深刻なエラーが発生しました

ちや

文字の大きさ
上 下
6 / 33

企業戦士の笑い方がたまに変

しおりを挟む
 マスターとあさひなさんは社会人らしい。
 平日は大体20時以降からしかログイン出来ないようで、学生の俺とは生活リズムが違っていた。

 開いたギルドの扉の向こうには誰もおらず、僅かに抱いた寂しさに嘆息する。
 時刻は19時。
 ……あさひなさんにお願いされているけど、この間に8章攻略を目指そうかな。
 バグだって、そんな頻繁に起こらないだろうし。展開したメニュー画面を指先で触れた。


「あれ!? 一瀬さん!?」
「……よう」

 昨日撤退したため、再び第一章から始めることになったフィールドに、白衣を纏った職員の一瀬さんを見つける。
 端末を抱えた彼は気だるそうな様子で、欠伸を噛み殺しながらぼさついた黒髪を掻いていた。

「何してるんですか?」
「デバッグ。探してんだけど、見つかんねーのな」
「おつかれさまです……」

 昨日と全く人が違うことに怯えながら、労わりの言葉をかける。
 覗いた片目の下にくっきりと浮かんだ隈に、仮想空間なのに……。社会を生きる戦士へ慰労の心を持った。

「なあ、ストーリー進めるんなら、同行してもいいか?」
「一瀬さん、昨日と全くキャラ違いますね」
「謝罪は誠意込めなきゃだろ」

 眠そうにむにゃむにゃ話す一瀬さんに、お願いはその態度でいいの? 疑問を抱く。
 しかし正直誰かについてきてもらいたかったので、助かった。
 構わない旨を伝えると、足元の覚束ない一瀬さんがふらふら歩き出した。

「大丈夫ですか、一瀬さん!?」
「めっちゃ眠い。笑える」
「企業戦士こわい!!」

 アナウンスを飛ばし、道なりにふらつく一瀬さんの後を追いかける。
 ひょろりと縦に長い印象の彼は足が長く、若干小走りになってしまった。

「ここだったな」

 変わらない一本道の真ん中で立ち止まった一瀬さんに、危うくぶつかりそうになる。
 窺った道の先には何もおらず、あの犬は何処へ消えてしまったのだろう……? 本気で不思議に思った。
 端末を翳したり指先で叩いたりする一瀬さんを見詰め、ふと思い出した橙色の画面へ目を向けた。

「そういえば、この画面に一瞬だけ、文字が浮かんだんです」
「んー?」

 今は何の文字も浮かんでいない橙色の画面を叩き、一瀬さんを呼ぶ。
 物語の導入かとも思ったが、表示が一瞬すぎて感慨も何もない。
 何て書いてあったかな? 文面を思い出そうと頭を捻る。

「確か、『 おはよう わたし の セカイ 』みたいなのだったと思うんですけど」
「は? 誰だそんなポエミーな文字入れたやつ」
「知りませんよ!」

 端末から顔を上げない一瀬さんの後ろで、空気が歪む。一瞬漂った異質なにおい。
 俺の引き攣った声に異変を察知したのか、一瀬さんが振り返った。

 前方に佇む、燃える尾を携えた巨大な蠍。
 ガチガチ不協和音を奏でるそれの出現に、犬の方がマシだった!! 胸中で叫んだ。

「再現性ありの条件つきか。これでやっと家で寝れる」

 口角を持ち上げた一瀬さんの周りに数多の画面が広がる。
 それぞれが何かを計測しているらしい。波打つグラフが揺れている。

 円転する陣から刀を抜いた彼が、耳慣れない言葉を呟いた。
 発動した術式によって、蠍へ向かって降り頻る光の槍に思わず絶句する。エフェクトすごい! 一瀬さんかっこいい!!
 睡眠不足を感じさせない軽やかな動きで一瀬さんが駆け、殻の繋ぎ目を狙って尾を切り離した。
 聞くに堪えない奇声に、耳を塞いで顔を背ける。
「じゃあな」一瀬さんのぶっきら棒な声が聞こえた気がした。


 討伐完了しました。
 討伐完了しました。
 討伐完了しました。

 討伐

 完了 しました。

 討 伐 完 了 し ま し

 』

 最大音量で鳴り響く無機質な機械音声に、心臓が跳ね上がる。
 目を瞠った先には無造作に刀を構える一瀬さんと、転がるドロップアイテムしかなく、無駄に速い心拍数を服の上から押さえた。

 舌打ちした一瀬さんが、手元から刀を消す。

「逃げられた。……時間制限か?」

 ぼそりと呟いた彼が、転がるアイテムを拾い上げる。剣呑な片目がこちらを捉えた。

「おい。礼に8章までついてってやる」
「ひっ、……いいんですか……?」
「デバッグのついでだ」

 顎で促され、よろよろと一瀬さんの後ろについていく。
 一瀬さんは歩き端末で早打ちしており、度々彼方へ歩いて行く姿を引き戻した。
 時折頭を掻く彼が、重たいため息をつく。

「……誰だよ、こんなもん組み込んだやつ。終わりの会で先生にちくんぞ」
「一瀬さん、寝てください」
「はーっ、回答が全白とかふざけんな。絶対吊ってやる」
「違うゲーム混ざってませんか!?」

 睡眠不足は人をダメにする。しみじみ実感した。
 3章辺りで企業戦士の発言が益々怪しくなってきたので、また後日にしましょうと打ち切った。
 一瀬さんは「しじみとカフェイン飲んだから平気」等供述していたが、打ち切った。
 一瀬さん、絶対寝てくださいね! と言って別れた。

 社会人になったらみんなこうなるの?
 俺、すごく大人になりたくなくなった。
 このままずっと学生でいたい。無理だとわかっていても願っちゃう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

異世界転生? いいえ、チートスキルだけ貰ってVRMMOをやります!

リュース
ファンタジー
主人公の青年、藤堂飛鳥(とうどう・あすか)。 彼は、新発売のVRMMOを購入して帰る途中、事故に合ってしまう。 だがそれは神様のミスで、本来アスカは事故に遭うはずでは無かった。 神様は謝罪に、チートスキルを持っての異世界転生を進めて来たのだが・・・。 アスカはそんなことお構いなしに、VRMMO! これは、神様に貰ったチートスキルを活用して、VRMMO世界を楽しむ物語。 異世界云々が出てくるのは、殆ど最初だけです。 そちらがお望みの方には、満足していただけないかもしれません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

処理中です...