愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

59 常識ってなんだっけ?

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 慎翔は一人掛けのソファに座り、紅茶をいただく。砂糖はたっぷり、ミルクも入れたい。

 流石に天下のメラーニ商会で扱うお茶だけあって、最高級品である。

 ちなみに慎翔に味の良し悪しは、残念ながら分からない。けど美味しいとは思っている。


 しばらくコクコクとお茶を飲んでいたが、ハッと思い出したように顔を上げる。

「あっ、あと、商品出来たんで、持ってきたんですけど。」

 机の上の物を片っ端からアイテムボックスに入れていたトーマスも、「何!?」と動きが止まる。

「あの見てもらっても良いですか?」

 再びソファに集合した三人の前に慎翔がいくつかのカバンを出した。

 一番庶民の間でよく見かける斜めがけの布かばん。
 背中に背負えるリュックサック。
 自分たちが仕事の時に使っているような書類の入れやすいブリーフケース。
 女性に人気に出そうな長い紐のついたサコッシュの四種類だ。


「これは?」

 トーマスが聞く。

「この間言ってた、マジックバッグです。容量は部屋くらいの大きさで時間停止はついてません。生き物は入れられないです。」

「ふむ。じゃあこれを買い取りという形で良いかな?」

 確かに初めて会った時に、次はマジックバッグだと、言っていた。先ほど我々にくれたアイテムボックスもどきに比べると、そこまで驚く事は無い。
 色々な種類のマジックバッグを一生懸命作ったのかと、トーマスは微笑ましく思った。

「あ、買い取りはどっちでも良いです。たぶん常識がひっくり返ると思うんで。」

 ん?常識がひっくり返る?

「え?待ってこれ。中にも入ってる?」

 サコッシュを手に取って、中を確認しようとしたナタリーが、声を上げる。 

 サコッシュからサコッシュが出てくる。それも次々と。

「あ、はい。中にたくさん入れてます。それを出して売ってもらえればと思って。」

 と、慎翔はシンプルな布バックから一つ取り出す。

「えっと、ここに千個入ってます。」

「は?」

 ダニエルの間抜けな声が響く。ダニエルが声を出してくれたおかげで、トーマスとナタリーは辛うじて冷静を装う事ができた。
 内心はどういうこと?とハテナが飛んでいるのだが。

「だから、各かばんの中に千個同じので色違いを作って入れてます。それくらいは入るマジックバッグってことです。」

「なるほど。四種あるので、四千個。見本を含めて、四千四個か。すごい数だな。」

 トーマスもブリーフケースから一つ取り出す。鑑定魔法で見てみても品質も申し分ない。
 しかも品質保持の付与がされているので、頑丈で、長く使うことが出来そうだ。
 一ついくらで買い取るべきか考えてると、慎翔から声がかかる。

「えっと、トーマスさん。その中にも…。」

 ちょっと言いにくそうにしているが、トーマスは取り出したブリーフケースを開く。
 中から出てきたのはブリーフケースだ。

「マコト。まさか…。この中にも同じかばんが入っているの?」

 ナタリーもサコッシュを取り出しながら聞く。

「はい。千個…。」

 てへ。っと、聞こえそうな顔ではにかむ。照れてるらしい。

 最初のに千個入っていて、そのそれぞれにも千個入れているということは…………。

 百万個か…。

 ナタリーもダニエルも唖然としている。
 トーマスも同じだ。

「いえ、さらに…。」

「嘘だろ?まだあるぞ。」

 慎翔の声にダニエルがさらにリュックサックを引っ張りだす。

「まさか、もう千個か?」

 トーマスの問いに、慎翔はだんだんと不安げな顔になる。

「えっと、やり過ぎちゃいました?」

 百万個の千倍という事は、十億個か。

 まさかの数字にトーマスは眉間のシワを揉む。
 ナタリーは俯いて肩が揺れている。笑ってる場合じゃないぞ。

「これって物凄いことなんじゃないのか?」

 ダニエルの顔色が悪くなっている。

「えっと、だから常識がひっくり返るって言ったんです。」

「これを売る気は無いってことよね。」

 ナタリーがやっと落ち着いたのか、話に入ってきた。

「マジックバッグの価値を下げたいのか?まあ誰でもマジックバッグ持っていれば、アイテムボックス持ちって事も霞むか?」

 ダニエルも聞いてくる。

「えっと、そういうんじゃなくて、あの、前に市場で荷車を押して荷物運びの仕事をしている子供達を見たんです。
その子たちの助けになるようにバッグをあげようと思ったんですが、孤児がそんな物持ってたら襲われて奪われておしまいだろうなって、ジュードが言うから。
それなら同じものをみんなが持ってれば襲われたり、奪われたりしないかな。って思って……。」

「な、なるほど…。」

 おう。逆転の発想がぶっ飛んでるな。

 トーマスの頭痛は増すばかりで、眉間のシワをグリグリともんで天井を見上げる。

 さて、どうしたものか。

「あの数が足りなければ、また作りますけど。」

「いや、いきなりこんな数のバッグが流通したら市場は大混乱だよ。」

 ダニエルが変な汗を拭いながら言う。すぐさまナタリーが楽しそうに返す。

「けど、これだけの数なら全人口一人一つとかいけちゃうわね。全員に行き渡る様にすれば?無料配布もアリよね。」

 すると慎翔も意見を出す。

「あのー、バッグはダンジョンから湧き出たって事にしてすごく安く売ってもらって、それに石やアクセサリーを付けるのを有料にすれば、儲けは出るんじゃないかと思うんですけど。」

 慎翔の話に三人は再び考える。

 慎翔が持ってきたのだから元値はほぼタダだ。彼なりに利益の事も考えてくれたようだ。
 確かにシンプルなバッグだから、これにお守り魔石や布地を足せば、自分のオリジナル色を出す事ができるだろう。
 オリジナル色を持たせることが出来るなら、貴族にも受け入れられるか。
 トーマスが考え込んでいると、ナタリーは明るく言う。

「私が思うにね、何か石の時みたいに、何故かみんな受け入れちゃうような気がするのよねー。だからそんなに悩まくても大丈夫なんじゃない?神様の思し召しってものかしら?」

 そういえば彼女の適応能力は、すこぶる優れていたか。先見の明もある。こうも言い切るのならば、トーマスとダニエルが日和っているのもどうかというものだ。

「そうだな。どう言う風に広めるかは、また考えるよ。」

 ダニエルは両手で顔を覆って天を仰いだ。

「常識ってなんだっけ…。」

 生真面目な弟の気持ちも分からなくはなく、トーマスもまた、似たような気分ではあった。

 常識がひっくり返り過ぎて、なんだか分からなった弟を眺めながら、きょとんとした慎翔と茶をすするトーマスだった。
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