アオハル・リープ

おもち

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吉田冬吾

retry17:約束

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 あれから1週間経ったが吉田の様子は変わらなかった。クラスでは相変わらずみんなの中心で飄々としており、部活中も見学にきた女子と喋っている。そして、1人残って真剣に素振りをする。

 このもどかしさを感じているのはミカだけではない。吉田の胸の内を聞いた望杏、リイ、丸井の3人も少なからず思うところがあるようだった。

「聞きましたか?剣道部、明日練習試合があるそうですよ」

 昼休み。4人で屋上で昼食を取りながらリイが話題を出してきた。

「ヨッシーもでるのかな?」

「あいつが出たところで負けるの確定だろ。やる気ねぇんだから」

「それもそっか」

「んー、素敵なお姿が見たかったのに残念です」


 3人の話を聞いたミカはぼんやりと思っていた。何もなければいいな、と。


 翌日の土曜日。ミカは1人で学校へきていた。吉田のことが気になったからである。取り越し苦労に終わるかもしれないし、休みの日にまで望杏達を巻き込むのはどうかと思ったので、誰にも何も告げていない。

 ミカは剣道場までくると、窓からこっそり中を覗く。ちょうど吉田が試合をする番なのだろう。面をつけて用意をしていた。

 合図があり、試合は始まる。吉田は相手から1本もとることが出来ず、ただただ時間が過ぎていった。

 結果は吉田達の敗北となった。相手の学校が帰っていくと、吉田は部員達に詰められる。

「おい!何やってんだよ!」

「なんなん怖っ。練習試合でこない熱くなれるなんて、あんたすごいなぁ」

「ふざけんなよ!ちゃんと真面目にやれよ!」

「僕が適当なんはいつものことやん?今更なんなん?」

「そうやっていつも……みんな真剣なんだよ!お前だけ何してんだよ!」

「……なんで?真面目になんて、そんなんせんでええやろ。僕は僕のしたいようにやっとるだけやねん」

 その温度差はどこか悲しかった。相手が何を言いたいのかをわかっていても流してしまう。それはきっと、吉田が今までしてきたことが癖になっているのだとミカは思う。

「お前……いい加減にしろよ!みんなお前の事待ってんだよ!お前が真面目に練習すれば勝てたかもしれないんだよ!……いい加減、わかれよっ」

 必死に訴える仲間。そんな相手に対しても吉田はスタンスを変える気はないようで、相変わらずの飄々とした態度でいた。しかし、ミカは見てしまう。

 仲間に攻められる吉田の心の杭、無数の針の山が酷く深くめり込んでいくのをーー……。

「ーーもういいっ!」

 叫んだ者に続くように仲間全員が吉田を置いていき、道場の中には彼1人が残された。そんな彼のもとへミカは静かに近づく。ミカに気づいた吉田が「なんや、きてたんか」といつもの調子で声をかけてきた。

「嫌なとこ見られたなぁ」

「追いかけなくていいのか?」

「今行ったところで火に油やろ」

 ミカはまっすぐ吉田を見る。彼の心の杭が見えるから。後悔だらけのそれを暴こうとしている自分も、いい加減にしろと言われる立場なのだろう。けれど、吉田のその奥に隠された本音が知りたいと強く思ったのだ。

「君は、本当はどうしたいんだ?このままでいいのか?」

「……ええねん」

「本当に?」

「……」

 吉田は答えない。ただじっとミカを見ているだけ。しかし、その瞳の奥にある本心は雄弁に語っている。

「勝っても負けても人に妬まれるって、ほんまにしんどい。まあ仲間と思ってたのに、期待に応えなかった僕が悪いんやろうけど。約束破ったようなもんやからな。そら、叩かれるわな」

 吐き捨てる吉田。彼の心の杭の形が、まるで約束を違えた時の言い回し「針千本飲ます」ということと重なって見えてしまい、ミカは眉根を寄せる。そんな一方的な罰を、受ける義理などないのに……吉田の心は後悔で蝕まれていく。

 ミカはそんな彼に静かに言った。


「君は、本当にそれでいいのか?後悔してばかりで」

「……ええねん」

 吉田は笑う。それはいつもの飄々とした笑みではなく、どこか諦めの混じった悲しげな笑顔だった。

 ーーああ、彼はきっと……。

「じゃあ今度は、真剣に戦ってみたらどうだ?」

 ミカの言葉に吉田が目を見開く。そしてすぐにまた笑った。今度は自嘲的な笑みを。

「もう遅いわ。誰も望んでへん。僕意味ないことはしない主義なんよ」

「私は君の真剣な姿が見てみたい。約束しよう、いつか見せてくれ」

 そう言ってミカは小指を差し出す。それは約束事の仕草であり、彼に触れるための動作。

 吉田はミカのその態度におかしそうに笑う。

「なんやそれ、僕に何のメリットもないやん」

「そうだな。でも、これだけは言える」

「なんやねん?」

「ここで私と約束すること事態が最高に面白いぞ」

 突拍子もない発言からの自信に吉田は呆気に取られるが、すぐにバカにしたように笑う。

「確かに、そら意味わからんすぎて逆におもろいな」

「君はのってくるはずだ。面白いことは好きだろう?それとも、約束できないほど実力が落ちてしまってるのか?」

「煽っとるん?それ」

「ああ。煽ってる」

 ミカのまっすぐな視線に吉田は笑う。そして、差し出されるミカの小指に自身の小指を絡めた。

「ええで?約束や」

 それは、いつかという曖昧で不確定な約束事。しかしミカにとっては、始まりにすぎない。光がミカと吉田を包み込む。ミカは彼のためにタイムリープする。無数の針の下に埋もれている彼の心を救うために。

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