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新しい世界
69 リオン
しおりを挟むロリは赤ちゃんの時に孤児院に預けられた子だった。両親は魔物に殺されたとか。
お母様が一歳にもならない、赤ん坊の時に孤児院から家に連れてきた。
リオンはハイハイで這いまわり、周りを見回して「キャッキャッ。」と無邪気に笑う緑がかった髪色の赤ん坊の姿を見た途端、ドクンッと心臓が大きく跳ねたのが分かった。
リオンは十四歳のまだまだ子供だったが、匂いで分かった。
ジェレミアとベリタ、義両親にこの子が自分の運命であること。
ずっと一緒に居たいこと。
一生懸命説明した。
最初はいつもは大人しいリオンの慌てる姿にジェレミアとベリタは驚いたが、獣人の特性は聞いていたので、すぐに理解できた。
それにこんなに目を輝かせて話すリオンは初めてだった。
こうしてロリは養子ではなく未成年後見人としてメラーニ家で暮らすことになった。今は小さいので養子ということにし、兄弟で良い。
いずれリオンがロリと結ばれる様にと、義両親の心遣いだった。
リオンは二人が別の国に仕事に行った時に、偶然、奴隷市場で手酷く扱われているのを見て、買って連れて帰った子だ。
獣人が蔑まれる国で、立ち寄った市場で、鞭で打たれボロボロの子供が檻の中に寝ていた。見ればまだまだ幼い。五歳くらいか。
二人の声掛けで商人に引きずり出される。
二人の目の前に立たされた赤毛の獣人。三角の耳はぺしょりと伏せられ、フサフサの尻尾を股の間から前に回して胸元でぎゅっと抱きしめている。
小刻みに震えた子供の顔は下を向いて、表情は伺えないが、檻から引きずられた時に見えた目は怯えきっていた。
ベリタは獣人の子供の前にしゃがんで、優しく声をかける。
「私達と一緒に行きませんか?」
俯いた獣人の伏せられた耳の片方がピクリと動く。その後もピクピクと耳が動いて、パッと顔を上げる。
紫の大きな目がベリタの目に飛び込んできた。
「うちにおいで。」
ベリタの優しい声に、大きく見開かれた紫の瞳がみるみる潤んで、ボロリと大粒の涙が落ちた。ボロボロと涙をこぼしながら、うんうんと何度も縦に首を振った。
この時、ベリタの少し後ろに立っていたジェレミア。彼は、人には聞こえない、とてもとても小さな声で、
「うちにおいで、助けてあげる。私達は君に酷いことや痛いことはしないよ。今の生活が辛いなら、目の前のベリタに問われたら、うなずくだけでいいよ。」
そう話したのだ。獣人の子供の耳にははっきり聞こえていた。
ベリタに問われた獣人の男の子はベリタの差し出した手をきゅっと握った。
こうして二人は我が家に赤毛の獣人を連れ帰ったのだ。
家には留守番をしていた三人の子供がいた。
トーマスとダニエル、ナタリーだ。
孤児院で特に優秀なこの三人を養子にしたのは、一年ほど前のことだ。
ゆくゆくはメラーニ商会を全て任せるつもりだ。その為に、養子にした。しかし、だからといって厳しい教育をしているわけではなく、三人はのびのびとメラーニ家で過ごしていた。
しかし三人は思った以上に知識を吸収し、どんどんと成長していった。
義両親は、とある国の作物を商品として扱えないかと、二人で見に行ってくると、軽く出かけてしまった。
帰ってきたというので、三人で玄関に向かうと、なんだかドタバタしていた。
「すぐに湯の準備と、着替えと、食事を。食事は軽いものでいいわ。」
ベリタが指示を出している。後ろにいるジェレミアは、誰かを抱き上げていた。
二人は玄関に出てきた三人に気づくと、
「ただいま。」
と、普通に言った。
「おかえりなさい。あの、その子は?」
トーマスが聞くと、ベリタがニッコリ笑って言う。
「新しい弟よ。」
ジェレミアが抱き上げていた子供を下ろす。
最初に会った時のように尻尾を抱きしめているのは、不安がっているのだろう。
トーマスたちは目の前にいる少年のあまりにもボロボロで傷だらけでやせ細った姿に声も出ない。
「この子はね、奴隷市場でひどい扱いを受けててね、私、耐えられなくって。だから買って、転移ですぐに帰って来ちゃった。」
ベリタが言うと、トーマスたちはすぐに少年の前に集まった。
