愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

56 大商談会 1

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 朝市の混み合う時間が落ち着いて、お昼時を過ぎると、人通りも少し落ち着く。

 マサの街の市場は円形の広場の外周に沿って店が並んでいる。中心に噴水があり、時間に合わせて水を噴き上げる。
 食料品から、衣服に日用品、魔道具、装飾品と何でも揃う。
 そのため人通りはとても多く、朝から晩まで、いつも賑わっている。

 昼過ぎの、この僅かな時間は人通りが落ち着く。それを過ぎれば、今度は夕飯の買い物客でまた人が多くなるのだ。


 その一角、様々な布地を扱う店の奥で少しばかりポチャッとした女性がお茶を飲んでいた。

「すいませーん。」

 表からの声に

「はーい。少々お待ちよ~。」

 と、たくさんの箱に立て入れた反物の間を抜けて、表に出る。

 外の方が明るいので逆光になる。誰かが立っているのは分かった。

 あっ、とその姿に見覚えがあった。

 白地に緑のグラデーションのローブを着た、柔らかいふわふわした髪をなびかせて、目の大きな美少年が立っていた。

「いらっしゃい。あら。あんたはあの時のジュードさんの連れかい?」

 布屋の女将だから特にあの子のローブは覚えている。あの時とても珍しいと思ったのだ。
 フードを下ろした少年は、物腰柔らかい感じながら、明るそうな男の子だ。ペコリと頭を下げる。

「あの時はありがとうございました。」

「わざわざお礼に来てくれたのかい?そんな気にしなくて良いのに。こっちこそ、助けてあげられなくてごめんよ。」

 少年はニコリと笑うと

「そんなことないです。ジュードもすごく助かったって言ってました。」

「そのジュードさんは今日も一緒じゃないのかい?」

 あの日もはぐれたんじゃ無かったかな?と布屋の女将は聞いてみた。

「あ、今日は別行動です。ジュードはダンジョンに行ってます。もうおれ一人でも結構大丈夫なんですよー。あっ、そうそう。」

 少年は持っていたレトロタイプの革張りのトランクを女将に差し出す。そんなに大きなものではない。どちらかといえば、少し小さめの鞄だ。

「これ良かったら使って下さい。」

 少年がそう言うと、女将は驚いた顔をする。

「いやいや、そんなのもらえないよ。」

「あ、かばんもなんですけど、中身もあるんで開けてみてください。」

 キラキラと期待した目でカバンをずずいっと渡される。

 少年の勢いに押され、店の中に入る。
 生地を広げる机の上に小ぶりのトランクケースを置く。革張りの薄茶色で、四隅にさらに少し濃い色の革を重ねて縫い付ける事で強度が増している。

 パカリと開くと、中から幾つもの生地を出してきた。

「これは…マジックバックなのかい?」

「はい。この中いくらでも入ると思うし、使用者を限定できます。えっと…」

「ああ、あたしの名はサキだよ。」

「えっとナカセ マコトです。よろしくお願いします。ナカセでも、マコトでも好きに呼んでください。
 で、これに魔力流してもらうと、サキさんのカバンになります。」

 ぐいぐいとカバンに魔力を流せと急かされる。結局押し切られてしまった。
 魔力を流すとにっこり笑って

「これでこのカバンはサキさんのです。中に生地とか素材を入れてるので、それで商品沢山作ってください。」

 そう言われても、こんな高価な物をもらうのは、と恐る恐るカバンの中を見る。何が入っているのか分り易いように一覧ページが頭に浮かぶ。

「ひぇっ。」

 驚いてカバンから手を離す。

「あっ、サキさんにだけ中に何が入っているか分かる一覧ページが見えてるだけです。慣れないとびっくりですよね?」

 そう言われて、もう一度落ち着いてカバンに触れる。

 サキは驚きに目を見開いた。

 そこには様々な生地に、生地の材料になりそうな糸や魔獣の革などの素材が沢山入っていた。かなりの希少性の高い素材も入っている。

「えっとサキさんが生地生成に関して高いスキルを持ってると聞いたので、これをお礼にしました。」

 目をキラキラさせながら、すごく晴れ晴れとした顔でマコトと名乗った少年は言う。

「いやいや、こんな高価なの受け取れないよ。」

 慌ててもう一度突き返そうとするが、

「でももうサキさんのカバンです。それにまだ仕事の話があるんですよ。」

「仕事?」

「そうです。僕が素材を持ち込むので、それで生地を作って、メラーニ商会に卸して欲しいんです。素材の買い取り額は安くていいですよ。」

「メラーニ商会?!」

 ただの商人にはなかなか取引することも出来ない、最大手の商会の名にサキは飛び上がる。

「はい。いい職人がいれば紹介して欲しいって言われてて、サキさんは職人でもあるし、商人でもあるから、良かったらと思って。」

 突然の申し出に目を白黒させる。

 確かにサキのスキルなら素材から様々な織り方で新しい生地を作れる。
 さらにマコトが続ける。

「あと、このローブの染めを他の素材の生地でやって欲しいって、特にドレスやレースの生地で。」

 それを聞いてサキは困ってしまう。

「いや、その染め方は知らないし、出来ないわ。」

 ブンブンと手を振って、出来ないと言う。
 すると慎翔は突然タライを机に置く。中には緑の水が入れられている。そして、白い薄い布を出した。

「サキさんのスキルなら上手く出来ると思います。水が布に吸い込まれるイメージです。そのカバンの中に材料はたくさん入れてあるので、ぜひマスターしてください。
 そうすればサキさんが第一人者です。」

 そう言われ、サキも布を手に取る。

「グラデーションの布地を納品してもらえますか?」

 しばし考え込んだサキだが、こんな好条件な話が、この先来るとは思えない。

「わかったよ。なんにもしてないのに、こんなに良くしてもらって悪いね。マジックバッグなんて家が建つくらいの価値があるじゃないか。」

 恐縮するサキに慎翔は

「あ、大丈夫だと思います。マジックバッグはこれから値崩れすると思うから。数が少ないから高いんだったら、溢れるくらいあれば安くなりますよね?最終的には一人に一つマジックバッグって感じにしたいんです。」

「へえ。そんなこと出来るんだねえ。」

「そうそう。それはメラーニ商会にお願いしてるんですけど。これから、よろしくお願いします。」

「こっちこそ。しっかりやらせてもらうよ。よろしくね。」

 こうして慎翔とサキはがっちり握手した。

 慎翔にとってジュードに頼らずに、自分だけで初めてやり遂げたの仕事だった。

     
 ――――――――

 大ファンのニノ前ト月先生が素晴らしいイラストを描いて下さいました。
 表紙にさせていただきました。
 これからもよろしくお願いします。

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