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ちや

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橙色検証ツアー

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 一瀬さんが指定した場所は、リントヴルムの渓谷という絶壁に挟まれた川だった。
 相変わらず眠そうな彼は端末を早打ちしており、三度くらい声をかけて、ようやくこちらに気付いた。

「……よう。保護者連れ」
「すみません、無理を言いました……」
「構わねーよ。とりあえず全員のデータだけ参照させてもらうわ」

 指先で端末を叩いた仕草に合わせて、俺たちの足許を青い光が回る。
 ポン、軽い音を立てたそれが掻き消えた。

「運営技術部の一瀬だ」
「度々世話になるな、兄ちゃん。こいつらの預かり主の骨抜きチキンだ」
「シエルドです」
「あさひなといいます。失礼ですが、ユウさんの画面について、何かわかっていることはありますか?」

 各々の自己紹介のあと、険しい表情のあさひなさんが問い掛ける。
 首を横に振った一瀬さんが、端末を叩いた。

「いや、少年が初めてだ。
 仮説なんだが、少年は指摘されるまで、その画面は当然あるものと思っていたんだろう?
 もし他のプレイヤーに同じエラーが出ているとして、始めから備わっている画面を不審に思うか?」
「じゃあ、気付いてないってこと?」
「敵が出たら知らせてくれて、体力が減ったら警告してくれる。便利な機能としか思わんだろ」

 確かに、一瀬さんの言う通りだ。思い返せば、最初の頃はマニュアルまで開いてくれたし。
 ええっ、もしかして橙色の画面って、良い存在なの? 驚かせ上手だね!?

 行くぞ、促した一瀬さんに続き、川沿いに上流を目指す形で歩き出す。
 水量の多いそこは中々に流れが速く、落ちたら危険だと思わせた。
 ……現実の俺、泳ぐの下手だけど、仮想世界なら泳げるのかな……?

「お魚泳いでるね」
「え? あ、本当だ」

 隣を歩いていたシエルドくんが、俺の視線の先を見詰めて声をかける。
 慌てて澄んだ水面へ目を向けると、日差しを受けて時折鱗が輝いていた。

「……シエルドくん、泳げる?」
「え? ……背泳ぎなら辛うじて」
「背泳ぎの方が難しくないかな!?」
「だって、浮くだけだし」
「な、なるほど……?」

 どうやらシエルドくんも、水泳は得意でないらしい。
 ふたり揃って、川の近くから心持ち岩だらけの壁面へ寄った。
 唐突に開いた橙色の画面が、警告音を鳴らす。合わせて、何処からともなく地鳴りの音が聞こえた。

「ユウ! シエルド! そこから離れろ!!」

 珍しく焦った表情のマスターと、駆け出したあさひなさんが高く跳躍する。
 はたと気付いた頭上を覆う日陰。咄嗟にシエルドくんの前に出て、障壁を練り上げた。
 ガシャアンッ!! 硝子が砕けるような、けたたましい音が渓谷を跳ね回る。

「ユウ!?」
「だ、大丈夫、くらっとしただけ」

 障壁は一枚破られるごとに、代償として体力を差し引かれる。
 防ぎ切ることが出来れば体力は減少しないため、俺は早急にレベルを上げた方がいい。
 よろめいた身体をシエルドくんに支えられた。

 頭上から落ちて来たのは、大人が腕を回しても抱え切れないだろう、大きな岩だった。
 歪な丸い側面には六つの顔が蠢き、思わずぞっとしてしまう。
 錫杖を振るったマスターが、岩石を四散させる。遅れてあさひなさんが崖上から華麗に降り立ち、長剣を鞘へ戻した。

「根幹は叩きました」
「助かったぜ、あさひな。ユウ、シエルド、怪我ないか?」
「大丈夫です!」

 それぞれの無事を確認し、安堵の息をつく。一瀬さんは沢山の画面と端末を見比べ、難しそうな顔をしていた。
 先人たちへ、先ほどの恐怖心を掻き立てる見た目の魔物について、質問を投げかける。

「今の、何ですか……?」
「なんつったかな……、首狩り族?」
「シュワクだよ、マスター」
「あーっ、確かそんな感じだったな!」

 適当なバリトンボイスに、シエルドくんが訂正を入れる。
 もしかすると、マスターよりシエルドくんの方が博識なのかも知れない。
 耳慣れない名称に首を傾げる俺へ、シエルドくんが指先で宙に何かを描いた。
 黒いグローブに包まれた人差し指が、何かの漢字を形作る。

「首に、或いはって書くのが語源だろうって。馘って字になるんだけど」
「ふ、ふーん……?」
「シュワクは、自分が狩った獲物の首を集めているんです。なので、特に気をつけてくださいね」

 やんわりと微笑むあさひなさんの忠告に、降ってきた大岩に浮かんだ歪な顔面が脳裏を過ぎる。
 …………豊かな想像力が、自分の首を絞めた。
 青褪める心地で何度も頷く。こわい。その敵こわい。

「……少年、画面は出たか?」
「あっ、出ました! 警告音もしてました」
「今は?」
「ええっと、俺の減った体力を映してます」

 一瀬さんの質問に、やっぱりみんなに見えていないのだと実感する。
 けれども彼の好意的な助言のおかげで、当初よりも恐怖心は薄らいだ。
 今回も敵に対して警告音を鳴らしていたし。

「その音はどんな感じだ?」
「結構うるさい感じです。ビーッ! って」
「鳴るタイミングは? 敵が出る前か、後か」
「大体同じ……ですかね。さっきも地鳴りが聞こえ出したときに鳴りましたし」

 一度唸った一瀬さんが、考え込むように静止した。
 徐に再起し、素早く青い画面を連打する。恐ろしいタイピングの速度に、内心引いた。

「……敵を呼び寄せてる可能性は低いな」

 ぼそりと呟かれた言葉に、俺の心が死んだ。
 そうか、危険を知らせているのではなく、危険を呼び寄せている可能性もあるのか! 後者の場合、俺、疫病神になるけどね!?

