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エクレールさんとシュークリーム

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 あさひなの対面に座る女性に、彼が苦渋の表情を浮かべる。
 マスター以外のギルドメンバーがこの場にいないことが、彼にとっての幸いだった。

 目の前の彼女が、テーブルの上に箱を乗せる。
 眉の辺りで切り揃えられた前髪は黒く艶やかで、腰まで届く髪の毛先も同様に切り揃えられていた。
 にこにこと柔らかな笑みを浮かべる表情は穏やかで、蜂蜜色の瞳にも敵意はない。
 小さくふっくらとした唇を動かし、彼女が音を紡いだ。

「あさひなくん、エクレアとシュークリーム、どちらがすき?」
「エクレール、手土産は結構です」
「あら、どちらも20個ずつ買ってしまったの」
「多過ぎます……」

 エクレール、と呼ばれた女性が、あらあらと華奢な指先を頬に当てる。
 げんなりとため息をついたあさひなの後ろから、ソファの背凭れで頬杖をついた幼女の姿のマスターが、バリトンボイスを響かせた。

「それで、姉ちゃんは何のご用で?」
「先日、うちの子がお世話になったでしょう? お詫びに来たの」
「必要ありません。そういうの」
「ごめんね、あさひなくん」

 重たくため息をつくあさひなに、エクレールが眉尻を下げる。
 上品な仕草で、彼女が膝の上で手を組んだ。

「あのね、あさひなくん。わたし、ずっとあなたに謝りたかったの。あなたをひとりぼっちにして、ごめんなさい」
「……あなたのせいではありません」
「それでも、ね。あのときのわたしに、もっと力があったならと、そう思ってしまうのよ」

 独白のように流れるエクレールの言葉に、あさひなが難しい顔で沈黙する。

 マスターが手土産の箱を開けた。
 失礼するぜ~。空気を読まないそれが、シュークリームを手に取る。

「ええ、召し上がって」
「マスター……」
「いいじゃねぇか。お前等の話が片付いたら、ユウとシエルド呼ぶぞ。今夜はパーティーだ!」
「素敵ね、楽しそうだわ!」

 別種類のため息をつくあさひなを脇目に、エクレールが嬉しそうに両の指先を合わせる。
 親指を立てた幼女は自信に満ち溢れていた。
 何度目かのため息をつき、あさひなが額を押さえる。

「それで、何のご用でしょうか?」
「世間話、かしら」

 軽やかに微笑んだエクレールが、可憐な乙女のように小首を傾げる。
 諦めた様子のあさひなが、正していた姿勢を背凭れに預けた。彼女が言葉を続ける。

「そうね~、何から話そうかしら」
「手短にお願いします」
「あら、素っ気ない。うふふ、あのね、あさひなくん。わたしもあの人のアクセサリーになったの」

 瞬間、あさひなの表情が凍り付く。愕然とした彼を前にしても、エクレールの笑顔は変わらなかった。

「正気、ですか……?」
「あの後色々と体制が変わったの。あの人、あなたを失ったことが相当嫌だったみたい。だから、気をつけてね」
「……ご忠告、ありがとうございます」
「なあなあ。姉ちゃんはこいつを連れ戻そうとか、そーいうの思わねぇのか?」

 顔色を悪くさせたあさひなの後ろで、シュークリームをぺろりと食べ終わった幼女が、エクレアへ手を伸ばす。
 きょとりと瞬いた黒髪の佳人が、声を立てて笑った。

「まさか。そんな無粋なことしないわ」
「やめてください、マスター。彼女と戦闘なんて、ぞっとします」
「最強剣士サマでも、苦手なやつがいんのか?」
「彼女は、人形使いです」

 ぽかん、エクレアをくわえた体勢のまま、幼女が静止する。
 緑の目を瞬かせ、くぐもった声を発した。

「はー。噂に名高いバーサーカーさんか。こりゃ驚いたな」
「あら、そんなに凄いものではないわ。噂の一人歩きよ」
「……どうだか」

 半眼であさひなが頭を振る。やさぐれた表情は、決して保護対象の彼等へ見せられるものではなく、普段の穏やかさも清涼感も仕舞われていた。
 バーサーカーと称された彼女は変わることなく笑顔で、マスターの淹れた紅茶をゆるりと飲んでいる。

