愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

37 再会 ジュード

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 メラーニ商会本店の中の一室。

 ここは執務室のようだ。

 正面には大きな机があり黒い革張りの大きな椅子に男性が脚を組み座っている。

 長い銀髪を斜めで縛り流している。口元は薄っすらと笑顔のようだが、水色の入った銀色の瞳は少し垂れ気味で柔らかい印象なのに、奥に強い光を隠していて笑っていないように見える。

 彼はメラーニ家の主人ジェレミアだろう。

「ようこそ。メラーニ商会へ。ジェレミア・メラーニです。」

 上客であれば立ち上がり、握手を求めてくるところだろうが、彼は座ったまま。歓迎されている雰囲気ではないのは分かる。

 こちらも警戒したままなので、部屋に入ってからも立ったままだ。

「はじめまして。ジュードと言います。尋ね人に心当たりがあるとお聞きしたので、詳しいお話を聞きにきました。」

 するとジェレミアは一度下を向き、ふっと息を吐いてから、こちらをギロリと責めるように見てきた。

「実はね、うちに賊が入ったんだよ。我が家の秘密を盗もうとしていたらしいんだけど、寄りにも寄って我が妻ベリタに襲いかかった。護衛騎士達が押さえつけて妻は無事だったけどね。」

 俺は黙って聞いている。

「その賊がね、尋ね人の特徴と同じなんだよね。まさかギルドが犯罪者の斡旋したりしないよね?」

 まさか。

 その賊と呼ばれている者がマコトとは限らない。

「今その賊というのはどこに?」

「ん?それは逃げられると困るから拘束して、音も光も届かない、地下牢にしっかりと閉じ込めてるよ。とりあえず死なれると困るから水だけあげたけど、忙しいから昨日は放置してたけどね。」

 そう言われ、それはマコトではないと思う。わかっている。
 しかし、もしマコトだったらと思った時、抑えきれない怒りがブワッと魔力に出た。

「!!」

 正面にいるジェレミアの髪が乱れる。
 強い風に机の上の書類が舞い上がった。しかしすぐに収まる。
 
「想像以上にすごい魔力だね。しかも暴走しかけてもすぐにリカバリーできるコントロールも素晴らしい。」

 ジェレミアは動じることなく、脚を組んで座ったままだ。彼の周りにハラハラと書類の紙が落ちてくる。

 俺は一旦目を閉じて、大きく息を吐いた。そして目を開いて、まっすぐジェレミアを見つめる。

「取り乱して申し訳ない。
今捜しているのは、訳あって俺と一緒に生活している少年だ。
彼は世間知らずで、病弱で、庇護欲を駆り立てる見た目をしている。礼儀も正しく、誰かに危害を加えるような子では無い。
一昨日、初めてこの街に来てギルドに登録した。知り合いも片手で足りるほどしかおらず、犯罪など絶対にできそうにない。」

 まっすぐ見据えたジェレミアは、顎に手を当て、ふむと何かを考えているようだ。

「彼は病気なのかい?」

 やはりマコトを知っているようだ。

「あの子は人の負の感情に当てられると、体調を崩す。今はその治療中なんだ。」

 なるべく話せることは、隠さず話すことにした。

「で、あなたとの関係は?」

「俺の一番大事な最愛の人、パートナーだ。まだ未成年だが、成人したら一緒になるつもりだ。」

 するとジェレミアは少し考えこんでから、スッと立ち上がる。

「うん。わかった。地下牢に案内するよ。」

 今までの胡乱な空気は無くなって、優しげな雰囲気になっている。

「旦那様!そんな、身元も分からぬ平民を屋敷に入れるなど!」

 後ろに控えている執事と騎士が慌てている。

「身元はギルドで保証してくれてるよね。…じゃあ、僕が連れて行くから君たちはここにいたら良い。僕の見る目が信用できないんだよね?二人共。」

 すっと目が眇められる。
 途端に執事と騎士は真っ青になって

「申し訳ございません。旦那様に意見するなど、大変な失礼をいたしました。」

 非礼を詫びると、ジェレミアが

「うん。分かればいいよ。じゃ、行こうか。」

 と、部屋を出る。
 俺は黙ってあとに続いた。

 地下牢と言っていたのに、地下に降りる気配はない。

 本店の奥に進むと渡り廊下に出た。その渡り廊下を抜けて、更に奥、三階建ての大きな洋館が見えてきた。
 正面に大きな玄関扉があるが、そちらからは入らないらしい。
 この渡り廊下は家人が使うものらしく、洋館横手の通用口と思われる扉で繋がっていてそこから中に入った。

 入る瞬間にぐわっと魔力を感じた。さらに結界の中に入ったらしい。
 本店にも結界が張られていた上に、さらに強固な結界が張られているということは、ここは自宅になるのか?本当に厳重だ。

