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新しい世界
20 お客様が帰ったあとで
しおりを挟むさっきまで頭が痛くて、気分が悪くて、ぐらんぐらんしてたのが、フワって軽くなった。
重かった空気が軽くなった感じがする。
どこかでカチャカチャと食器の音が聞こえてきて、薄っすらと意識が浮上した。
しかし意識はあるけど、瞼はピクリとも持ち上がらないし、身体も動かない。
音は聞こえるのに。昔病院で寝てた時みたいだ。
たぶんリビングのソファに寝かされているんだろう。肌触りで分かる。このクッション好き。
起きた時にジュードがすぐに分かるように、二階のおれの部屋じゃなくて、ここで寝ている事が多い。
話し声が聞こえてくる。
ジュードの声。
「彼は俺がダンジョンで保護しました。たぶん人だと思います。」
おれのこと?
「たぶん人ってのはどうゆうことだ?」
「彼は宝箱の部屋にいた光る玉です。それに実体が伴った。でも、まだこの世界に馴染んで無いんです。」
ダンジョン{真実の迷宮}はボスを倒すと最後に白い部屋に出る。その部屋には宝が2つあり、どちらか選べる仕組みだ。
おれはその案内役をしていたらしい。意識はなかったので、よくわからない。
その役割のために二人の神が作ったということらしい。
でないとおれの魂の行く所がないから。
「詳しい話を聞かせてちょうだい。」
話はまだ続いてた。
やっぱりおれのこと話してる。誰とだったっけ?あー、そうだ。熊さんだ。あとエルフのお姉さん。名前は…たしかウルスさんとディネさんだ。
うつらうつらと意識が浮いたり沈んだり、でも完全に落ちる事はなくて、ジュードの低い落ち着いた声を心地良く、少し遠くに感じながら、話を聞いてた。
ジュードはおれと出会ってからの話や、燈翔や心琴の事も隠さず話している。
ジュードの説明でも、やっぱりおれはダンジョンの一部らしい。概ね間違ってないみたい。
けど、これだけ詳しく話しちゃうの大丈夫?って思ったけど、ジュードの信用してる人なんだろう。じゃあきっと大丈夫。
だってジュードのことめっちゃ信用してるし、頼りにしてるし、居なかったらどうなってたか。…どうなってたんだろう?
…熊…、ウルスさんの低ーい唸り声が聞こえる。
「何だそれ。お前ダンジョンの主に面倒見てくれって頼まれたのか?」
「はい。っていうか運命の相手じゃないかと。」
「運命の相手だと?子供じゃないか。」
「しかし、俺にだけ見えたし、触れたんです。俺が起こしてしまったんです。だから面倒も見ますが、ずっと一緒に添い遂げたいと思っています。」
ん?ん?添い遂げるってなんだっけ?一生一緒にいてと同じ感じ?
大きなため息が聞こえる。
「はあああ。分かった。お前が面倒見るならそれでいい。だが、身分を保証するものが無いと、この先困るぞ。とりあえずギルドに一回連れて来い。寝てても良いから。」
「わかりました。行く時には魔法で知らせます。」
「そうやってすぐ知らせる事も出来る筈なのに、なんで怠ったのでかしら。ウルスを怒らすから、さらに面倒になるのよ。あなたの事を心配してるの。分かるでしょう?」
「すいません。」
やっぱり保護者みたいな感じ。ディネさんすごい心配してるみたいだし。
ウルスさんも怒ってるだけじゃなくて、心配してたんだな。
でもって、おれがギルドに行くのは決定事項らしい。寝ててもいいって、何時も寝てるわけじゃないし。……いや、寝てんのか?
今も寝てるわ。意識はあるけど、動けないし。
今もダンジョンの中がどうなっていたとか、すごい強い敵が出たとか、色々と話してるのが聞こえるけど…。
だんだんと意識が沈む感じがしてきた。
添い遂げるって、兄弟にも当てはまったっけ?
おれはジュードのことは優しいお父さんかお兄さんって感じに思ってた。
ジュードは違ったのかな?
おれはどうなのかな?ジュードの事……。
…好きだけど、この好きはどの好き?
家族だから?
