シアター・ハイスクール

幽斎

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第四場

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 そして、元々無いやる気を、いつも以上に発揮せず、放課後。

 何だか話し合いが億劫になってしまったので早々に帰ろうとした俺だが、金久保先生に捕まってしまい、昨日と同じ生徒相談室へ。
 八千草、三島、澤野が既に座しており、俺と金久保先生はその対面へ腰かける。
 あー。気が重い。

「それで、三人が演劇部を作ろうと思った経緯を教えてくれるかしら?」

 なんか。何と言うか。悪い事をして呼び出さている生徒のような気分だ。
 昨日の一件以来、三島はあからさまに元気が無いし、八千草は親の敵のような目で俺を見てくるし。

「あ。はい。演劇部を作ろうと言い出したのは、三島さんなんです」

 ん? 三島?

「本当か? 三島……?」

 俺の問いかけに、三島の肩がピクリと震え、消え入りそうな声で。

「はい……」

 と、答えるのだった。
 これは、意外だ。かなり意外だ。
 三島はクラスで目立つことも無いし、いつもおどおどしていて、芝居をやるような人間には見えない。
 昨日のあの様子からして、演劇を見るのは好きなんだろうが、まさか、彼女が発起人とは思いもつかなかった。

「芝居がやりたいのか?」
「い、いえ……そうじゃないんです……」
「じゃあ、なぜ……?」
「私……お話を書くのが好きで……戯曲が書きたいんです……それで、私の書いた戯曲を、誰かに演じて欲しくて……」

 戯曲を、書きたいのか。
 これはまあ、納得できる。
 彼女は普段から本をよく読んでいるし、言われてみれば、戯曲とか書いてそう。だけど、まさかそれを誰かに演じて欲しい。そうまで考えているとは……。

「カオの書いた話は、凄く面白いの。それで、私が役者を買って出たのよ」

 何故か得意げな八千草。

「ハルちゃんが、私の話を褒めてくれて、それで私も勇気が出て……演劇部を……」

 どうもそこが、いまいち腑に落ちないと言うか、違和感と言うか。
 今まで、八千草と三島が一緒に居るような所を見たことが無かった。タイプ的に、違い過ぎる。

 そんな二人が一緒に演劇部を作ろうだなんて、どうも変な話だが、あだ名で呼び合っているという事は、俺が気付いてないだけで、それなりに仲が良いのだろうか。

「で、私が、八千草さんに誘われたんです」

 そう最後に締めくくるのが、澤野だ。
 確か、澤野と八千草は出身中学も同じで、普段から仲が良かったな。まあ、それは良いや。

「経緯は分った。でも、演劇部を作るのは無理だな」
「なっ!」

 中々どうして。役者を買って出ただけあって、八千草。コミカルな良いリアクションをしやがる。

「どうしてよ!?」
「八千草。生徒手帳を確認しろ。部活動の項目だ」

 澤野と三島が自身の生徒手帳を確認する中。八千草が生徒手帳を携帯している筈も無く、三島の生徒手帳を上からのぞき込んでいる。
 いやちゃんと持っていろよ。学校生活において生徒手帳の携帯も、列記とした校則だからな。

「部活動は、生徒の自主性を重んじるもので、基本的に誰でも作る事が出来る」
「じゃあ何が問題なのよ?」
「話は最後まで聞け。そこに人数の事も書いてるだろ? 部活動を設立、維持するためには、最低でも五人は必要だ。お前達三人しか居ないだろ?」

 そう。最初からこいつらが演劇部を作るのは、無理だったのである。
 本当は昨日、言ってやるべきだったんだろうが………知るか。

「はい。先生」
「なんだ? 澤野?」

 挙手して発言を求める澤野に、俺は授業のように名指しして発言を促した。

「部活動の中には、明らかに部員数が五人以下の部活もありますよね? あれは良いんですか?」

 こいつ、鋭いな。

「確かに、そういう部も存在する。でも、部員は存在する。幽霊部員だがな」
「げっ。そんなんありですか?」
「先生方も頭を悩ませているよ」

 と、俺の返答は何処か他人事だった。

「まあつまりだ。部活を作りたいなら、あと二人、集めて来い。話はそれからだ」

 俺が残酷な現実を突きつけてやると、八千草と三島はがくりと落胆する。
 そんな風に見せつけられると、流石の俺も、少し心が痛むが、規則は規則だ。俺も教師であり、生徒の模範である。そんな俺が、規則を破る訳にもいかないし、そもそも、俺ではどうともならない次元の話だ。