「なんて酷い。傷もあるし、裸足じゃない。…こんなに痩せて。」
ナタリーは涙を浮かべながら、ギュッと獣人の子どもを抱きしめた。
驚いたのは獣人の子供だ。
物心ついた時には奴隷商人のところにいて、殴られたり蹴られたり、食事もろくに与えられなかった。
赤毛で狼とも狐とも分からず、異質な存在とされ、いつも虐げられていた。
触れる人はもちろんいない。風呂は井戸の横でバケツで水をかけられるだけ。
声を出したら殴られる。いつしか、恐怖から喋らなくなった。今も驚いたが、ヒュッと息を呑んだだけで、出会ってから一言も発していなかった。
そんな少年の身体をしっかりと正面から抱きしめる少女。左右には男の子がいる。赤茶色の髪は自分のと少し似ていて、ぼんやりと見てしまう。
そこへジェレミアが声をかける。
「君たちの弟になるんだけど、名前が分からなくてね、本人もしゃべらないし。みんな、何かいい名前は無いかな?」
三人はじっと紫の瞳を見る。
耳と尻尾以外は人間と変わらない、今は耳も尻尾も毛がボロボロでところどころ禿げてしまっているが、きっときちんと整えてあげたら、フサフサのフワフワになるんだろうと思う。
三人は同時に「あっ。」と、声を出す。
「この子の名前!」
と、三人で顔を見合わせる。
「急に頭にぱっと思い浮かんだ!ダニエルも?ナタリーも?」
トーマスが興奮気味に聞く。
二人共うんうんと頷いた。
ぽかんと固まっている獣人の子の手を握り、三人は声を揃えてはっきり言った。
「リオン。君の名前はリオンだよ。」
そう言って、三人にぎゅっと抱きしめられた。
リオンと呼ばれた獣人の子は、紫の瞳を限界まで開いて固まる。今まで名前なんて、呼ばれたことは無かった「おい。」とか「糞ガキ。」「犬。」
初めて言われた。自分の名前?本当に?
ぎゅーぎゅーと抱きしめてくる三人の、後ろに立って見守っているジェレミアとベリタを見る。
「良かったね。すごく素敵な名前。」
優しく微笑んだ二人から、小さな声で言われる。
そうか。
リオン。
僕はリオンでいいんだ。
「…り、りゅお、りゅおん。りおん…。リオン!」
目からボロボロと涙を流しながら、やっと口にしたのは自分の名前。
「!しゃべった!リオンがしゃべったよ!」
僕に命が宿った日。
メラーニ家に来てから、僕の生活は一変した。
兄と姉が出来て、毎日色んな事を教えてくれた。
トーマス兄さんはその時十二歳だった。
兄さんたちが十五歳になると順番に学院に入学して行く。
ダニエル兄さんも首都に行ってしまってお屋敷に子供は僕だけになった。兄たちに教えてもらった事を復習しながら、家で寂しく過ごしていた。
ある日お父様が連れて行ってくれたのは冒険者ギルド。
そこで冒険者登録をした。そこで初めて自分の年齢が十二歳だと知った。
そこで紹介されたのが、獣人の血が濃いウルススさんだ。
ウルススさんは、耳や尻尾のしまい方や、変身できるか、獣人としての常識的な事を教えてもらった。
ディネさんにも色々と教えてもらったのは、主に間諜としての仕事だ。
ある程度慣れたらメラーニ家の間諜、所謂スパイを務めることになった。
この耳と鼻、役に立つならと仕事を覚えた。
そんな時にロリが来たのだ。
それからはずっとロリのそばにいる。兄弟が増えても、下の子の教育担当をしてきた。そしてスパイとしても。
これがリオンの過去。しかし、誰にも話すつもりは無い。子供の時の事なんて、聞かせても面白くないだろうし。
「ロリは運命だなんて知らないから。僕が解ってればいいんだ。一生守っていくつもりだからね。」
にっこりと笑いながら、おれたちに話すリオンさんは、ロリの初恋がリオンだと知らないみたい。
あんなに好きなのに、好きを返してもらえなくてもいいのかな。
おれはジュードにも好きになってもらいたいし、おれも好きを伝えたい。
リオンさんはリオンさんで重い愛を持ってることが分かった。
こうして特別授業は終わった。
詳しいやり方はカミルとカレルには指導するけど、おれはジュードさんに殺されちゃうから、僕からは無理。と笑いながら言われた。
そこはちゃんと知りたかったかもしれない。
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