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新しい世界
52 それからの話 1
しおりを挟むキィとギルドの扉が静かに開かれる。
ギルドに入ってくる者に中にいる人たちはチラリと一瞥すると、皆それぞれ話したり、食べたり飲んだりと、入ってきた者を気にする様子は無い。
大抵の場合は。
今入ってきたのはまだ大人になっている様には見えない。
子供か?
白地に裾が緑色のローブを着て、フードを目深に被っている。
最近グラデーションとかいう濃い色から段々と薄くなる染め方をメラーニ商会が発表して、話題になっているが、正にその商品を着ているのだ。ローブの裾から黒の細身のズボンが見える。膝下までの編上げの茶色のブーツで歩く姿は少年にも少女にも見える。
その子はクエスト掲示板の前に行くと、一つずつ内容を確認しているようだ。ということは冒険者か。それでも子供が一人なのは珍しい。
と、周りが思っていると、食堂にいた一人がツカツカとその子に近づいて行く。
グイッと肩を掴んで引く。周りから見ても乱暴な動きだ。
「ちょっとあんた。どの面下げて、ここに来たのよ。」
猫獣人の女性が声を掛けたのだ。いや、声を掛けたにしては乱暴すぎる。周りで静かに見ていたギルド内の人たちはギョッとする。
後ろから簡素な胸当ての戦士らしき男とヒョロりと細身でメガネをかけたローブ姿の男も追いかけてくる。
あの時、慎翔に言いがかりをつけた三人組だ。ギルド内では最近トラブルを起こしたらしい事は知られており、いつもギルド内の食堂でダラダラしているのを見かけている。
その三人がいきなり子供に言いがかりをつけている。
周りが止めようかとざわついた。
しかし当の本人は慌てる様子もなく、掴まれていない方の手でローブのフードを下ろす。
茶色っぽいのに全体にキラキラした、金にも見える髪に瞳。あまり日に焼けていない白い肌の少年だった。
大きな瞳に少年らしい顔つきながら白い肌に赤い頬、エリザベスが天使と云うのもうなずける。周りの冒険者達はほうっとため息をはいたり、息を呑んだりしている。
ーあの時の、ギルドの尋ね人はこの子か?ー
勘の良い冒険者なら、ピンときたようだ。
少し前にA級冒険者のジュードが子供を連れてきて、冒険者登録していったすぐ後に、その子が行方不明になったらしい。
その後はどうなったっけ?時々ジュードはギルドに顔を出していた。しかしあまりその後の事を聞ける雰囲気でも無く、誰も聞くことは出来なかった。
それがこの子供か?
気がつけばギルド中の視線が慎翔に集まっている。
「別にあんたたちに関係なくない?」
少年は肩を掴む手を払いながら、はっきりと言った。
猫獣人の目が驚きに見開かれる。しかし、すぐにキッと慎翔を睨みつけた。
あの時の慎翔は顔色を悪くして、震えながら転移していった。あの時と同じように脅したら震えて出て行くと思ったのに、少年は怯える様子もなく堂々としていた。
しかし彼女は振りかざした拳をおろすことも出来ずに、更に言い募る。
「ジュードさんだけじゃなくて、誰も迷宮案内に付いてくれない。あんたが何かしたんでしょ。低級冒険者の癖に。」
すると後ろの男性冒険者が間に入ってきた。以前はフルプレートアーマーだったような気がするけど、革の胸当てに変わっている。
冒険者としての生活が苦しいのかもしれない。しかし、慎翔には関係の無い話だ。
確かB級冒険者だったっけ?そのリーダーが猫獣人の腕を抑えながら慎翔に声を掛ける。
「あの時の事をどう言ったのかは知らないけど、俺達は君を助けてあげようと思って、親切に声をかけたんだ。なのに君が勝手に逃げたんだろう?
なのにこちらが責められて仕事を干されるとか理不尽だと思わないかい?」
そんな声のかけ方だったっけ?って思う。それに本当に親切な人は自分から親切だとは言わないと慎翔は思った。
「おれはギルドから何も聞かれてないし、言ってないよ。市場のおっちゃんとおばちゃんがギルドに言ってくれただけだし。
それに助けようって思うんだったら、そのお姉さんは黙らせとかないと。全部ぶち壊すタイプ。」
するとぐっと黙って猫獣人をちらりと見る。眉が下がってるところを見ると、お兄さんも案外扱いにくいと思っているのかもしれない。しらんけど。
すると今度はヒョロリと細い魔法使いのローブの眼鏡男性が
「しかし君はギルドに登録したばかりと聞いた。低ランクの冒険者を保護したり助けたりするのは当たり前のことだ。だから我々が間違っている訳ではない。何か誤解があったのかもしれないが。」
だからこちらには非はないと言いたいらしい。
ギルドの階級のスタートはF。これは12歳で登録した子供向けの階級で、みんなで見守りましょうみたいな意味がある。
ちなみにギルドに登録した時に慎翔のランクは年齢に魔力無限などを加味してとりあえずDだった。
それを誰かに言ったことは無い。なので登録したての子供だからFだと思われているのも、分からなくは無いが、向こうの勝手な勘違いである。
まあ身長や顔立ちを見れば12歳に勘違いもされそうなので、この勘違いは仕方が無いかもしれない。
それでも
「おれは助けてって頼んでないけど。」
怯えたりオドオドした様子は全く無い。慎翔は堂々と三人に向かって言った。
徐ろに掲示板に向かう。Aランクの討伐素材の依頼を、慎翔は剥がし取る。
「なんであんたがAランクの依頼見る必要があるのよ。」
猫獣人は更に噛み付くように言い募るが、二人に抑えられている。
それを見ながら慎翔は何でも無いように言う。
「なんでって。おれがAランクだからだけど。」
これには三人だけでは無く、ギルドに居た冒険者が皆、目を見開いて驚いた。
「あと、後見はメラーニ商会だから。見る?これ。」
と親指を見せる。爪にはメラーニ商会の紋章が刻まれていた。
「う、うそよ!」
信じられない物を見るように、ヒステリックに大声をあげる。
「嘘言ってどうすんの?おれに得がなさすぎるじゃん。」
すると慎翔はリーダーの男性を見る。
「もしあの時、本当に心配してくれたんだったら、ありがとうございました。
でも、急に人に敵意剥き出しで、威嚇したら良くないよ。
おれは自分でランク上げて、あんたたちよりも上になったから、もう構わないでくれる?」
言いたいことを、やっと言えて晴れ晴れした顔をした少年が堂々と立っていた。
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