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ちや

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言えない五文字

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 一瀬さんから、橙色の画面の検証を行うため、仕事が片付き次第連絡を入れると告げられた。
 大丈夫かな、企業戦士を酷使させて……。

 連絡を待つ間、久しぶりに感じられるギルドまでの道のりを辿る。
 煤けた階段を上り、開いた扉が蝶番の音を立てた。

「こんばん――……」
「ユウさん!!」

 五文字の挨拶を言い切る前に、黒い衣服に視界を覆われる。
 ぎゅうぎゅう抱き締められる身体に、状況が飲み込めないまま、ひたすらあわあわと狼狽えた。な、何事!?

 これまで生きてきた中で、こんなに熱烈な抱擁をされたことなんてない。
 母親を除いた、所謂ファーストハグだ。
 動揺と混乱と、もう何か色々と心臓が飛び跳ねて苦しい……!

 火照った頬を持て余し、酸欠状態から相手の背中を叩く。
 僅かに生まれた隙間に息を継ぎ、肩に零れた髪に瞬いた。
 光を弾く白髪はあさひなさんのもので、見上げた彼の目には涙の膜が張られていた。つ、罪深い……!!

「もう、お会い出来ないかと、思っていました……」
「わ、わあ! すみません! まだやめませんから!」

 再び抱き竦められ、益々頬が火照る。
 この美人、色々と凶器なんですけど……!!
 おかしいな、相手はお兄さんのはずなのに、やたらめったら恥ずかしいぞ!?

「よお、ユウ。久しぶりだな」
「久しぶり。あさひなじゃないけど、ぼくも心配したよ」
「ご心配……っ、おかけ、しました……!」

 苦しい体勢で、マスターとシエルドくんに挨拶する。
 ふたりはこの様子に慣れっこなのか、止めることなくにこにこしていた。価値観の差かな!?

 背中に回された腕が身体を掻き抱き、俺の踵が若干浮く。
 背がしなる。しなるから、あさひなさん! 何だろう、この美人!
 すごくいいにおいするし、触れる髪の毛くすぐったいし、見た目細身なのに!
 何で全く拘束抜けられないのかな!? 身動ぎすら封鎖されるって、どういうこと!?
 これがゴリゴリの前衛の本気かな!?

「……も、……くるし、」
「わ、わあっ! すみません、ユウさん!!」

 俺の発したギブアップ宣言に、我に返ったあさひなさんが拘束を解く。
 元に戻せた姿勢と、地に着いた踵。圧迫されていた呼吸が咳き込んだ。
 げほごほする背を、耳まで真っ赤に染まったあさひなさんが擦る。
 謝罪を繰り返す彼の後ろで、にやにや笑う幼女が口許でスルメを遊ばせていた。

「ついにユウも受けたな。あさひなの洗礼」
「げほっ、せ、洗礼?」
「や、やめてください、マスター!」

 益々頬を染めたあさひなさんが、俺の耳を両手で塞ぎ出す。
 そんなに聞かれては不味いものなんですか、あさひなさん!?
 けたけた笑うマスターの向こうで、優雅にお茶を飲んでいたシエルドくんが、あっさりと口を開いた。

「……懐かしいなあ。ぼくもテスト期間で不在にしてたら、帰ってきたときにそれされた」
「シエルドくん……!?」
「ユウも、テストとかバイトとか、あらかじめわかってるものは伝えてた方がいいよ。あさひな、心配性だから」
「な、なるほど~?」

 白い肌をこれ以上ないほど赤く染めたあさひなさんが、両手で顔を覆う。
 解放された聴覚でシエルドくんの助言に相槌を打ち、そろそろと黒い衣服を引っ張った。
 微かな声が頭上から零れる。

「すみません……。ユウさんの別れ際が別れ際だったので、わたし、気が気でなくて……」
「えっと、……その、すみません。こんなに気にかけてもらえて、……嬉しいです。ありがとうございます」

 おずおずと手を下ろしたあさひなさんが、染まった頬のまま微笑んだ。
 白い睫毛に絡んだ涙に光が透ける。ふわりと感じた陽光と光に満ちた花畑の幻覚が見えた。
 俺が女の子だったら改めて恋に落ちていただろう。あさひなさんの相変わらずな罪深さを感じた。

「具合は、如何ですか……?」
「あーその、風邪とかじゃないんですよ。バイトとか用事が被って」
「いえ、その……、落ち込まれていたので」

 言い難そうなあさひなさんの言葉に、事前に落ち込んでいた俺の心が再び沈む。
 同時に脳裏を駆けた、平野さんの発した怪談話。
 マスターとシエルドくんも気にかける中、苦笑を浮かべて頬を掻いた。

「ここへ来る前に、運営に寄ってきたので、一瀬さんと検証に行くことになりました」
「いちのせ? ……ああ、オルトロスんときの職員か」

 マスターが顎に手を添え頷く。シエルドくんは確か会っていないはずなので、不思議そうな顔をしていた。
 あさひなさんの表情が、すっと無になる。

「……黒髪の、背の高い方ですか?」
「多分その人です。何か……寝てない感じの」
「わたしも行きます」
「はい?」

 見上げたあさひなさんの顔にはいつもの穏やかさがなく、何処か険を帯びていた。
 初めて目の当たりにした表情に、ひくりと肩が竦む。
 頬杖をついたシエルドくんが、やんわりとした笑みを浮かべた。

「ぼくも行っていい? 近くにいたのに気付かないの、不思議だし」
「俺も俺も~! 検証現場って滅多に立ち会えないだろ? みてみたーい」
「マスター、バリトンボイスでかわいこぶっても、コアなファンしか喜ばないよ?」
「ひでぇ」

 おっさんくさく笑うマスターが、バシバシ背凭れを叩く。
 揺れる金髪のツーテイルが、ちょっとした視覚の事故に感じられた。

 続々と結成されつつある検証ツアーに、一瀬さんを思い浮かべて不安になる。
 大所帯で押しかけたら、一瀬さん困らないかなあ……? 大丈夫かなあ……?

 困惑に眉尻を下げる俺の手を、あさひなさんが取った。こちらを覗き込む顔は真摯で、思わず息を呑む。

「ユウさんの身にもしものことがあれば、わたしは悔やみ続けることでしょう」
「そんな大袈裟な……!」
「そしてその職員のことを、心の底から恨むことでしょう」
「同行者が出来たことを、一瀬さんに伝えたいと思います!」

 据わった目のあさひなさんに、ころっと手のひらを返す。
 彼をプレイヤーキラーにしないためにも、ここは穏便にお願いしよう!

 かかってきた一瀬さんからの通信に件のことを伝えれば、眠そうな声で「ん」とだけ告げられた。
 いいの? これは了承の言葉なの?
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