「逍遥先生。それはあんまりだわ」

 金久保先生。先程から会話に入ってこられず、何か怪しいなと思っていたんです。

「……何がすか? だって部活動は作れないじゃないすか?」

 取り繕ったように俺は動揺を隠し、事実を述べるが、今俺が考えている事と、金久保先生の企みは同じであろう。

「ええ。確かに、部活動は作れないけど、同好会は作れるでしょ?」

 やはりか。と、俺は歯噛みし、大人気も無く金久保先生にジト目の視線を送る。
 しかし、先生はそんな俺をものともしない。

「同好会……? 部活とどう違うんですか?」

 澤野の質問に対し、金久保先生は懇切丁寧に答えた。

「同好会は部活と違い、部員数の制約も無い。だから一人でも作れるの。ただ、学校から予算は下りないし、公式の大会には出られない。うちにもいくつかあるわよ」
「つまり、演劇部じゃなくて、演劇同好会を作ればいいんですか?」

 三島が元気を取り戻していた。珍しく、目を煌々と輝かせている。

「ええ。そうよ」

 金久保先生の笑顔に、三人の顔がパッと明るくなる。
 対し、俺の顔は暗くなる。

「でも、結局同好会にも顧問は必要ですよ?」
「だから、それは逍遥先生にお願いするわ」
「何でそうなるんですか……」
「だって、あなたが適任じゃない?」
「……分かりました。誰か引き受けてくれそうな先生に当たってみます」

 何故だか、妙にムキになってしまう。
 金久保先生は、他の誰でも無い、俺を頼って来てくれたというのに、俺はそのお願いを無下に一蹴しようとしている。

「小田島先生、あなたがやるのよ!」

 急に今まで見た事も無い剣幕で、金久保先生に𠮟りつけられたことにより、情けなくもたじろいでしまった。
 バスケ部で指導をしている時も、このように怒鳴るのだろうか。

「先生。あなたが顧問をやるの。あなたしか居ないのよ」
「こ、顧問になるだけなら誰でも出来ます。それなら、俺みたいな新米教師よりも適任が居るし、それに芝居を教えるなんて……俺には無理です!」
「どうして?」

 何故、掘り下げるんだ。

「もう芝居はしないと決めたんです! だから教師になったのに、もう芝居には関わりたくないんですよ……!」

 無様に、俺は吠えていた。
 わざわざこの高校を選んだのは演劇から身を置く為だ。この学校には演劇部が存在しなかったから。
 俺は、そのまま下を向いた。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。これでは昨日の二の舞だな。
 きっと酷い表情をしているんだろう。胸が熱い。
 生徒達は、どんな様子で俺を見ているだろうか。

「もう。マジ無理。マジ限界……」

 八千草が肩を震わせ、俺を虫でも見るかのような目で睥睨し、声を荒げた。

「あんたさ! さっきから情けない事ばっかり、それでも教師なワケ? 大人なワケ? 情けないと思わないの!?」

 このクソガキは……。俺の気も知らないで……!

 でも、何も言い返せなかった。自分でも分かっているからだ。

「ハル、落ち着きなって。先生だって事情があるのよ」

 澤野が宥めてくれたおかげで、納得は出来なくも、八千草はどうにか怒りを鎮める。

「ごめんなさい!」

 三島が目元に涙を浮かべながら、深々と頭を下げた。

「わ、私が、演劇部を作りたいなんて言い出したから……それに、小田島先生の気持ちも考えないで……」
「カオ、気にする事無いわよ」

 とは言え。今日も何の進展も無いまま、話し合いは終わりそうだな。俺としては、情けなくても何でも良いから、こいつらの顧問になるのは御免だ。さらに欲を言えば、演劇同好会の設立も阻止したい。俺、醜いな……。

