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新しい世界
19 来客 ジュード
しおりを挟む台所へと向かおうとしていたマコトの身体が膝から崩れ落ちた。
扉に縋り付くように倒れていく。
俺は風魔法で倒れないように支えて、急いでそばまで行くと、直接身体を支えた。
いつもと様子が違った気がする。
なんだか焦っているような。いつもの明るいマコトの姿とはだいぶ違った。
抱き上げる前に顔色を確認する。
やはり顔色が悪い。こんな事初めてだ。
「おい。どうした。大丈夫か?」
ウルスは焦った顔をして近づいてくる。ディネも聞いてくる。
「その子はどこか悪いの?」
なんと答えるべきか悩む。
たしかに今は顔色が悪いが、いつもはただ眠っているだけだ。
思ったよりもマコトは眠ってしまう。
俺としてはもう少し早く一度ギルドに顔を出すつもりだった。
しかし、マコトが心配すぎて眠っている間に家を空ける事が出来なかった。
まさかギルマス自ら家に来るとは思わなかったし。
とりあえずマコトを抱え上げる。ダイニングからの続き間になっているリビングのカウチソファに連れて行く。
よく倒れるマコトのお休みセットが近くに置いてあるので、たくさんのクッションを枕に寝かせて、毛布をかけてやる。
後ろを付いて来ていた二人に向き直る。
「すいません。」
と、一言だけ言った。
ウルスは大きくため息をついた。
「こいつが原因か?」
黙って頷く。詳しいことを話すにしても、ヒノトとミコトに確認したい。
「う、う、うーん。」
見ればマコトは眉間に皺を寄せ、うなされている。
こんなこと今まで無かった。
頬に触れると、ものすごく冷たくなっている。
「回復魔法使う?」
ディネが聞いてくる。
「いや。ちょっと調べてきます。」
リビングの棚に置いてある、取扱説明書を今の症状を思い浮かべながら開く。
状態異常
精神汚染 怒り 疑心
人の感情により起こる。浄化で軽減できる。
マコトは人の感情も影響を受けるということらしい。
そういえばヒノトとミコトもそのような事を言っていた。忘れていたつもりはないが、人の感情まで気を使うのは難しい。
本を元の位置に戻して、マコトの元へ戻った。やはり顔色は悪く、苦しそうだ。
ウルス達は先程よりは怒りの雰囲気は出ていないが、マコトの正体がなんなのか気になるのだろう。
疑いの感情もあまり良くない。マコトのためにも少し離れてもらわないと。
「すいませんが、こちらで話します。」
そう言って、再びダイニングテーブルに座ってもらう。
マコトのそばまで行く。
素早く浄化の魔法をかける。
少し顔色が良くなった。
ダイニングにいる二人の元へ行く。
「お茶いれてきます。すいませんがマコトには近づかないでもらえますか?」
「ワケを言え。でないと納得できん。」
ウルスは腕組をしてこちらを睨む。苛立ちの様子が分かる。
「マコトは負の感情に弱いです。詳しい事はお茶をいれてからで、お願いします。」
頭を下げてお願いする。
大きな溜息が聞こえる。漏れ出る怒気が薄くなった気がする。
「わかった。坊主の様子はこっからでも見えるから、茶でも何でも入れてこい。コーヒーは飲まねえぞ。」
「ありがとうございます。すぐ戻ります。」
さすがS級冒険者の二人だ。すぐさま感情コントロールが出来てる。
顔を上げて、台所に向かう。
向かいながら、ヒノトとミコトに念話をとばした。
『ヒノト、ミコト、ちょっといいか?』
『はいはーい。燈翔だよー。どしたー?』
軽い返事が返って来た。
『今、ギルマスと副ギルマスがうちに来てる。俺がギルドに顔を出さなかったから、家まで来たらしい。』
『何かあったの?』
ミコトもきいているようだ。
『二人の怒りと疑心に当てられたのかマコトが倒れた。』
『…前にも言ったよね、負の瘴気とか感情とか良くないって。』
ヒノトの喋り方がいつもより怒っているのはわかる。
『すまない。マコトを傷つけるつもりはなかった。』
『状況を説明して。』
端的に話すミコトもマコトに向けていた優しさは全く無い。
俺は朝ごはんからの来客、そして挨拶をしてマコトが倒れるまでを説明した。
『ローブ脱いだから、モロに怒気に当てられちゃったのね。』
『ギルマスってクマ獣人の子孫だよね。あと副はエルフか。どっちも強過ぎ。』
