愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

50 留守番2 ジュード

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 久しぶりに泊まりでの仕事を頼まれた。
 メラーニ家からの指名依頼で断るのは難しい。仕方なく首都までの往復の護衛をこなした。

 やはり心配は一緒に暮らすマコトの事だが、マコトは一人で留守番できるとニコニコと告げるのだ。
 ジュードは心配から、マコトにギルドかメラーニ商会に泊まりに行くように言ったが、海の見えるこの家で一人でも大丈夫だからと譲らなかった。

 仕事の合間に何度かイヤーカフから声を飛ばしたら、向こうからはとても元気な声で返してくれた。

『マコトちゃんと食べてるか?水分は取らないといけないぞ。』

『大丈夫だって。子供じゃないんだから。ジュードは順調?』

『ああ。問題ない。お土産買って帰るから、何かほしい物あるか?』

『えー。じゃあ美味しいもの。あとおしゃれなカバンが何種類か欲しい。付与でマジックバッグにしたいから。』

 元気そうな声に一瞬は安心する。
 しかしそれは声だけで姿は見えない。信用していない訳ではない。が、集中してしまうと周りが見えなくなるあの子が、きちんと食事をとったのか、不安である。
 水分も取るように、しっかり伝えたつもりだが、本当に、本当に大丈夫なのか、姿を見るまでは心配しかない。

 実際この不安は的中してしまうのだが。



 三日間の仕事を終えて、空が茜色に染まり、水平線に太陽が沈む様子を見ながら家に帰ってきた。

 門で結界を解いていく。マコトの言った通り、いつもよりも結界の重ねがけがされており、強固に守られていた。

 扉を開いて中に入る。靴を脱いで奥に進んだ。

「マコト?ただいま。」

 しんとした室内。薄暗くなり始めているのに灯りも点いていない。
 何より人の気配が無い。

 急いで真っ直ぐ廊下を突っ切って、リビングに入る。

 大きな窓から海が見える。カウチソファーから振り返るとダイニングテーブルがある。ダイニングとリビングの間の暖炉の火はだいぶ前に燃え尽きた様に見える。そこはマコトのお気に入りの場所だ。
 そこにはマコトのコップが置いてある。中身は空だし、だいぶ前に飲んだのか、カラカラに乾いている。

 部屋自体に荒らされた形跡はない。

 二階に駆け上がっていき、各部屋を見て行く。どこにもいない。

 自分の寝室のベッドの掛布が乱れているのが見えて、バッとめくる。マコトの姿は無かった。

『マコト!マコト!』

 イヤーカフで呼びかけても返事がない。

 再び一階に降りて、各部屋を見て回る。

 焦る気持ちに急かされるようで、変な汗が流れる。いや、だがしかし、また大神ウラノスの意思が介在しているのかもしれない。

 大きく息を吐いて、気持ちを落ち着ける。

 リビングに戻る。
 南に面した大きな窓から外が見える日は沈み、茜色だった空は濃い紫色に変わっている。部屋の中はもう暗い。
 部屋の明かりを点けた。

 どこかに出掛けているだけで、戻ってくるかもしれない。
 暖炉の火を起こしながら、これからどうするか考える。

 その時、ふと部屋の隅に目をやった。
 南側に窓があり、西側は何もなく壁になっているはずが、人が一人くぐれるくらいの高さは一メートル、横は60センチくらいの小さな木の扉が見えた。

 出かける前には無かった扉。
 外に繋がる扉を誰かが付けたのか?

 ジュードはその扉に近付く。ドアノブが見当たらない。小さな扉なので、しゃがんでからそっと押してみる。
 
 キィと小さな軋む音と共に扉が前に動いた。左側を支点に扉が開く。

 外に出たなら、裏庭の草原が広がっているものと思ったが、予想に反してゴツゴツした洞窟の景色が、扉の向こうに見える。

 体を小さく折り曲げて、扉をくぐった。

 扉の向こうは広い空間になっているため立ち上がる。

「ここは…。」

 洞窟の開けた空間。目の前には水晶玉と奥に進むための扉。

「ここはもしかして、真実の迷宮…。」

 そう仕事で何度も来たことのあるダンジョンだ。

 マコトがいたダンジョン。

 迷わず水晶玉に触れる。十階層づつワープできる物で、ダンジョン自体は60階迄ある。しかし、60階はボス部屋になっており、水晶からは指定できず、ボスのところに行きたい人は50階から歩いて行くしかない。

 はずだった。

 水晶玉に60の文字が浮かぶ。
 ジュードは迷わず60を選んだ。

 そして目の前の扉を開く。

 小さな部屋に出た。本当ならボスがいるはずだが、誰もいない。

 そして部屋の奥には最後の部屋へと続く扉がある。

 以前はダンジョンの主である燈翔と心琴に嫌がらせされたために、ここまで来るのにとても苦労したのだ。

 逆に何の仕掛けもなく、この部屋まで誘導されるのは、それはそれで薄ら気味が悪い。背中がゾワゾワした。

 しかしその扉を開くのに迷いは無い。


 カチャリ

 扉を押し開くと目の前に、眩しいくらいの白が広がる。

 以前は白いだけだった部屋に色が付いているところが見える。
 大小様々なクッションが置いてある。
 そろりと近づくと、青い大きなクッションにもたれて眠るマコトがいた。

 眠っている姿に心底ホッとする自分がいた。

 全体に色が薄くなってる?

「白いでしょ。」

 突然声を掛けられて、バッと振り向く。
 ヒノトが立っていた。

「ヒノト。マコトは?体調が悪いのか?なんでここに?」

 するとヒノトは今までにない顔をしている。 雰囲気から察するに怒っている?

「なんでかって?止まっちゃいそうだったから、連れて来たんだよ。」

 止まる?何が?

「兄ちゃんは魂を持ってきただけで、身体はこのダンジョンで作ったんだよ。
ほとんど人間と一緒だよ。ちゃんと人間を作ったからね。
ただ魂を身体に馴染ませるのがなかなか難しくて。最近やっと調子良くなってきてたんだけど…。」

 そう言うと、俺をジロリと睨んでから下を向き、ため息をついた。

「見る?」

 そう言うと、俺の返事を聞く前に、ヒノトは突然ジュードのおでこに右手の人差し指と中指をぴたりと当てた。目の前に別の景色が見えてきた。
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