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英雄への産声

第31話 弱点

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「さて、いつまでそうしてるんだ?ドミニクの坊や。君も交えての話があるから、ささっと戻って来い」

「だから坊やは止めて貰えます!?この歳になって坊やは恥ずかしいんで!」

「何だ。私からすれば人類皆坊やだぞ?」

「そりゃ不老のあんたからすればそうだろうけどな!いい大人が坊や呼ばわりされんのは恥ずかしいんだよ!」

 どうやら若い頃からドミニクを知っていそうなエファリカとの漫才があり、漸く素面に戻ったドミニクはソファーに座り直した。
 それからエファリカは改めて話を始めた。

「私は先程の模擬戦で手も足も出ずマルコ君に完膚なきまで叩きのめされた訳だが」

「その通りよね!マルコは不老の英雄よりも強いんだから!」

「あはは。美しいお肌に傷を付けてしまってすみません」

 言葉に若干の嫌味を混ぜつつ冗談ぽく言ったエファリカと自分の事の様に胸を張るディアナ、謝罪するマルコ。
 エファリカは僅かに笑って言葉を続けた。

「今回は負けたが、次にやったら私が勝つだろう」

 そう言い放ったエファリカの表情は自信に満ちていた。
 自身の勝利をまるで疑っていないかの様に見える。
 それに待ったを掛けたのはディアナだ。

「命懸けの勝負に次なんてないじゃない。そんなの負け惜しみでしょう?それに何度やったってマルコが勝つわよ」

 ディアナも自信満々で言い放ったが、マルコはディアナの言葉に首を振った。
 エファリカはマルコの反応を見て、満足気な表情を浮かべた。

「負け惜しみと言えば確かにそうだな。しかし、マルコ君本人は自分に足りない物を理解しているみたいだぞ」

「そうなの?」

「うん。きっと次は負けるよ。多分これから何度戦っても僕は勝てない」

 そう言い切ったマルコに、ディアナは首を傾げた。
 一番近くでマルコを見て来たディアナには、【大番狂わせジャイアントキリング】を発動させたマルコが負ける姿を想像出来なかったのだ。

 マルコは自分の決定的な弱点を口にする。

「僕には圧倒的に技術と経験が足りていない。ですよね?」

 エファリカは深く頷いた。

「そうだ。私が以前に共に戦ったサントは、やはり技術が拙かったが、それでも異常なまでの身体能力と反応速度で魔物を倒していった。更に異常だったのは、確実且つ最短で魔物の命を刈り取る攻撃。まるでどう剣を振れば敵を殺せるかがわかっているみたいだった。その後の奴がどうなったか、誰からも話は聞いた事が無いのだが…。それは良いとして。君には見えているんだろう?最短で敵に致命傷を与えられる何かが」

 エファリカは【大番狂わせ】が見せる致命線についても言い当ててみせた。
 マルコはエファリカの凄まじい観察力と洞察力に目を見開いて驚愕した。

「その反応を見るに、図星だな。最短で敵を仕留めに掛かるのであれば、こちらも対策が取れる。まず狙われるのは首だろう。実力のある人間も頭の良い魔物も、敵を仕留めに掛かる時には首を狙う。胴体を真っ二つにしたって完全回復や超再生を持っていればどうにかなる。しかし、首を刎ねられればそう簡単には回復出来ない。狙いが分かっているのなら、予測して攻撃を避けるなり受け流すなりすればカウンターを入れられる。どれだけ凄まじい反応速度を持っていようと、一瞬の隙さえ作れれば君に致命傷を与えるのは容易い。まぁ、大番狂わせは強者の雰囲気すらも見せないし、初見で対策するのはほぼ不可能だろう。だからこれは今後の課題だろうな。そこで一つ私からプレゼントだ」

 そこまで言って、エファリカは纏う空気を一変させた。
 エファリカは傍らに置いた細剣を抜き、マルコの首に刃を当てた。

「これが君を殺すという殺気を孕んだ攻撃の気配だ。覚えておくと良い」

 ディアナが反応出来ない速さ。
 マルコは【大番狂わせ】が発動したが、咄嗟の事で反応が遅れた。

 エファリカは確実にマルコを殺しに来た。
 それだけの殺気を見せつけ、マルコは久々に感じた死のイメージにこめかみから冷や汗を垂らした。

「お前ぇぇ!」

「よせ!ディアナ!」

 マルコに剣を向けたエファリカに、ディアナが激昂して拳を振り上げる。
 これをドミニクは羽交い絞めにしてどうにか抑えた。

「あはは。大丈夫だよディアナ。これはエファリカさんからのアドバイスみたいなものだから」

 そう言ってマルコが宥め、宥め続けて漸く経つとディアナは落ち着きを取り戻した。

 エファリカは一発ぐらい殴られる事も覚悟していたのだが、結果的にはそうはならずに済んだ。
 ロウが何故か机の上でクルクル回っているのが何ともコミカルなギャップを生み出している。

 そして、ここで真打登場とばかりに、あの妖精が姿を現した。

「何々?騒がしいから起きちゃったじゃない。げっ!亜精霊じゃん!こいつら妖精の事が見えるから苦手なのよ!」

 近頃は街の景色にも慣れて鞄の中で寝る事がマイブームになりつつあるミルナが顔を出すと、エファリカの姿を見て苦手と言い放った。

 確かにエルフと妖精は近しい存在であり、妖精の姿を隠す力はエルフには通用しない。
 妖精とエルフの関係は、亜精霊とも呼ばれるエルフが精霊を信仰する信徒で、妖精は精霊の友人の様な関係である。
 精霊の友人ではあるが、妖精とエルフの間に上下関係があるかと言えば、そうではない。
 両者は迎合もしないが反発もしない、何とも微妙な関係性なのである。

「まさか妖精までいるとはな。初めまして可愛らしい妖精様。私はエファリカ・シャフタル。長き時を生きる精霊の子でございます」

 エファリカはミルナの前まで行って頭を下げた。
 その様子に、ミルナは納得した様子で小さく頷き鞄から飛び出した。

「ああ、よく見たら普通の亜精霊じゃないのね。ミルナはミルナよ!特別にミルナと呼ぶ事を許してあげるわ!」

「あんた調子に乗り過ぎ。むしゃくしゃしてるから搾るわよ」

「何でよ!?ディアナに搾られたらミルナ死んじゃうんだけど!こーろーさーれーるー!」

「あはは。ミルナは今日も元気だね」

 ミルナの登場で話がぐちゃぐちゃになりつつも、小さな剣は数日中にはバラッドラへ向かうという事で話が纏まった。
 話が終わると、エファリカは次の街へ向かうと言って執務室から出て行った。

 ベルートホルンの街の外。
 馬を連れたエファリカは、先程まで顔を合わせていたマルコとその仲間達を思い浮かべた。

「大番狂わせと、それを支える才能溢れる若き相棒に神狼に妖精。なるほど。次は君の時代か」

 誰に言うでもなく一人呟いて馬に乗り、エファリカは僅かに笑みを浮かべてから次の街へ向けて馬を走らせた。
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