『結界の効果を付与した装備をつければ、お兄ちゃんの周りの空気も守られるから、だいぶ違うと思うわ。』
なるほど、確かに姿を見せてから急に調子が悪くなったような気がする。戻ったらすぐにつけよう。
お茶の準備をしながら、ヒノト達に確認したかったことを聞く。
『あとこれが聞きたかったのだが、マコトのことはどこまで話していいのだろうか?』
そう、ウルス達は俺が冒険者になった時からお世話になっている。
出来る事なら内密な事などないように、全部話してしまえたら、俺の身に何かあっても二人がなんとかしてくれると思う。
俺はそれなりにあの二人に恩義を感じているし、マコトの事を話しても、悪いようにはしないと確信している。
『俺が一番信用しているのはウルススだ。もちろんディネルースも。』
だから出来れば協力者になってもらいたいと思っている。
『いいんじゃない。話しちゃって。』
『そうね。ギルドに冒険者登録する時に、どうせ騒ぎになるだろうから先に知らせといたらいいと思うわ。』
二人共気にしていないらしい。
『称号に大神の愛し子の愛し子って出ると思うし。レベルの表示はされないでしょうね。』
さらっとすごい事言われたような気がする。
『どういう事だ?レベルがないのは困るだろう?』
どうにも理解できない。
『えっとねー。兄ちゃんは人間だけど人間じゃないんだよね。
魂をこの世界に持ってきて、身体はこの世界、あのダンジョンで作ったんだよね。生まれたんじゃなくて、色々詰め込んで作ったから、悪く言えば魔物と同じだし。良く言えば神に近い存在だよ。』
『それにね、一応教えとくけど、お兄ちゃんの肩書はダンジョン報酬よ。宝箱の中身と一緒。物よ。物。』
入れていたお茶がカップから溢れる。俺は驚いて固まっていた。
『なっ、物とか、ダンジョン報酬って、もしかして俺があの時欲しいって望んだからか?』
あの時俺は宝箱ではなく、宝箱の案内をしていたマコトが欲しいと望んだ。
『そうそう。だからそっちの世界に馴染むまではダンジョン報酬だね。』
『そのまま伝えても問題ないと思うわよ。』
『そうか…。わかった。ありがとう。』
入れなおしたお茶を持ってダイニングに戻ることにする。
『ちょっと見たいから、また後でお邪魔するね。またねー。』
最初と同じ軽さでヒノトが言ってきた。俺も「ああ、ありがとう。」と礼を言った。
声が聞こえなくなってからダイニングにお茶を運んだ。
「遅くなりました。」
二人の前に入れてきた紅茶を置く。ウルスの正面に座ると、まっすぐ前を見て話した。
「彼は俺がダンジョンで保護しました。たぶん人だと思います。」
ウルスは出されたお茶をまじまじ見ながら、一口飲んだ。
「たぶん人ってのはどうゆうことだ?」
「彼は宝箱の部屋にいた光る玉です。それに実体が伴った。でも、まだこの世界に馴染んで無いんです。」
ディネもまた理解出来ないようだ。紅茶に入れた砂糖をスプーンでクルクルと回している。
「詳しい話を聞かせてちょうだい。」
そう言われて、ダンジョンで起きた事を順番に話す。
ずっと黙って聞いていたウルスがうーん。と唸った。
「何だそれ。お前ダンジョンの主に面倒見てくれって頼まれたのか?」
「はい。っていうか運命の相手じゃないかと。」
「運命の相手だと?子供じゃないか。」
「しかし、俺にだけ見えたし、触れたんです。俺が起こしてしまったんです。だから面倒も見ますが、ずっと一緒に添い遂げたいと思っています。」
ウルスは再び大きなため息をつく。
「はあああ。分かった。お前が面倒見るならそれでいい。だが、身分を保証するものが無いと、この先困るぞ。とりあえずギルドに一回連れて来い。寝てても良いから。」
こう言われては逆らう訳にはいかない。
「わかりました。行く時には魔法で知らせます。」
するとずっと黙っていたディネが
「そうやってすぐ知らせる事も出来る筈なのに、なんで怠ったのでかしら。ウルスを怒らすから、さらに面倒になるのよ。あなたの事を心配してるの。分かるでしょう?」
「すいません。」
本当に心配そうな顔をした二人を見たら、素直に謝るしか無かった。
その後も色々とこれまでのことを話して、お昼も近くなったので二人共ギルドに戻って行った。
マコトは結局目を覚まさなかった。
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