愛し子の愛し子の異世界生活

いちこ

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新しい世界

11 取扱説明書

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 誰かの話し声が聞こえる。

 意識がゆっくり明るいところに浮上していく感じ。
 さっきまでなんか暑苦しかったのが、すっきりしている。
 モヤモヤした感情も無くなっている。

 閉じていた目をゆっくりと開く。

 見知らぬ天井だ。

 見回すと、燈翔と心琴がにっこりしてた。

「あれ?ここって…。」

 ゆっくり起き上がると、燈翔の後ろにジュードさんがいた。

「いつの間にか寝ちゃってた?」

 燈翔と心琴はおれの手を片方ずつとって、両手でぎゅっと握ってきた。

「熱出してたの。お兄ちゃん。今はどう?大丈夫そう?」

 心配そうに心琴が言う。2人の手はあったかくて、中からポカポカする感じがした。

「神力のおすそ分け。」

 燈翔が笑いながら言う。
 うん。寝たきりの時からいつも2人はこうやって力を分けてくれてた。これしてもらうと、すごい楽になった。息苦しいのも、痛いのも。
 でも以前のおれは、目の荒いザルみたいなもので、せっかく力を注いでくれても、ほとんど流れ落ちていたらしく、2人はいつも悔しそうにしてた。

「こぼれてない?」

 おれが聞くと、燈翔はすごく嬉しそうに笑いながら

「うん。全部入ったよ。すっかり元気。」

 しかし心琴が

「すっかり元気とはまだ言えないわね。だいたい食事もまだ取ったことないのに。」

「?白い部屋で食べたことあるよ。なんか全部真っ白の焼きそばとか。」

 すると燈翔と心琴は顔を見合わせて、おれを見た。

 2人はおれに説明してくれた事は白い部屋での生活は、実体を伴わない精神の生活だったという事。実体はずっと眠ってる状態で、あのクッションの山に埋もれていたらしい。

 あの空間で魔法が使えたのは、精神体だからイメージでなんでもできていた。しかも2人の神様の補助付き。そりゃそうだ。
土魔法で地面ボッコボコにしたり、足に風魔法纏わせて、空飛んだりって言うのは、いわば夢の中のことだったわけか。
 
 道理で外に出てから、上手く魔法が使えなかった。
 なんかすごい力がいるというか。これが魔力を使うということなのかもしれない。

「本当は体内の魔力を循環させながら、必要なところに集中させるように魔法を使うんだよね。たぶん。」

「私たちも良く分からないのよ。神だから。」

「へええ。じゃあ色々なかっこいい魔法は使えないってことかー。」

 ちょっとシュンとしてしまった。

「いやいや、練習すれば出来るよ。習得するんだよ。」

「なら俺が教えよう。」

 ジュードさんが右手を軽く上げながら提案してくれた。

「さっきも魔力認証してもらったが、循環はほぼ出来ていると思うぞ。あと、魔力量は多そうだから、コントロールの練習とあとはイメージだな。慣れれば色々な魔法が使えるようになるから、安心したらいい。」

 そう言いながら、おれの頭をポンポンと撫でくれる。嬉しいけど、恥ずかしい。その手を今度はおでこに置いた。熱を測る時によくやる格好だ。

「熱は下がったみたいだな。しんどく無いか?」

「え?えっと、大丈夫です。ご迷惑おかけしてすいません。」

「え?」

 なんでか燈翔と心琴がびっくりした顔してこっちみて、それからジュードさんを見た。
 ジュードさんはちょっと困ったみたいな顔をして、肩を竦めた。

「え?」

 おれなんかした?おかしかった?って、びっくりしてると

「いや。うん。大丈夫。わかった。」

 燈翔が両手を前に出してストップのポーズを取る。

「そ、そうね。なんでもないから。」

 おれだけポカンとしてしまう。

「まあとにかく、お兄ちゃんはまだ不完全な状態で、今日初めて外に出た事によって、色々なものに触れたの。今までは無菌室に入っていたようなものだから。身体が慣れるしかないのよね。」