「ねえ、あなた達。本気で演劇をやろうと思っている? その覚悟はある?」

 金久保先生が真剣な眼差しを生徒達に向け、詰問した。

「本気じゃなかったら、先生の所に来ないって」
「は、はい……!」

 八千草は即答し、三島は遠慮がちながらも、瞳の奥には覚悟を燃やしている。

「まあ、私はハルに誘われただけですけど、やるからには、ちゃんとやりますよ」

 澤野も同意する。何だろう。こいつらを見ていると、ますます自分という人間が嫌になってくる。

「ねえ百合子先生。先生が顧問やってよ」
「うーん。私は女子バスケ部があるから。ごめんね」
「だったら、せめて小田島先生以外の人に頼んでよー」

 必死だな、八千草。まあ、俺がこんな様子じゃ、それも当たり前か。

「逍遥先生が適任だと思うけどな。三島さんはどう思う?」

 突然話を振られた事で、三島は肩をピクリと跳ねさせ、俺の事を、チラリと一瞥した。

「わ、私は……それでも、小田島先生が、良いと思います……」

 その言葉に、特に、俺と八千草が驚愕した。
 俺がここまでみっともなくも嫌がる姿を見ておいて、普通ならばこんな男に教わるなんて嫌がって然りだろう。

「ど、どうして俺なんだ……?」

 面くらって動揺してしまい、声が上ずってしまった。

「その、同好会を作っただけじゃ、意味が無いと思って……たかが、クラブ活動かも知れませんが、本気で、演劇をやりたいんです。お遊びなんかじゃ無くて、真剣に……だったら、小田島先生のような、演劇の事、お芝居の事を良く知っている方が居てくれた方が、心強いと言いますか……」

 言葉は力弱い。しかしその奥には、野心にも似た何かが垣間見える。三島がここまでの事を考えているとは、心底意外だった。

「どうしますか? 逍遥先生」

 金久保先生が、ニヤニヤとこちらを見てくる。どうするも何も、俺は……。

「確かに、そうか……カオがそこまで言うなら……あんたが顧問で良いわよ」

 不服そうに、納得は出来ないが、発起人の三島が言うならば仕方なく、とそんな感情が駄々漏れな態度で、八千草が承諾する。
 あんたと呼ばれている事に関しては、少々腹が立つが、今は大目に見てやろう。

「キョノもそれで良い?」
「私は、元々誰が顧問でも良かったから」

 そうはっきり言う澤野。誘われた身である彼女は、他の二人よりも部活動に対する熱量は低いようだ。そこまでの拘りは無いらしい。
 なんか、俺が顧問を引き受けるみたいな流れになっているが。

「ちょっと待て、俺は顧問なんてやらないからな!」
「はあ! あんたね、カオにここまで言わせておいて、断るの!?」
「断る! お前こそさっきの俺の話聞いて無かったのか! 俺はもう演劇なんかと関わりたくないんだよ!」
「マジ情けなさすぎてキモイんですけど! あんた何かっこつけちゃってるのよ! ああ、キモイキモイ……!」
「格好なんかつけてねえし、てめえホントいい加減にしろよこの野郎!」

 八千草との子供じみた詰り合いに三島が涙を浮かべオロオロと慄き、澤野が呆れを込めた溜息を吐く。

 すると__

「よし。ならこうしましょう。演劇の事なら、演劇で決めれば良いのよ!」

 ……はい? と、俺を含めた、この場に居る全員が首を傾げる。
 金久保先生は名案が思い付いたと云わんばかりの清々しい笑顔で俺たちの疑問に答えた。

「あなた達三人が、逍遥先生にお芝居を見せて、熱意を認めさせれば、あなた達の勝ち。演劇同好会を立ち上げて、逍遥先生が彼女たちにお芝居を教える。もし、先生のお眼鏡にかなわなければ、この話は無かった事にする。いいわね?」

