深刻なエラーが発生しました

ちや

文字の大きさ
上 下
15 / 33

あかいまち

しおりを挟む
 ――全体的に赤茶けた色彩が広がる。
 色のついたフィルム越しに眺めるようなそれは、街がおかしいのか自分の視界がおかしいのか、判別に困る。

 生温い風が無音を響かせ、粘度の高い空気が纏わり付いた。
 心臓がぞくりと粟立つ。見渡す限り周囲に人の姿はなく、気配すらなかった。

 通常ログインは、最後にログアウトした場所より、最も近いリスポーン地点から開始となる。
 ならば何故私は、こんな場所にいるのだろう?

 寂れたトタン屋根の倉庫と、崩れた煉瓦。
 雑草が石畳の間を割って増殖し、苔の這う井戸に引っ掛かった桶が割れている。
 窓硝子の破損した木造住宅はどれもこれも不気味なほど静まり返り、引き裂かれた帆が風に弄ばれていた。

 ――こんな町、知らない。

 堪らず生唾を飲み込む。喉が干上がり、たったそれだけの動作ですら苦痛に震える。
 絶え間なく辺りを見回し、緊張に強張る呼吸を落ち着けた。

 大丈夫だ。私なら大丈夫だ。何が来ようと、私なら対処出来る。
 いつでも放てるよう、腰の剣に手を添えた。


『 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 』


 異音を聞いた。同時にぱさり、乾いた音が真上でした。
 心音が速まる。冷や汗が止まらない。歯の根が合わない。上を見てはいけない。
 ……本能が警告するのに、私の首はゆっくりと上を向いていた。

 それが現れたのは頭上だった。
 入道雲を連想するほどの大きな顔が、逆さを向いて赤い雲の間から垂れている。

 それが自分の顔だと認識するのに、少しの時間がかかった。

 虚ろな目は何処も向いておらず、開きっ放しの口が無意味な音を立てている。
 私の喉の奥で悲鳴が強張る。思わず下がった足が、砂を踏む音を立てた。

 ぎゅるん、回転した目玉が私に焦点を合わせた。堪らず喉が絶叫を上げた。



 *

 絶え間なく流れる軽快な音楽。簡易的な椅子に座るひとりの人物に、ぱっと表情が晴れた。

(ハロさんだ!)

 道行く人の邪魔にならないよう、演奏者の近くに寄る。
 アコーディオンを弾いていた青年が、こちらを向いてやんわりと口角を持ち上げた。

 街に流れるこの音楽、実はゲームのBGMではなく、彼等音楽屋さんたちが人力で奏でているものだった。職人さん、すごい。

 ハロさん曰く、音楽屋さんのギルドでは、その街をイメージした曲を個々に作成して、演奏しに行くのだそう。
 なのでハロさんが先ほどから奏でているこの音楽も、ハロさん作曲のものだ。心弾ませるそれに感嘆の声が上がる。
 和音を響かせた彼が、優雅に一礼した。

「こんにちは、ユウくん。具合はもう平気?」
「こんにちは! もうばっちりです!」

 ふんわり微笑んだハロさんの肩から、薄茶の髪が零れる。髪の隙間から長い耳が覗いた。
 中性的で線の細い彼は、あさひなさんとはまた違った美人さんだ。
 ネイビーの制服には金色の縁飾りがされてあり、鼓笛隊を連想させる。


 ハロさんとの出会いは、俺がチュートリアルで撤退した、あの日まで遡る。
 血だらけで街の真ん中に放り出された俺を救出してくれたのが、彼だ。

 音楽屋さんの活動は曜日ごとに輪番を組んでいるらしく、お礼をしたくても恩人が見つからない。
 楽器とネイビーの制服を手掛かりに、話しかけた他の音楽屋さんがハロさんのことを教えてくれた。
 本人にも話が伝わったようで、ようやく次の日曜日にお礼することが出来た。

 ハロさんは、そんなに気にしなくていいのに、と笑っていたが、あのまま助けてもらえず、放置されていたらと思うとぞっとする。深くお礼した。

「ハロさんの曲って、何だかこう……わくわくしますね!」
「ありがとう。ユウくんも弾いてみる?」
「俺、リコーダーしか吹けないんで……」

 義務教育が教えてくれた楽器名を挙げると、優美な笑顔でハロさんがくすくす声を立てた。
 リコーダーかあ。懐かしそうに呟かれる。
 ……恐らく俺は、こういう何気ない会話で、自分の年齢を公表しているのだろう。
 大人の余裕を見せるハロさんが、目許を緩めた。

「ユウくんも、良かったら他の街にも行ってごらん? 違う曲も聞かせたいな」
「是非! ハロさんは、他の曜日は何処の街にいるんですか?」
「ふふふ、秘密。探してみて」

 お茶目に片目を閉じたハロさんが、再び和音を響かせる。
 ゆっくりと開閉する蛇腹が鍵盤と合わさり、踊るような音を奏でた。
 微笑みを携えたハロさんの伏し目がちな睫毛が光を透かし、日曜日の街角が舞台へと様変わりする。

 第1都市ユークレースは常光の街だが、日曜日のみ夕焼けが見られる。
 日没のあと、夜ではなく再び昼の光へ戻ってしまうそれは、ひとときの赤い街並みとして有名だそうだ。
 何でも、ユークレースの夕暮れの中告白すれば恋が成就するとか、願いが叶うとか、色々なおまじないまであるらしい。ハロさんが教えてくれた。

 百物語より、こちらの噂の方が心温まる。

 公演予定は教えてもらえなかったけど、あさひなさんやシエルドくんを誘って、色んな街を観光してみよう。
 ハロさんに手を振り、ギルドの建物を目指して人混みを縫う。
 あー、ハロさんの曲、通学時間に聴きたいなあ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

Anotherfantasia~もうひとつの幻想郷

くみたろう
ファンタジー
彼女の名前は東堂翠。 怒りに震えながら、両手に持つ固めの箱を歪ませるくらいに力を入れて歩く翠。 最高の一日が、たった数分で最悪な1日へと変わった。 その要因は手に持つ箱。 ゲーム、Anotherfantasia 体感出来る幻想郷とキャッチフレーズが付いた完全ダイブ型VRゲームが、彼女の幸せを壊したのだ。 「このゲームがなんぼのもんよ!!!」 怒り狂う翠は帰宅後ゲームを睨みつけて、興味なんか無いゲームを険しい表情で起動した。 「どれくらい面白いのか、試してやろうじゃない。」 ゲームを一切やらない翠が、初めての体感出来る幻想郷へと体を委ねた。 それは、翠の想像を上回った。 「これが………ゲーム………?」 現実離れした世界観。 でも、確かに感じるのは現実だった。 初めて続きの翠に、少しづつ増える仲間たち。 楽しさを見出した翠は、気付いたらトップランカーのクランで外せない大事な仲間になっていた。 【Anotherfantasia……今となっては、楽しくないなんて絶対言えないや】 翠は、柔らかく笑うのだった。

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

処理中です...