「そうそう。外に出れば、いい空気ばかりじゃない。瘴気や邪気、人間の負の感情なんかもね。兄ちゃん。さっきより気分良くなってない?」

 燈翔に聞かれて、考える。

「そういえば、さっき家に着いた時になんかモヤモヤして、なんて言うか変な感じした。」

 そうそうなんでか笑えなくて、なんか嫌な感じ。

「イライラってことかな?」

「  !!  そうイライラだ。そっかー、モヤモヤしてイライラしてた。あれ?でも今はそんなことないよ。」

「そうね。浄化使ったから。負の感情なんかも浄化されるのよ。」

 そうかあ。心も浄化できるのか。なんて感心してしまった。

「身体は目覚めたばかりだから、色々不具合が出るかもしれないから、ジュードさんも気をつけて見てて欲しいの。」

「わかった。食事はどうしたら良い?いきなり肉とか無理だろう。」

 ジュードさんの質問に、カバンから何かを取り出しながら心琴が言う。

「本当はやっちゃダメなんだけど。日本人ならお粥だろうと言うことで、元の世界の食事、持ってきちゃいました。小分けにしてきたから、アイテムボックスに入れといて。時間停止付いてるから、腐らないわ。あとはスープ作ったら良いかな。」

 なんでも胃がびっくりしちゃうといけないから、少しづつ慣らしていこうって。慣れたら、パンとか果物とか色々な物を食べてねって言われた。

「とりあえず、水分補給はしっかりしないと脱水になっちゃうから。っていうか、まだ水分もとったことないんだよね。」

 燈翔に聞かれて、うんと頷く。

「私が食事の準備するわ。ジュードさん台所はどこ?手伝って。」

「ああ。こっちだ。そんなに広くない家だが案内しよう。」

 と、心琴に連れられてジュードが部屋を出ていく。


 2人の姿が見えなくなると、燈翔が立ち上がって、部屋を見回した。

「にしても、この家ホントなんにも無いね。あ、でも景色は最高。」

「だよねー。あんまり分からないけど、やっぱり少なすぎるもんなの?」

「めちゃめちゃ少ない。」

と、笑いながらいう。

「兄ちゃん。我慢はダメだよ。思ったことはなんでも言わなきゃ、ジュードさんはわかんないよ。」

「うん。それはわかるけど、何を我慢したのかわかんない。」

 そうなんだ。自分が何にイライラしたのか、何が嫌だったのかがよく分からない。それがまた嫌な気分になる。
 
「外に出てからあったこと、思ったこと、声に出して言ってみたら?」

 燈翔に言われて考える。

「外に出て、色がキレイでびっくりして、森の中を一緒に歩いて、でもフードと口布で周りがあんまり見えなくて、なんでだろうって思って。」

「うん。」

「なんかひらけたとこ出て、そこで鑑定の魔法使えるのがわかって、色々なものを採取するのすごい楽しくって、でも気がついたらうさぎがいて...、食べられそうになって、でも、すぐにジュードさんが助けてくれたんだけど、血まみれっていうの?真っ赤になって、臭いがすごくてびっくりしちたら倒れちゃって。」

「うん。それは怖かったね。そういう時は怖いって震えていいんだよ。」

「そっか。」

 おれはあの時にジュードさんに優しく抱きしめてトントンしてくれた事を思い出して、なぜか顔が赤くなった。あれで落ち着けたんだよな。

「で、初めておしっこして、恥ずかしくって、また歩いて、家まで着いて、景色も綺麗で……。」

「うん。でも嫌なことあったんでしょ?」

「うーんと、靴のドロ落として、中に入る時に、まだ靴履いてないとダメなのかなあって、足痛いなあって、でもこの世界は家の中も土足って事だろ?わがまま言って迷惑かけれないし。とか色々考えてたらモヤモヤしてきて。笑えなくなって。でも、ジュードさんに浄化かけてもらったら、ちょっとマシになったから。別に言わなくても良いかなって。」

「言えばいいんだよ。我慢するから笑えないんだよ。ジュードさんは絶対怒らないから。」

 燈翔はにっこりしながら、言ってくれる。

「兄ちゃんはさあ。一応15年生きたけど、経験とか体験は子供より少ないんだよ。今からは好きなことしていいんだ。嫌なことは嫌って言っていいんだ。最初に我慢ばっかり覚えたらダメだよ。」

「でも我儘ばっかり言ってたら、みんなに迷惑だろ?ジュードさんはおれの面倒みてくれるわけだし、保護者だからって甘えてばっかりもダメだと思うんだよ。」

 すると燈翔はものすごい苦い物を食べた時みたいな顔をして、長いため息をついた。






 





 

 

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