次に起きたらジュードに聞かないと。
それまでにおれの好きが、何の好きかちゃんと考えないと…。
でも今は眠い。
泥に沈むみたいに意識が遠くなった。
*********
ふわっと空気が軽くなって、慎翔はしっかり目を覚ます。
バチッと開いた目にジュードが写り込んだ。キラキラしてる。浄化の魔法をかけてくれたんだ。
「どうだ?調子は?」
いつもの優しい笑顔だ。
ムクリと起き上がる。ダイニングには誰も居なかった。
「ウルスさんとディネさんは?」
ソファで寝てた慎翔の隣に座ったジュードは、優しく頭を撫でる。そしてもう一度浄化の魔法をかけた。
「もう帰った。すまなかったな。負の感情は良くないって知ってたのに。」
「もう大丈夫。治ったよ。」
なんかジュードのほうが調子悪いみたいな顔でおれを見てくるから、笑っちゃいけないけど、笑っちゃう。
「本当にもう大丈夫だって。」
やっとちょっとホッとした感じになった。
「そうか。じゃあ食欲ある?」
「うん。なんか食べたい。」
そう答えて、二人で少し遅めのお昼を食べた。
食事が終わって、今ジュードはソファで自分の荷物を整理してる。何ヶ月かで溜まった素材をギルドに売るらしい。
魔石とか大きくない素材をリビングのテーブルに並べている。
おれはその隣で素材や魔石や色んなアイテムに鑑定をかけて、触れて覚えてるところだ。覚えとけば、創造のスキルに使える。
作業を続けながら、そういえばとジュードに問いかけた。
「そういえば、おれってそんなに寝てんの?」
ジュードは手元を見て、マジックバッグに仕分けしながら入れている。
「まあそうだな。半日寝ることもあったり、丸一日だったり、本当に色々だぞ。」
「…迷惑だったんじゃ無い?」
手を止めて、こちらを見る。
「迷惑そうに見えたか?」
ううん。と首を横に振る。
全然迷惑そうじゃなかったよ。どっちかって言うと、すごい楽しそうに、嬉々として面倒見てくれてたよね。
おれも誰かとこんな風に生活出来ると思ってなかったから、何するのも新鮮だった。お世話されるの嬉しかったし。
「それとも迷惑だったか?構い過ぎたか?」
ジュードが持っていた魔石を置いて、隣りに座るおれに不安げに向き直る。
手を伸ばして、おれの腕をつかもうとして、戻したり上げたり下げたりしている。おれはそのワタワタした両手に自分の手をそっと近づける。
ジュードの動きが止まった。おれはジュードの両手の指先に触れると、人差し指と中指をきゅっと握った。
「迷惑なんか、思ってない。おれ、誰かとこんなにたくさん触れるのは初めてで。優しくて、本当に大事にされてるなって思う。」
ジュードは目を見開いてる。そのまま聞く。
「あのさ、添い遂げるってどういう意味?」
ジュードはさらに目を見開いて、聞いてたのか?って小さく呟いて、次の瞬間真っ赤になった。
その瞬間思った。
ああ。ジュードの好きは家族の好きなんかじゃないんだって。
「そ、それは。」
ジュードがこんなに真っ赤になって言い淀んでいるの初めてかも。
おれは握った両手を引いてジュードの胸に飛び込んだ。
「好きってこと?」
驚いて受け止めたジュードが背中に腕を回す。
「そうだ。好きだ。」
ギュッと抱きしめられて、顔を見上げる。
「愛してるってこと?」
「それは俺から言いたかったな。」
眉をハの字にして、ちょっと本気で落ち込んでるかも。
「じゃあアイシテルはまた今度で。今は好きだけで良くない?」
見上げてニッコリ笑う。
翡翠色って綺麗だな。ジュードの顔を見るといつもイケメンっぷりと緑の瞳が目に入る。しっかりと目を見て言った。
「おれも好きだよ。ドキドキするもん。燈翔や心琴に対する好きとは違う。」
いつもの優しい笑顔で見下される。
「マコトはまだ子供だから、手を出すなって言われたんだが、これは辛いな。」
どうも燈翔と心琴に手を出すなと言われていたらしい。
「でももうすぐ成人なんでしょ?この世界では。」
「そうだな。」
ジュードの顔が近づいてきて、おれは目を閉じた。
前髪を掻き上げられて、おでこに温かくて柔らかい何かがふれた。
おれはもっと幸せな気分になった。
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