「ユウさんの画面は、純粋に警告しているだけだと?」
「推測だ。その警告音が、誰に向けられたものかで話が変わる。魔物へ向けられてんなら、悪意。少年に向けられてんなら、善意だ」

 あさひなさんの質問に淡々と答えた一瀬さんが、画面をそのままに俺へと近付く。
 画面を出すよう指示され、言われた通り青い画面を展開させた。

「さっきスキャニングしただろ? 変なもんが見つかった」
「これ以上に変なのがあるんですか!?」

 とんとん、波紋を生む指先が、スキルの画面へ行き着く。
 スクロールした人差し指が、『しゅくふく』の項目を叩いた。

「誰だよこんなスキル組んだの。せめて漢字使えよ、丸文字のミルキーペンかよ」
「あー、あの色が変わるやつ!」
「マスター、多分それ、マーブルペンです」

 手を叩いて閃いた顔をする見た目幼女に、呆れ顔のあさひなさんが訂正を入れる。
 多分きっと文房具の話をしているのだろう。年齢格差にシエルドくんとともに首を傾げた。

 開かれた『しゅくふく』の個別画面が、大量の難読文字を並べる。
 視界いっぱいに広がった文字化けに、喉の奥で悲鳴が漏れた。
 咄嗟に縋った白衣の持ち主が、頭上で舌打ちして画面を睨みつける。

「エンコードミスんなよ! 誰だこんなミスしやがったやつ! 一週間トイレ掃除させるぞ!!」
「一瀬さんのおかげで恐怖心が薄まりました。ありがとうございます」

 苛々と画面を翳した一瀬さんが、文字化け集団を写し取る。
 持ち帰って解析すると言った彼の顔は、目付きの悪さと相俟って、更に人相が悪くなっていた。
 頭上から盛大な舌打ちの音がする。こわい。

「スキルは本来、習得したジョブに関連して増えていく。例えばそこの優男」
「……わたしですか」

 一瀬さんに手招かれたあさひなさんが、僅かに口許を引き攣らせてこちらへ近付く。
 開かれたスキル画面には、剣士、騎士、戦士、傭兵、剣闘士、聖騎士、剣聖……あさひなさんが、はちゃめちゃに強い理由がわかった気がする……。
 剣に纏わる様々な職業が軒を連ねていた。

 待って? これらのジョブの具体的な違いって、なに?

「このように経験したジョブが重なることによって、能力が継承されていく。
 例えばここに『魔術師』とか入れば、魔法も使える剣士が出来上がるわけだ」
「なるほど……シエルドくんみたいな」
「そうだね」
「改めて見ると、あさひな本当ゴリラだよなあ」
「怒りますよ、マスター」

 けらけら笑うマスターへ、あさひなさんがじと目を向ける。

 なるほど。今まで特に何も考えてなかったけれど、スキルとジョブは連動しているのか。
 あれ? じゃあ、さっきの『しゅくふく』って、おかしくないかな?
 そんなジョブに就いた覚えがないよ?

 改めて確認した、自分のスキル画面。
 触れた項目が、剣士:レベル13、ガーディアン:レベル34、それぞれに習得した技術が表示される。
 決して文字化けなどしていない。

 そして最後に『しゅくふく』の文字。

「あと、そこの少年もだ」
「……えっ」

 一瀬さんに声をかけられたシエルドくんが、薄い肩をひくりと跳ねさせる。
 自分のスキル画面を開いて確認していた彼まで、白衣のポケットに手を突っ込んだ一瀬さんが歩み寄った。
 覗き込んだ青い画面の異常を読み上げる。

「『ちゅうせん』……。だから漢字使えっての」
「この前確認したとき、こんなのなかったのに……」

 困惑したようにシエルドくんが一瀬さんを見上げる。無言で叩かれた画面が、小さく波打った。


『おめでとうございます!』


 たった一言記された言葉に、なんだこりゃ。一瀬さんが眉間に皺を寄せる。
 マスターたちもシエルドくんの画面を覗き込み、怪訝そうな顔をした。

「何が当たったんだろうな?」
「やめてマスター。こわいこといわないで」

 落ち込んだ顔でシエルドくんが抗議する。
 カラカラ笑ったマスターが、一瀬さんへ向き直った。

「これって、直るもんなのか?」
「一先ず持ち帰る。会議にかけて、犯人絶対吊るす」
「まあ俺個人としては、楽しく快適に安全にゲーム出来れば、それで充分なんだけどな?」
「ご不便をおかけし、誠に申し訳ございません」
「あー、わりぃ。謝罪が欲しかったわけじゃねぇんだ」

 90度に頭を下げた一瀬さんに対し、困ったような顔でマスターが頭を掻く。
 顔を上げた一瀬さんへ、幼女がバリトンボイスを響かせた。

「うちのもんが世話になってるしな。別にばらまいたりしねぇから、情報をもらえると助かる、ってな」
「……知り過ぎて消されるタイプですよね、マスター」
「うちには最強剣士サマがいるからな。平気だ」
「当てにしないでください……」

 明るく笑うマスターに、あさひなさんが肩を竦める。
 重たくため息をついた一瀬さんが、渋い声で了の返事をした。
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