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ツンデレは架空の生き物

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 何とか朔月さんを言いくるめて、運営の窓口にやってきた。
 朔月さんは、ギルドの人たちに見つかると厄介だからと、フードを目深に被っている。
 ……運営と対立でもしてるのかな?

 受付のNPCのお姉さんと話してしばらく、奥の扉が動いた。

「赤毛くんだったんだ~。久しぶりー」

 見た目は妖艶な女性なのに、のんびりとした仕草が雰囲気を打ち消している。
 独特な呼び方で俺を呼んだ平野さんが、ひらひらと手を振った。カツカツ、華奢なヒールが音を立てる。

 ……俺の配色は、折角のファンタジーなんだからと、赤色の髪に青目でモデリングしている。
 実際の年齢よりも幼く設定したのは、何か隙間とかに入りやすそうとか、そういう理由からだ。
 結構気に入っているのだけど、そういうあだ名になるんだ……。そっか……。しみじみしてしまう。

「平野さん、こんばんは」
「エスメラルダ~。まあ、いいんだけど。そっちの子たちはお友達?」

 にこにこ、微笑む平野さんが膝に手をつく。際どい胸元から意識的に視線を逸らせた。
 マスターよりかは良心的と言っても、彼の中身は22歳の男性だ。視覚トリックに騙されないぞ。

 事前に事情を教えてもらった俺とは違い、平野さんを知らない面々が視覚情報を鵜呑みにしている。
 何だか酸っぱい気持ちになってしまう。

 特に顕著だったのが、意外にも朔月さんだった。
 彼の豊満ボディと、自身の身体つきとを真剣に見比べている。……繊細な問題だもんね。うん。

「すみません、その、平野さんに相談があるんです」
「俺でいいの? 先輩、明日ならいるよ?」
「一瀬さんにも知ってもらいたいんですけど、緊急で……」
「そっか~。じゃあ、向こうで聞くねー」

 きょとんと瞬いた目許が、再びにこにこと崩される。
 しなやかな指先が示した部屋は、いつかのオルトロスの説明を受けたところだった。

 席に案内され、平野さんがこの場を離れる。途端、背後からフードの女の子に襟首を掴まれた。
 潜められた声量で、朔月さんに耳打ちされる。

「ちょっと、本当にあんなのほほん女で大丈夫なの?」
「のほほん……。大丈夫だと思うよ、多分」
「多分って……!」
「ユウって、意外と知り合い多いよね」
「そうかな?」
「メイ、運営初めてきたよー」

 シエルドくんとメイさんが興味深そうに辺りを見回す中、朔月さんのじと目に耐える。
 戻ってきた平野さんが、「赤毛くん、赤毛くん」俺のことを呼んだ。

「赤毛くん、俺、何で向こうに行ったのかな?」
「寝てください平野さん。多分お茶を淹れに行ったんだと思いますよ」
「そうだそうだ。さすが赤毛くん~!」

 にこにこ、微笑みを取り戻した平野さんが、再び廊下へ消えようとする。
 彼の白衣を引っ張って、座席へ押しやった。

「平野さんが前に教えてくれた、『誰もいないマップ』の話、覚えてますか?」

 お茶はなかったことにする。
 そうでもしなければ、平野さんはずっとこの部屋と廊下を往復し続けそうだ。
 それは困る。夜が明けてしまう。

 無理矢理話し始めた俺に、彼がきょとんと瞬く。ぽってりとした唇に指が添えられた。

「……? ……? …………、あ! 百物語のこと?」
「それです!」

 眠そうな顔を閃かせた平野さんが、一際輝く笑顔を見せる。
 見た目は艶やかな女性なのに、無邪気な仕草が平野さんの性格を如実に表明していた。

 朔月さんから聞いた話を平野さんにする。
 途中シエルドくんの補足があったり、朔月さんの訂正があったりしたが、伝え切ることは出来た。
 考え込むように唇に手を当てた彼が、文字列となった音声データを指先でなぞる。

「みんなのスキル画面を見せてもらってもいいかな?」

 やんわりとした指示に従い、俺とシエルドくんが画面を開く。
 朔月さんは渋るように、嫌々と画面を立ち上げていた。

「赤毛くんは『しゅくふく』で、……これは先輩が解析してるやつか。金髪くんが『ちゅうせん』……これはこれ以上の情報がないんだね。ひつじちゃんは特になし、で、きみのが……」