「わたしね、今は疲弊した子たちの調整役をやっているの」
「…………」
「あさひなくんにしてあげられなかったこと、今では何とか形に出来ているわ」
「……何故、そこまで尽くすのです?」

 小さな問い掛けに、エクレールが花が綻ぶように微笑んだ。
 淡く頬を染め、口許に合わせた手を乗せ、秘密を打ち明ける少女の顔をする。

「あの団体はね、大きな膿よ。今か今かと、弾けるときを待っているの」
「…………」
「あさひなくんは戦績に興味がないでしょうけれど、たまには見てあげて? もう何処にも、あの人個人の名前は載っていないわ」

 楽しくて堪らないとばかりに、エクレールが笑みを深める。
 夢見る乙女のように、彼女の唇は止まらない。

「崩壊が見たいの。すぐ、傍で。今わたしがいる席は、間近で見られる最高の特等席なの!」
「……エクレール、」
「大多数に攻め落とされる城が見たい。縋りつくあの人の無様な顔が見たい。絶望する姿をこの目で見たい。
 そのためにわたし、大人しいワンちゃんのふりを続けているの」
「……姉ちゃんはそいつに、親でも殺されたのか?」

 狂気に弾んだ告白に、エクレアを食べきった幼女が眉を顰める。
 うふふっ! 微笑んだエクレールが席を立った。

「だからね、あさひなくん。決してあの人に捕まっては駄目よ。停滞しているあなたなんて、足枷でしかない。守れるものも守れないわ」
「……相変わらず、ぶっ飛んでますね」
「うふふ、お茶ご馳走さまでした。とてもおいしかったわ」
「そらどーも」

 踵を返したエクレールに、通信が入る。
 立ち上がった画面に、彼女がやれやれとため息をついた。

「どうしたの? ヴォルフくん」
『どうしたもこうしたもない。ログインしているのなら、あの方に顔を出せ』
「全く、今日はオフの日だと伝えたはずよ? 独占欲の強い男はもてないわ」
『エクレール』
「本当、待ての出来ない殿方ね。……ねえ、ヴォルフくん。あなたはシュークリームとエクレア、どちらがすき?」
『は? 俺は甘いものは……』
「監視ご苦労さま。あなたのだいすきなエクレアを、そのお口いーっぱいに詰め込んであげるわ」
『……ひとつで勘弁してくれ……』
「うふふっ、第3都市コランダムで待ち合わせね」

 通信相手の返事を聞かずに切られた画面。
 長い髪を払ったエクレールが、部屋の主へ振り返った。

「いることがバレてしまったわ。それでは御機嫌よう、あさひなくん、胸肉さん」
「お、おう?」

 全く定着しない名前を変化球で呼ばれ、幼女が大きな目を更に丸くする。
 微笑みを残したエクレールが蝶番の音を立て、退室した。
 残された甘ったるいにおいをさせるふたつの白い箱を前に、深々とため息をついたあさひなが項垂れる。

「……すみません、マスター……」
「んー、まあいいんじゃねぇか? どえすでどまぞな姉ちゃんだけど、別段危害加えてくるわけでもねえし」
「……わたし、のんびりゲームがしたかっただけなんですけどね」

 頭を抱えて落ち込む青年を一瞥し、幼女が画面を立ち上げる。
 にんまり、チョコのついた口角を持ち上げたマスターが、からかうようにあさひなへ声をかけた。

「ほら、いつまでも管巻いてねぇで、しゃんとしろ。お前の栄養剤呼んでやるからよ」
「……はっ、ま、待ってください! こんな顔見せられないので! 待ってくださいってばマスター!!」
「おう、シエルド? そこにユウいるか? さっきエクレアとシュークリームを山ほどもらってな。これからパーティーしようや」
「マスター!! あなたに人の心はないのですか!? 人でなしですか!?!?」
『……あさひなが叫んでるって、レアな光景だね。ユウ、急ごう。取り乱したあさひなが見れるよ』
『シエルドくん、さては鬼だな?』
「おうおう、あさひなが台所で頭から水被ってら。勇ましいねー」
『マスター? さては鬼ですね?』
「このまま実況してやる」
「剣投げつけますよ!?」

 その後、ずぶ濡れのあさひなを駆けつけたユウがタオルでぽんぽんし、感極まったあさひなの餌食になったユウを置いて、あさひなの髪を後ろからぽんぽんするシエルド、という謎な光景が生まれた。
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