愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

31 焦燥 ジュード

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「……。」

 誰もが呆然と立ち尽くしている。
 さっきまでいたはずのローブ姿は掻き消えてしまった。

 消える前に見えた姿は、小さくうずくまっていて苦しそうに見えた。
 金にも見える薄茶の瞳と目が合ったと思ったら、苦しそうに眇められ、その瞬間姿が消えてしまった。

 転移魔法か。

 俺のところに飛んでくる練習を何度もしていた筈なのに、かなりパニックを起こしていたんだろう。

 さっきまではあんなに楽しそうにしていたのに。

 奥歯をギリッと噛みしめて、腹立たしさをやり過ごす。

 

「…どういうことだ?」

 思った以上に低い声が出た。

 目の前の三人組に見覚えがある。何度か案内をした。

 俺が案内に入る事で慢心したのか、無茶をして何度か死にそうになっていた。仕方がないから助けたが。
 すると弓使いの女の様子がおかしくなった。俺に気があるのは分かったが、俺にその気は無いので、当たり障りなく放っておいたのだ。
 まさかそれがこんな事になるとは。俺は激しく後悔の念にかられるが、今はそれどころではない。

「あ、あの、ジュ、ジュードさん…。これは…。」

「あの子は冒険者登録をした、れっきとした冒険者だ。冒険者同士のトラブルはギルドに報告する義務がある。
…何があったのか話してもらおうか。」

「え…。えっと…。」

 三人は冒険者だということは知らなかったらしく、明らかに狼狽え、慌てている。

 それはそうだ。登録したのはほんの数時間前だ。
 しかしこいつらには関係ない。

「いや、別に、迷子っぽかったから、えっと…。」

「保護しようとしてくれたのか?」

 思ってもいないが、一応聞いてみる。

「!そっ、そう、そうなんです!大丈夫か?って声をかけたら、急に逃げたんです!」

「そうそう。何か後ろ暗いところでもあるのか、慌てて逃げたんです。」

 アーマーの男とヒョロガリメガネがそう言い募る。

「そうは見えなかったがな。」

 そう。マコトは明らかに怯え、嫌がっていた。こいつらのこの態度なら、きっとマコトに罪をなすりつけると思ったが、思った通りだった。

 腹立たしさが更に募る。


「ちょっといいかい?あんたがジュードかい?あの子は全く悪くないよ。」

 横から露店の店主らしき、ふくよかな女性が話に入ってくる。

「わたしゃ最初から最後まで全部聞いてたんだよ。
ジュードとかいう冒険者が迷宮案内人を休んでいるのは、あの子のせいだと責め立てていたのはあんたたちじゃないか。可哀想に。」

 三人は黙りこむ。都合が悪いと思ったんだろう。
 
 マコトのせいじゃない。俺がマコトと過ごすのが、この上なく幸せだっただけだ。
 もう少し、もう少しと俺がした事であって、マコトには何の罪もないというのに、殺意すら湧いてくる。

 と、小路の反対側の露店の親父も

「俺は見てたぞ。あの子は人混みに押されて、やっとここで一息ついてただけだったみたいだからな。不安そうだし、声を掛けてやろうかと思ったら、こいつらが裏路地から出て来たんだ。」

 その言葉に再び三人に視線を送る。殺意も飛んだか、真っ青になって固まっている。

 俺は息を吐いて気持ちを落ち着かせてから露店の店主たちに

「悪いが今からギルドで、この三人連れて説明頼めるか?」

 俺は素早く拘束魔法で三人を縛り上げる。ちょっと加減を間違えてキツ目になったのは仕方ない。

「いっ、痛っ。」

「構わないよ。ちゃんとしっかりと伝えてあげるよ。」

 と、二人共快く引き受けてくれる。

「店を空けなければならないのは申し訳ないから、これを。」

とお金を渡そうとすると、

「そんなのもらえねえ。また買い物来てくれりゃ良いから。」

 と二人共受け取ってはくれなかった。

「そうか。必ず礼に来る。」

「そうそう。あの子連れて、またおいで。今は早くあの子を探さないと。」

 そう言う店主達に礼を言い、三人を頼んで、俺はマコトを探しに走った。

 気配を辿るが全く感知出来ない。

 街からは出ていないみたいだが、どこにいるのか分からない。

 なぜあの時に、手を握っておかなかったのか。

 なぜ急にマコトの姿が見えなくなってしまったのか。

 まるで神隠しにあったように、マコトを見失った。

 急いで捜して、露店の隙間、狭い路地に隠されるように押し込められているマコトを見つけた。

 人の悪意に晒された顔色は悪く見えた。

 早く抱きしめて、慰めてやりたい。いや、俺がマコトに癒やされたいのだ。
 ニッコリと笑うあの姿を早く見つけて安心したい。


 
 その想いとはうらはらにマコトは見つからなかった。




 すっかり日も暮れた頃、俺はギルドに来た。

 あの後街中を探したが見付からず、もしかしたらと一度丘の上の家まで帰ったがいなかった。
 道中も森の中も探したが見つからない。

 マコトの意識が無いのか、向こうからのアクションも無かった。

 途中ヒノトとミコトに、マコトがいなくなった事を伝えたが

「大神が手出し無用って言ってて、そうなるとこっちからはどうすることも出来ないんだ。」

「大神がそう言うってことは、とりあえず身の危険は無いと思うの。だからしばらく様子見てもらえる?」

 そんな風に言われてしまえば、二人は頼る事ができないと諦めた。

 しかし、しばらくとはどれくらいなのか、どこにいるのか捜さずにはいられなかった。

 何度も空中から突然現れるマコト。転移魔法を使っては「失敗しちゃった。」と笑うマコトが可愛くて仕方ない。

 今日の街への外出が楽しみすぎて、かなり早くから起きていたのを知っている。
 朝から何か作っていた。

 創造のスキルで何か作ったり、付与のスキルで様々な効果を付与する。
 とても楽しそうに作業をしていた。
 今日はこれで帰って、ゆっくり過ごすはずだったのに…。



 ギルマスの部屋にノックをして、返事も聞かずに入った。

 中にはウルスとディネがいつものように座っている。

「話は聞いた。まだ見つかんねえのか?あいつは。」

 ギルマスは俺の様子に全てを察する。

「あの三人ですが、厳重注意で帰しました。小さい子をいじめたくらいでは罪に問えません。転移も本人の意志なので。」

「そうか。」

 薄々は気付いていた事なので、さほど驚く事は無い。

「ただ。ジュードが案内に付くことは二度と無いようにしています。」

 まあ今度、俺の前に現れたら半殺しくらいはあり得るかもしれない。

「…今日は泊まってけ。明日になったら何か進展があるだろう。
それにしても、なんて顔してんだ。死にそうなのはお前の方みたいだぞ。」

 生まれてこれまでに感じた事のない焦燥感に苛まれ、何か叫びながら、全部壊したい気持ちになる。

「とりあえず、飯食って、寝ろ。腹が減ってるから、イライラするんだ。」

 一言も話さず、感情を上手くコントロール出来ずに、コップを3つ握りつぶしたところで、ウルスに頭を殴られて、部屋に押し込められた。

 酒を飲む気にもならず、ベッドに横になって天井を見上げて、朝まで過ごす。

 そっと両手の平で顔を覆う。無理矢理に作り出した暗闇にマコトの姿を思い浮かべる。

「マコト…。」

 今まで一人で過ごすことに何の不便や不安などなかったのに、マコトにもう会えないかもしれないと思うだけで、ひどく大きな焦りに苛まれた。
 
 

 


 

 

 


 

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