 朔月さんのスキル画面に浮かんだ文字化けを、平野さんが指先でフレームを作って覗き込む。彼がルージュの唇を開いた。

「『招待券』、かな。内容は……『ようこそ!』って書いてあるね」
「書いてあるね、じゃないわよ! どうにかしなさいよ、これ!!」
「ご不便をおかけし、大変申し訳ございません」
「謝罪が欲しいんじゃないわ!」
「朔月さん……!」

 掴みかからんばかりの朔月さんを押し留め、平野さんとの間に入る。
 唇を噛んだ彼女がそっぽを向いた。固く握られた手が震えている。
 メイさんがその手を取って、ぽんぽん叩いた。

「不思議な話なんだけどねー、こんなにエラーが起こってるの、このサーバーだけなんだぁ」

 平野さんの言葉に顔を上げる。
 困ったように眉尻を下げる彼が、見た目だけは艶めかしいため息をついた。

「サーバー?」
「えっとねー。多分みんな、ゲームしてて、そこまで言葉の壁を感じていないはずなんだけど……」

 ふいと揺れた平野さんの視線が、メイさんに留まる。
 紫色の目を緩めた彼が、柔らかそうな唇を開いた。

「そこのひつじちゃんは、翻訳機を使ってるんだね~」
「そうだよー。メイ、言語選択、日本にしたよー。日本のお友達欲しいなー」
「……もしかして、言語ごとにサーバーが分かれてるの?」
「大体そんな感じ。ここはねー、第5サーバーって呼ばれてるんだよ~」

 指先で画面を広げた平野さんが、俺たちに見えるように画面を立てる。
 スクリーンのように映し出された映像には、中心の円柱と、それを囲む8個の箱の絵が描かれていた。

「真ん中の丸いのが、マザープログラムだよー。俺たち下っ端にはアクセス権がなくて、このゲームの中枢を担ってるところ」
「……今更だけど、これって、機密情報とかじゃないの? 教えて大丈夫?」
「心配してくれてありがと~。でも、これを説明しないと、多分訳がわからないと思うんだー」

 にこにこ、笑みを浮かべる平野さんが、画面をこつりと叩く。
 浮かび上がった文字は『Mother』と、数字の振られた『server』だった。

「まず第1サーバーなんだけどー、これがプロトサーバーを機軸に組んだものでー。他の7つのサーバーは、みんな第1サーバーのコピーなんだ」

 平野さんの人差し指が画面を叩き、『Proto Server』と書かれた水色の箱が生まれる。
 プロトサーバーから第1サーバーへ矢印が向き、更にそこから第1サーバーを軸に、円を描いた矢印が他の箱の周りを回った。
 ついで、先ほど話題に上った第5サーバーが、赤色で表示される。

「確かにその文化圏に合わせた調整は、各サーバーによって施されてる。けど、基本的にどのサーバーも起点のコピーなのだから、第5だけがエラーを吐くなんておかしいんだ」
「よくわからないけど、何となくおかしいことはわかりました」
「あははー、ごめんね~。上手く説明出来なくて~」
「……他のサーバーには、何も問題がないの? 例えばマザーの方にエラーが出てたりとか」

 思案気なシエルドくんが、顎に手を添え小首を傾げる。平野さんが緩く首を横に振った。

「マザーに異変があったら、そもそもゲームが起動しないんだ~」
「じゃあ何で、このサーバーだけおかしいのよ……」
「何でだろうねー。みんなネットで楽しそうだし、嘘から出たまこと、とかだったら面白いね~」
「面白くないわよ!! 今危機に瀕している私が特に!!」

 朔月さんがテーブルを叩くが、平野さんは相変わらずのほほんとしている。
 ため息をついたシエルドくんが、朔月さんへ視線を向けた。

「騒ぎが治まるまで、ログインを控えるとかは?」
「駄目よ! そんなことしたら、団長に何て言われるか……!」
「……なんか、規律の厳しそうなギルドだね」
「なんだっけ~、みたいな名前だったよね~?」
「れ、い、め、い! の騎士団!!」
「それだそれだ」

