね。だからそのままおれたちだけの島にしよう?おれもあの島好きだし。」
「そうそう大神ウラノスも良いよーって。」
しかしジュードは悩んでるみたい。
「そんな、簡単に決めて良いのか?」
「いーんじゃない?そんなに難しく考えないでも。誰の邪魔も入らずに、お兄ちゃんと一緒にいられるのよ。最高じゃない?」
「この部屋は僕達の管轄だから、二人きりでも見えちゃうからね。」
燈翔と心琴も笑いながら言う。だからおれも
「いつか、二人でこの島に住むのも良いかもね。転移で跳べばどこでも行けるし。すっごい楽しそう。」
そう笑いかけると、
「そうか。そうだな。」
と、やっとジュードは笑ってくれた。
やっぱり笑顔が一番好きだなって思った。
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