 そして、ニコリと微笑んで締めくくる。

「待ってください金久保先生!」
「あら? どうしたの逍遥先生? 悪い話では無いと思うけど」
「勝手に決めないで下さい! 俺は、顧問なんてやりませんよ!」

 俺が無様に吠えると、八千草からの侮蔑の眼差しが刺さるが、気にしない。

「それは、この子たちの頑張り次第だわ。どう、あなた達は?」

 俺からの抗議を一刀両断し、生徒達へ視線を向けると、八千草がいの一番に開口した。

「面白そうじゃない。受けて立つわ!」

 このバカは、話を理解しているのだろうか? これは、面白そうで解決出来るくらいの問題では無い。

「ちょっとハル、良いの? こんな勝負を受けて」

 澤野の言いようは正しい。二つ返事で受けるには分の悪すぎる賭けだ。

「だってこのままだったら埒が開かないし。演劇の事は演劇で決める。至極全う」

 まあ、日頃から分かっていたが、こいつは救い様の無いくらいに頭の出来が悪いようだ。そんな事を口に出したら教育委員会から呼び出しものだから口にはしないが、思う分にはいいだろう。

「カオもいい? それで」
「うん。いいよ。台本は私が用意する」

 三島も意外にもノリが良かった。諦め、とも違うか。それくらいの困難くらいは乗り越えなければ未来など無い。くらいの強い意志を感じる。

「どうかしら、逍遥先生は?」

 こいつらにしてみれば、簡単な事では無いが、俺から見ればこの話しは悪いものではない。例え、万に一つの可能性も無いが、こいつらが滅茶苦茶面白い芝居を作り上げたとして、俺が一言、「つまらない」と言ってしまえば済む話なのだから。

「良いですよ……そこまで言うなら見てやるよ。お前らの芝居」

 そして本当に終わらせる。俺の演劇人生を。

「それじゃ、勝負の取り決めは……どうしましょうか、逍遥先生」

 頭を悩ませた末に、金久保先生は俺に助け舟を求める。
 一つの芝居を作り上げるにあたり、どれくらいの期間が妥当で、どのような内容が必要なのかも分からないのだろう。それくらいは提示してやるさ。

「勝負は一週間後の放課後。登場人物は3人、上演時間は20分。それより短くても長くても良いけど、短い期間で長編作品を作り上げるのは無理だろ? 他は何だっていい。喜劇でも悲劇でも好きなジャンルの芝居を見せろ」

 まあ、こんなところだろう。一週間はギリギリのラインだ。台本作りに一日か二日、台詞を覚えてミザンスを付けて、装置は大掛かりの物は用意出来そうに無いが、小道具を用意して……20分の芝居に一週間。既存の台本があればもう少し難易度は下がると思えば大間違い。探せば沢山あるだろうが、そんなものに心を動かされはしない。あぁ、この話知ってる。と、プロの芝居と見比べられて御終い。

「よっし、あんたの鼻を明かしてやるわよ!」

 本当に何も理解していない。一つの物語を作り上げるのに、プロの役者達が血反吐を吐く思いで何日も何日も、体力も精神もすり減らして、やっとの思いで傑作は生まれるのだ。

 高校生の素人に心を動かされる程落ちぶれたつもりは無い。

「ちょ、ちょっと待った!」

 このまま勝負の流れに移る勢いを、澤野が分断する。

「ハル、一週間で出来ると思ってんの? しかも先生を感動させるとかハードル高すぎ!」
「大丈夫っしょ。なんとかなるなる」
「あー、もう楽観的! それに、私は裏方なら参加するって言ったけど、役者をやるなんて言ってないよ!」
「ああ、そうだっけ? ごめんけど、今回だけは協力してよ。こいつをぎゃふんと言わせたいからさ」
「ほんと昔から、言い出したら聞かないんだから……今回だけだよ……!」

 澤野が折れる形で話はまとまり、いざ総括。

「それでは、三島さん、八千草さん、澤野さんが逍遥先生にお芝居を見せて、感動させられたら、演劇同好会を立ち上げて先生は顧問を引き受ける。勝負は一週間後、上演時間は20分。ということで双方よろしいですね?」
「うん!」
「はい」

 八千草が元気よく、自信満々と云った具合に返事を返す。その自信は一体どこから来るのだろう。

 何はともあれ、あと一週間だ。
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