 妖艶な見た目に似合わない、古典的な仕草で平野さんが手を叩く。ぽんって、そんな……。
 やっぱり、といった顔をするシエルドくんとは違い、俺とメイさんは事情が飲み込めない。置いてけぼりな顔をしていた。

「前にあさひなが話してた、大型ギルドのこと。黎明の騎士団っていって、第5都市ルベライトに拠点を置いてるんだ」
「な、なるほど……?」
「……今度一緒に行ってみよう。大きな街で、周るだけでも楽しいよ」
「ぶー。メイもシエたちとデートしたい」
「時間が合ったらね」

 天使は現存していた。
 全くわかっていない俺を手助けしてくれるシエルドくんが、メイさんのラブアタックを軽く受け流す。
 さすが、日々あさひなさんを往なす達人なだけある。

 やんわりと微笑んだ平野さんが、画面を消す。
 にっこり、開かれたルージュの唇が、耳に心地好い音程で話し始めた。

「何にも解決出来なくてごめんねぇ。もし何か困ったことがあったら、またここにおいで~」
「……本当、なんにも解決してないじゃない……。どうしよう、明日も同じことがあったら……」
「ユウ、よかったね。バグ仲間が増えたよ」
「嬉しくないけど心強い……、いややっぱりこわいからやだ」

 俺とシエルドくんのやり取りに、頭を抱えていた朔月さんが、じっとりとした目を向ける。
 立ち上がった平野さんが時計を仰ぎ見て、「10時だよ~、良い子は寝なきゃ」のほほんと時刻を教えてくれた。メイさんが慌てたように立ち上がる。

「メイ、今日は帰るね。リュヌ、ひとりで泣かないで、メイに相談してね!」
「さ、く、げ、つ!! 何かちょっと美しい感じで呼ばないでよ!」
「Oui!! サク、チャオ!」

 光の粒子とともに、メイさんの姿が掻き消える。
『sheepNuit さんがログアウトしました』の文字に、この光はログアウトの光だったのかと、誰にも聞けずにいた疑問がひとつ解消した。平野さんが扉を開ける。

「それじゃあ、俺は仕事に戻るね~。みんな、あんまり無茶しちゃダメだよー」
「ちょっと! 詫び石くらい寄越しなさいよ!」
「それを決めるのも仕事だよ~」

 手招きする平野さんに従い、扉を潜る。
 バイバイと手を振る彼に、「ちゃんと寝てくださいね」と思考回路の処理速度が落ちてるっぽい様子を指摘する。
 苦笑いを浮かべた平野さんが、「ありがとう~」微笑んだ。

 運営を後にし、朔月さんがフードを被り直す。
 びしりと俺たちへ指を突きつけた彼女が、頬を膨らませて苦言を呈した。

「時間を浪費しただけじゃない!」
「その、ごめんね……?」
「罰として、あんたたちの連絡先寄越しなさいよ! ほら、さっさと画面出して!」
「ええええ!?」

 朔月さんに腕を引かれ、立ち上げた画面がひとつ色を変えた。
 すかさず横から伸びた手が、素早く画面を叩いて行く。
 目の前を、『朔月さんをフレンド登録しました』との文字が流れた。……早業だね?

「ほら、あんたも!」
「いいよ、自分でする。……通知いった?」
「えっ、ええ!」

 シエルドくんが涼しい顔で画面を操作し、朔月さんが鼻を鳴らす。
 画面を閉じた彼女の頬は若干赤味を帯びており、それでも不遜な態度でこちらに指を突きつけた。

「いい!? 拒否したり、削除したら許さないからね!?」
「構わないけど、ぼくたちのところで起こってるバグにも付き合ってくれる、って解釈でいい?」
「か、構わないわよ! 確実に私のよりこわくなんかないんだから!」
「やったね、ユウ。バグ仲間獲得だよ」
「更なるこわいを巻き込んで、シエルドくんは何を目指すの? こわリンピック?」
「と、とにかく! 私の連絡には必ず出なさいよ!?」

 ふん! と息巻き、青い髪を払った朔月さんが、青い光に包まれる。
 その場から掻き消えた彼女に、しばらく呆然とした。ぽつり、呟く。

「あれ、絶対フレンド増えて、喜んでたよね……」
「ツンデレって、架空の生き物じゃなかったんだね」

 シエルドくんも同じ感想を持ってくれていて、嬉しく思うよ。
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