 黙ってついて行くと、二階に上がり、一番奥の部屋に来た。

「ここだよ。」

 確かに部屋の中から、愛しい者の気配がする。

 俺はジェレミアの正面に立ってしっかりと頭を下げる。顔を上げると、ニッコリと笑っている。

「行ってあげて。」

 そう言われて再び頭を下げてから前を向き、扉をノックする。

「はーい。どうぞー。」

 間延びした女性の声がした。

 静かに扉を開く。

 客間なのかシンプルな内装に、正面にベッドがある。

 その横には女性とメイドが、そしてベッドに誰かがいる。

「!!!」

 ベッドの上で上半身を起こしてこちらを見ているのは、間違いなくマコトだ。

 こちらを見たマコトは、大きく目を見開き。次の瞬間キュッっと泣きそうな顔になる。
 自分の足に掛かる布団をガバッと剥ぎ取ると、こちらに向かって立ち上がろうとした瞬間。

 離れたベッドにいたマコトが目の前に降ってきて、細い両腕が俺の首に巻き付いた。

 この僅かな距離も耐えられずに転移で飛んできたのか。どれだけ不安だったのだろう。

 俺も背中に腕を回してガシっと抱き止める。

 マコトは肩口に顔を埋めて、おでこをぐりぐりと擦りつけてくる。足は俺の腰に巻き付いて、猿の子供みたいにがっしりしがみついていた。

「マコト。すまない、マコト。嫌な辛い思いをさせて。怖かったな。」

 耳元に優しく語りかける。
 肩にぐりぐりしていた顔をゆっくり上げて、しっかりと目が合う。顔色はあまり良くない。

「無事でよかった。よく頑張ったな。えらいぞ。」

 じっと俺を見ていたくりっとした大きな瞳にジワッと水の膜が張り、すぐに溢れだした。

「うっ、うっ、うぇ、ジュ、ジュードぉー。…会いたかった。あいたかったんだよ…。」

 ポロポロと次から次へと涙は溢れて止まらない。
 俺はギュッとマコトを抱きしめる。するとマコトは涙腺が決壊してしまったのか、本格的に泣き出してしまった。

 グスッ、ヒック、うええぇん。と子供のように声を上げて泣くのを初めて見た。いつもニコニコと楽しそうなマコトしか見たことがない。
 俺は、背中を撫でてポンポンとしてやるくらいしか出来ないのがもどかしい。
 それでもギュウギュウと抱きしめて、安心させてやりたい。

「ヒック、じゅ、じゅーど。ジュードぉ。飛んでいぎだがっだのに、いげなぐでごめんなさい。ズズッ、ジュード。ジュード。」

 と、謝りながらずっと名前を呼んでくれる。マコトが謝ることなど何もないのに。
 俺も何度も呼んでやる。
 
「うん。マコト。ここにいる。マコト。大丈夫だ。」

「練習してたのに。うう。ジュードのとこに行けなかった。ヒック。うええぇ、ごめんなさい。」

「マコト大丈夫。謝らなくていいんだ。マコトが無事ならそれで良いんだよ。マコト。」

 俺は今までで一番優しい声で語りかけたんじゃないかと思う。自分でもこんな声が出せるのかと驚いた。

 最初は顔を上げてぐしゃぐしゃに大泣きしていたマコトだが、疲れたのか肩にしなだれてきた。泣くのも体力を使うのか。

 肩が涙で濡れていく。

 背中をよしよし、ぽんぽん。

「ジュード…。ジュぅ……ど……。」

 しばらく俺の名を呼びながら泣いていたのだが、泣き疲れたのか、だんだんと声が小さくなってきた。首にギュッと巻き付いていた腕は、抱き上げられたことに安心したのか、俺の背中にまわされて、服をきゅっと小さく掴んでいる。
 腰にしがみついていた脚も、俺にお尻を支えられて抱っこされているので両脇にだらりとしている。
 小さな子供を抱っこして寝かしつけるときのようだ。
 まだまだ軽いマコトの身体を片手で支え、もう片方で背中を撫でてポンポンする。

 まあ俺には下ろすと言う選択肢はないのだが。

 すうーっと深呼吸する。
 ああマコトだ。
 俺もマコトの首元に顔を埋めて匂いを目一杯吸い込む。
 やっと安心できる。ホッとした。 

 そしていつしかマコトは完全に脱力してしまい、肩口からは規則正しいすうすうという寝息が聞こえてきた。


「……眠ってしまったね。」

 事の成り行きをただ黙って見守ってくれていた、ジェレミアがボソリと呟く。

 ベッドの横の椅子で座っていた女性もそっと近づいて来る。

「やっぱり色々と我慢してたのね。」

 客間には大きなソファが向かい合わせにあり、間にはローテーブルが置いてある。そのソファを勧められて、マコトを横抱きにしたまま座る。
 はじめはベッドにと思ったが、きゅっと服を握った手を解く事が出来なかった。
 メイドが毛布を持ってきてくれて、マコトをくるんで、抱きかかえる。
 顔を見ると、涙や鼻水でぐしょぐしょになっていたので、自分ごと浄化した。
 キラキラと綺麗になると同時に、顔色が良くなる。

「まあ。」

 女性が驚いた声を上げる。

 柔らかい表情で眠るマコトのおでこにチュッとキスを落として、前を向く。
 正面にはジェレミアと女性が座る。きっと彼女がベリタなのだろう。

「やっぱり君の大事な子で間違いなかったようだね。」

 ジェレミアがにこやかに言う。

「マコトを助けていただいてありがとうございます。」

 俺は感謝を伝える。

 これまでのこと、これからのことを話す事になった。
 

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